レークの朝
マーシィと別れた後、龍神さんが町を見て回りたいと言い出したのでレークを回る事にした。
彼曰く「水兵の町を詳しく知りたい」らしい。
私にとっては見慣れた町なのだけど…まあこの世界故の事象であり、また楽しみなのだろう。
私だって、例えば殺人者や守人の町を見れば新鮮に見えるだろうし。
彼がすぐに目を止めたのは、私達…というより海人独自の取引だった。
「ん?なんだありゃ?」
彼の目線の先では、赤帯の水兵と人間の男性が取引をしていた。
水兵は魚を差し出し、男性は貝殻を2枚差し出す。
「あれは水兵…というか海人独自の取引で、タカラガイという貝の仲間の殻を通貨として物々交換をしているんです。
私達は、世界通貨の他にあの貝殻を使っても取引をするんです」
「へえ…あの貝、そんな貴重なものなのか?」
「ええ。まあ理由は単に綺麗だから、というだけですけどね。
細かくは場所によって使う貝殻が違うんですが、私達の場合はレイタカラガイという貝の殻を使っています。
別に珍しい貝ではないんですが、むやみたらに採る事は禁止されています」
「そりゃそうだろうな。てか何だ、大きさで価値が決まる感じなのか?」
「いえ、大きさはある程度決まっています。
規定に沿わない貝殻は使いません」
「あの貝殻さえあれば、海人じゃなくても水兵と取引できるのか?」
「ええ、誰でもできますよ。
当然ながら、偽物を差し出せば罪になりますが」
「偽物って…そんなことする奴いるのか?」
「滅多にいませんが、いるにはいます。もう何年も見てませんけどね」
「そんなにまでして水兵と取引したい奴がいるんだな」
さて、もう夜なのでホテルを取って寝る事にした。
因みに前回もそうだったけど、この町のホテルはレークの水兵と一緒にいる人は無料で泊まる事が出来る。
本当は私の家が近くにあったのだけど…
何だか恥ずかしいので、言わなかった。
正直、未だに男性と一緒の部屋で寝る事に慣れない。
何年も同性ばかりの町で生活していたからだろうか。
翌朝、レストランで料理を取っていたら、見覚えのある顔を見かけた。
「あ、イア!」
短く綺麗な栗色の髪に黒い瞳をした、中背の赤帯の水兵。
…イアだ。久しぶりに見た。
「あ、アレイ。おはようー」
彼女は、笑顔で手を振って応えてくれた。
「久しぶり。元気にしてた?」
「うん、私は元気だよ。アレイはどう?旅は順調?」
「まあ…そうね。
そうだ、イア、今は外の人に絡まれてない?」
イアは、水兵には珍しい髪と目の色をしている。
そのせいか、やたらと男性客に言い寄られる事が多い。
気にしない人もいるけど、イアは気にするタイプなので迷惑していると聞いている。
「大丈夫。カルアさんに働きかけてもらったりして、だいぶマシになった」
カルアさんとは、イアの上官にあたる水兵。
あまり喋らないけど、優しい人ではある。
「そう。ならよかったね」
「あれ、そういえばあなたと一緒に旅してる人はどこにいるの?」
「西側で食事してる」
このレストランは東西で分かれていて、私達がいるのは東側。龍神さんは西側へ行っている。
東側と西側では食べれる料理が異なり、東側ではサラダや魚介料理が、西側ではパスタやチャーハンなどが食べられる。
「そう…もしかして、野菜嫌いな人なのかな?」
「みたいね。まあ仕方ないけど」
偏食な人はいくらでもいる。別に気にすることではないだろう。
「じゃ、そこの席で一緒に食べよ。
先に座ってて。私今から料理持ってくるから」
イアはエビのアヒージョやパエリアを取ってきた。
私はイカやマグロの刺身の他、キャベツとトマトのサラダを取った。
「アレイ…イカの刺身なんてよく食べれるよね」
イアは刺身自体は好きだけど、イカだけはどうしても食べられないらしい。
「そう?美味しいんだけど」
私はそう言いながらイカを口に入れた。
この独特の食感が好きなんだけど…イアにとっては逆らしい。
「あの変な感じ、どうしても慣れないのよね…。
茹でたのとかなら普通に食べれるんだけど」
「…まあ、好みは分かれるとは思う。
私はたまたま好みだった、ってだけだし」
所で、レーク近辺の海域にいるイカは主にジイロイカ、アオメイカ、ニジイカの三種類。
ジイロイカは黄色または茶色っぽい色のイカで、アオメイカはその名の通り目が青い白いイカ。
ニジイカは刺激を受けると光る青っぽい色のイカで、その皮膚はイルミネーションなんかに使う事もできる。
どれも私達からすれば有用な食料源なのだけど、外部の人相手だとちょっと変わってくる。
というのも、ジイロイカには弱い毒があるのだ。
私達は耐性があるけど、外部の人はそうはいかない。
なので、必然的にこういう所で出すイカはニジイカかアオメイカになる。
因みに、私が今食べているのはニジイカだ。
このイカはアオリイカの仲間で、アオリイカに近い味と食感が特徴。
この辺りではアオリイカはあまり採れないけど、ニジイカはよく採れる。
安価で買える割に美味しく、私の店でもよく使う食材だ。
「イカかぁ…。美味しいけど、私はウニの方が好きだなあ」
「ウニなんて、贅沢ねぇ」
ウニは私達の間では高級品だ。
かつてはよく採れたらしいけど、今は餌になる海藻が減った事もあってなかなか採れない。
「そうね。…はあ、昔はいっぱい食べれたのに…」
「昔って、何年くらい前?」
「ちょうど25年くらい前…復活の儀の前あたりまでかな。てか…あ、そっか。アレイはあの時まだいなかったんだもんね」
「ええ、私が転生したのは20年前だからね…」
イアは生まれながらの水兵だ。そして今は15歳。
つまり、75年この町で生活しているのだ。
「20年前って、私からするとそんな昔じゃないんだけど…もうそんな経つのね」
「そうよ。…懐かしいな、水兵になって初めて行ったのがあなたの所だったっけ」
「そう言えばそうだったね。あの時のアレイは、なんか不思議な雰囲気の子って感じだったなあ…」
さり気なく、イアの過去を覗く。
当時の上官に新入りが来ると言われて、緊張とワクワクが半々だったイア。
彼女は、当時水兵になりたてだった私を見て、どこか不思議な子だな、と感じたようだ。
そして、ほぼ同い年だった私を妹のように、また、家族のように感じていた。
実は、イアは復活の儀で母親と妹を―
「アレイ」
ちょっと怒ったような声で、イアが言った。
「…えっ?」
「勝手に過去を見ないでくれる?」
「…あ、ごめんね」
イアは「察知」の異能を持つ。
私が過去を見ていた事を察したのだろう。
「…あのね、人には探られたくない過去っていうのがあるものなの。あなたにだってあるでしょ?」
「…それはまあ、ね」
私はそこまで精神的に強い異人ではない。
なので、能力はあまり使わないようにしている。
そう言えば、ちょっと話はずれるけど、私はなぜ私の過去を見る事が出来ないのだろう。
私は物に残された記憶を辿って過去を見る事も出来るし、見た過去を相手に流して認識させたり、そのモノにある全ての記憶を読み取る事も出来る。
けれど、なぜか私自身の過去を見ることはどうしても出来ない。
私は、何かが他の人と違う。
その正体はわからないけど。
さて、そんなこんなしているうちに朝食を終え、イアと別れ、龍神さんと合流し、ホテルを出た。