尚佗とこころ
一度レークに戻った。
色々と確認したい事があったからだ。
まず店に行くと、流石にもうあのお客はいなかった。
店の水兵に詳しく話を聞いたら、あの後ラトナさんがやってきて、力ずくで追い出したということらしい。
「あのお客、異形だったみたいね。全然気づかなかった」
ミュエルさんは驚いていた。
ちょっと過去を見てみたのだけど、どうやらラトナさんをリヴィーに変えたのがあの異形だったようだ。
そして、奴はラトナさんがエピーを増やしている間この店で水兵達を陽動して、時間を稼いでいたらしい。
けど、なぜこの店を狙ったのだろう。
他にも色々あっただろうに。
まあ、結果的にうまく収められたから良いけど。
次に、シルミィ神殿の事務室へ向かった。
ここには、レークに所属する全ての水兵の情報が記された帳簿があり、誰でも閲覧できる。
もちろん、私の情報も載っている。
全員のフルネームと所属、年齢、そして顔写真が載っているので、顔は覚えてるけど名前がわからない、あるいはその逆、という時に役立つ。
帳簿を隅々まで閲覧したけど、ラトナさんの証言にもあった「銀髪長身の管理者」の条件に該当する水兵はいなかった。
となると、その人は一体何者だろう?
考えられるのは、水兵に化けた異形かアンデッド。
あるいは、朔矢さんが化けていたのかも知れない。
何にせよ真相はわからず、今回の二件に関しては謎だけが残った。
町を歩いている途中、突然無性にマーシィの所へ行きたくなった。
「龍神さん、申し訳ないんですけど、マーシィの所へ行きましょう」
「?まあ別にいいが」
敢えてワープを使わず、20分程かけてマーシィの店へ向かった。
マーシィは店の前で立っていた…まるで、待ちわびていたかのように。
「来ましたね。裏口からどうぞ」
そして、言われた通り店の裏から入った。
「マーシィ、私達が来ること知ってたの?」
「ええ。だって、私があなた達をここに来させたんだもの」
「どういうこと?」
「私の異能で、あなたの心を掴んで感情を操ったのよ」
マーシィの異能は[理力]。相手の心を掌握したり、感情を操ったりできる、強力な能力だ。
故に、私は正直な所、この町の水兵の中で一番怒らせると怖いのはマーシィではないかと思っている。
「さらっとなかなかな事するな」
「…ごめんなさい。でも、仕方なかったの。
どうしても、聞きたい事があったもので…」
マーシィは、龍神さんの方を見た。
「龍神さん、あなたは再生者尚佗と知り合いだと聞いたのですが、それは事実なんですか?」
そう言えば彼、そんなこと言ってたっけ。
なんでマーシィがそれを知ってるのかはさておき、もし本当に彼が尚佗の事を知ってるのなら、私も気になる。
「ああ。あいつは俺の昔の同級生なんでな」
同級生…ということは、同じ学校に通っていたのだろうか。
水兵には学校という文化がなくイメージもつかない人が多いけど、私はなんとなくわかる。
「同じ年だったのですか?」
「そうだ。…てか、なんでそんな事知りたがる?」
「それは…スレフのために…」
マーシィはあっ、と口を押さえ、改めて言い直した。
「お二人には、私がマドルアの皇魔女である事はお伝えしていますよね?」
「ええ、わかってる。でも、それと何か関係あるの?」
「実は、スレフの頼みでプラズモの群れを討伐した後、彼女からまた新たに頼みごとをされたのです。
今回のプラズモは、明らかに以前より強くなっていた。
これは、恐らく再生者尚佗の影響によるもの。
なので、尚佗を倒す…事までは出来なくても、せめて居場所と行き方だけでも特定したい、なので出来る限り手伝ってほしい、という事でした」
「世話が焼ける魔女さんだな」
「それがスレフなのですよ。私と彼女はもう20年来の仲、お互いの事はよく知っています」
「そ、そうか…まあそれでいいんならいいが」
「それより、尚佗の事を知っている限りでいいので詳しく教えてください。私も、彼には興味があるのです」
「そうだな…」
彼はため息をつき、話し出した。
「あいつと俺は同じ人間界の出身だ。俺達は、同い年だった。
あいつは子供の時から俺と同じ様に何かと博識でな、ある意味ではライバルみたいなものだった。
けど、まあ…仲は良くはなかったが悪くもなかった。
悪い奴ではなかった。けど、どうも俺とは波長が合わない所があってな…」
「それで、どうやってノワールへ来ることに?」
「あいつがどうやってノワールに来たのかは知らん。
ただ、どうやら俺よりもずっと早い時代のノワールに転移なり転生なりしたらしい、って事はわかった。
あいつは最初探究者になったらしいが、どういう経緯で再生者になったのかは、俺には全くわからん。
そもそも、あいつが俺の事を覚えてるかもわからんしな…」
「なるほど…。
では、彼の性格などはわかりますか?」
「いや…すまんが、それはわからない。
俺は、昔から他人の気持ちを読めないタチなんでな」
「そうですか…しかし、それだけでも十分な情報です。
彼のかつての素性を知る者は、ほとんどいませんから」
これは尚佗だけに言える事ではないけど、再生者は再生者になる以前、どんな人物だったのかは全く知られていない者が多い。
辛うじて、元は殺人者だったとか、人間だったとか言われているのみだ。
かくいう私も、姉が死んでから私と再会するまでの6年間、一体どういう経験をしたのか全く知らない。
「あ、そうだ。ちょっと待って下さい…」
マーシィはフィドルを持ち出し、
「折角なので、一曲いかがですか?」
と言い出した。
「何かあるのか?」
「はい、ちょうど先ほど出来上がったばかりのものが。
聞きます?」
「聞いてみようじゃないか」
「では。
ジークの地に現れた七人の再生者。
それは長い年月を経て、甦った。
しかし、此度甦ったは七人ではなく、八人であった。
新たなる再生者。
それは、皮肉にもかつての生の始祖の末裔であった。
堕ちた星光、星羅こころ。
生の始祖の残した力を継ぎ、光の力を司る、最後にして最強の再生者。
ここに八大再生者出揃い、世界は絶望に包まれたる」
言いたい所があったけど、ぐっとこらえた。
そして、マーシィはすぐに続けた。
「まだ終わりではありませんよ。
八大再生者の出揃いし後、人々は悲嘆に暮れた。
しかし、希望はかすかに残されていた。
星羅こころの妹…
それは死して不死者とならず、異人となった。
妹は再生者を倒し、姉も世界も救わんと決心す。
彼女の傍らには、多様な種族の仲間があった。
その様、さながらかつての生の始祖の道行きなり。
生き残った妹、怪物に拾われて剛の者となりけり」
色々と感情が湧きすぎて、言葉を失った。
マーシィの声と詠い方も綺麗だったけど、文章も独特な魅力があって…素敵だった。
でも、やっぱりこういう言葉が出てきた。
「マーシィ、お姉ちゃんのことなんだけど…」
「わかってる。あなたを傷つける意図はない。
これはあくまでも大衆用に作った詩だからね、極力あなたの考えを否定するような事は入れてないつもりなんだけど…」
「ううん、いいのよ。私にとっては唯一無二の姉だけど、世の人々にとっては違うんだろうし」
私にとって最も悩ましく、そして辛い事実だ。
唯一の肉親である姉が、世間から恐れられる再生者であるなんて…。
「でも、大丈夫だと思う。後半は、あなたの気持ちを代弁したつもりだったんだけど、違った?」
私は、首を横に降った。




