異形の者・ニ
「あら、あんた達も小娘に肩入れするの?」
「ああ。悪いけどアリク…今の君は、僕も庇えない!」
マリルがそう言ってくれて安心した。
「へえ?何?あんたは小さい方が好きなの?」
「別に…そういう訳じゃ…ないけど…」
チラチラと私の方を見てくるマリルに、異形へのそれとはまた違った怒りを覚えた。
「マリル…?」
「…あ、いやなんでもない。
とにかく!僕らは君を倒す。
そして、何が何でも君を元に戻して、集落に連れ戻す!
君がいないと、僕らはやっていけない!」
マリルが爪を開いて構えると、龍神さんも刀を抜いた。
「忘れてるんなら思い出させてやる。お前の本来の役目をな」
「アタシの役目?それなら、言ったじゃない。
ここで、あんた達みたいな男どもを堕とすこと。
そして、バジャス様にお仕えすることよ」
「そうか…」
彼は、思いついたように言った。
「そのバジャスってのは、どこにいるんだ?」
「あの方はすぐそこにいる。でも、あんた達がいる限りは現れないでしょうね。恥ずかしがり屋な方だから」
「そうかい」
ここで、異形は龍神さんの顔を覗き込んで言った。
「ねえ…龍神。こんなつまんないことやめて、もっと遊びましょう?
試合を終えたばっかりで戦うなんて、疲れるでしょ?」
「それより自分の心配をしろ。
申し訳ないが、俺達は手加減はできないぜ」
「あーら、そうなの?」
異形は、彼のしょっぱい反応に嫌気が差したのか、
「なら仕方ないわねぇ…」
と吐き捨て、剣を取り出した。
いよいよくる。
白水兵…いや、かつて白水兵だった異形と戦うのは初めてだ。
ちょっと不安があるけど、でも、龍神さん達がいると思うとそれも吹き飛んだ。
彼らがいれば、勝利はきっと固い。
「まずは…こうよ」
異形は唇に手を当て、ふーっと息を吹いた。
すると、それは紫色のビームになって龍神さんに向かっていく。
彼がそれを避けつつ反撃すると、異形は刀を躱しつつウインクをした。
目元から紫のハートが現れ、彼の体に触れる。
彼はダメージを受けたらしく、一瞬体勢を崩した。
その瞬間に、異形は彼を蹴り飛ばした。
「っ…。ずいぶん刺激的なウインクだな…」
「そうでしょ?でも、今ので堕ちないあたり流石は殺人者って感じね」
今の技、魅了の効果もあったのか。
「次はこうよ…今度こそ、イカせてあげる」
異形は目を妖しげに光らせ、周囲に紫の霧を発生させる。
そして、それを束ねて飛ばした。
龍神さんは避けたけど、マリルは食らった。
そして…
「あ…あぁあ…」
霧が晴れた時、マリルは明らかに様子がおかしくなっていた。
声が震え、目が泳いでいる。
「あら、もう堕ちたの?だらしないわね。
まあいいわ、たっぷりこき使ってあげる」
異形が目で指図すると、マリルは私に向かってきた。
…魅了されたか。
「…マリル!」
彼は短剣で私の首を切ろうとしてきた。
その目は虚ろで、私達の事を忘れてしまったかのようだった。
殺人者なら魅了にかからないと思ったのだけど…思い違いだったか。
何にせよ、魅了は厄介な異常だ。
「…やめて!」
マリルの体に膝蹴りをいれて突き飛ばし、術を使った。
「星術 [静寂の光]!」
彼を一筋の光が照らすと、彼の目つきと動きは正常に戻る。
「…あれ?僕…一体何を…?」
今使った術は、一部を除く異常を解除するもの。
魅了は効果も解除もちょっと面倒な異常だけど、解除用の手段があればさほど怖くない。
それに、今回アイツの魅了を食らう可能性があるのは実質マリルだけだ。
龍神さんは殺人鬼だから魅了は効かないし、私もあの異形と同性なので当然効かない。
となると、対策も楽になる。
「星法 [グロウクエーサー]」
仲間のうちの一人にしか使えないが、あらゆる異常を跳ね除ける強力な結界を張る術をマリルに使う。
こうすれば、もう魅了は怖くない。
「治されると面倒ね…[調教縛り]」
異形が術を使うと、途端に私の体から魔力が消えた。
…術を封印してきたか。
でも、あいにく今の私は術がなくとも大丈夫だ。
剣と弓と短剣の技があり、仲間がいるのだから。
「刃技 [かまいたちの舞]!」
マチェットを振るい、数多の細かい刃を打ち出す。
躍る刃が、異形の服、髪、足…そして、胸と体を切り刻む。
今までマリルや多くの男性を惑わしてきた、あの醜く羨ましい体がズタズタになる様は、ちょっと爽快だった。
私は確かに小さいけどパワーはあるのよ、大きいからって偉ぶんないでよね!と言ってやりたかった。
しかし、この程度で倒せる訳もなく、異形は「アタシの体に傷をつけるなんて、いい度胸してるわね!」と言って反撃してきた。
それはピンク色の波動だった―。いかにも淫靡な異形が使ってきそうな技だった。
最初、私はそれを避けようかと思ったが、瞬時に予定を変更し、敢えて技を受けた―弓を構えて。
「あ…アレイ…!?」
龍神さんが驚いている。
でも、これからもっと驚く事になるだろう。
なぜなら、これはたった今閃いた技であり、そして恐らく最強格のカウンター技だからだ。
波動が収まると、私はすぐにピンク色に光る弓にブレイドの矢を番えた。
たった今受けた技の力を弓と矢に宿し、技を放つ。
「奥義 [終わりの技返し]」
桃色に尾を引く矢は、異形の首を刺し貫いた。
そして異形が吹っ飛んだ所に、龍神さん達も続く。
「奥義 [蒼龍刀]」
「奥義 [ブラッドボーイ]」
龍神さんが切り払い、マリルが傷を抉るように切り開く。
そして、最後はもちろん私だ。
「奥義 [スターライトブリザード]!」
龍神さんが奥義を決めた時に術の封印は解けていたので、全ての感情を込めて奥義を放った。
異形は倒れて動かなくなったけど、息はある。
ちょうど、ラトナさんの時と同じだ。
錫杖を出して「破呪の日光」を使ったが、異形は元に戻らなかった。
「あれ…?」
「戻らないな…なんでだ?」
その時、汚い男の声が聞こえてきた。
「おやおや、礼儀のなっとらんお客様だなあ」
声の主は、白い頭巾に白いローブの、青い肌の男。
成りからして、高位の異形だろう。
こいつがアリクさんに術をかけた犯人に違いない。
「ああ、アリクちゃん…かわいそうに。
だが安心しろ、わしが仇を討つからな」
男は、倒れた異形にそう声をかけた。
もちろん、異形は動きはしなかった。
「お前がバジャスとかいうやつか?」
「その通り。わしがこの国の創設者、異形魔王バジャスだ!」
異形魔王…ということは、自ら異形になった魔王か。
メグさんの時と似ているけど、魔王は水兵より遥かに強大な力を持つ。
しかも異形はアンデッドではないので、龍神さんや私の吸血鬼狩りの特効も意味がない。
つまり、私達に有利なバフがないどころか、むしろ不利な相手なのだ。
でも、やるしかない。
「…国?この町が?」
「いかにも。わしは、この町そのものに術をかけた。
故に、わしがこの町…いや、国の王なのだ!
町の異形や不死者は、元々町の住人だった連中だ。奴らはみな、わしの命に従う。もちろん、この元白水兵もな」
「なんで彼女を自分の側においたんだ?」
「そんなのは簡単よ。この娘はわしの好みであった…性格も外見もな。だが、わしが求める女には少しだけ足りなかった。だから、完璧な女に変えたのだ」
すると、マリルが怒った。
「なんだ、アリクに不満があったのか!?」
「少しだけ、な。なに、大したことはしておらん。
だからな、そんなにかっかせんでくれ」
「…っ」
マリルは爪を開き、
「なあ、二人とも。こいつ、ぶっ殺していいよな?」
と言った。
「ああ。ぶちのめそうぜ」
「ええ、もちろん」
こいつを倒さないと、アリクさんもこの町も元に戻らない。
異形魔王であろうと、悪は討ち滅ぼすまでだ。
世界観・魅了
その名の通り、相手の心を掴んで意のままに操る行為。
古典的だが非常に有効な錯乱手段のため、古くから各地で用いられてきた。アンデッドや異形のみならず、異人や人間も使う。
魅了を無力化するには、何者にも屈しない強靭な精神力が必要であるとされる。
男女問わず使うが、基本的には異性の相手にしか効かない。
また、種族によって耐性にムラがあり、探求者などは魅了されやすいが、殺人者や正の吸血鬼などは魅了されにくく、殺人鬼や反逆者、霊騎士などの種族には全く効かない。
異形のアリク
異形魔王バジャスによって異形に変えられた白水兵長アリク・マリーロの姿。
バジャスの部下となり、闘技場の深部に置かれ、ヴァットで優勝した男達を誘惑してはバジャスの部下たる異形に堕とす。
その妖艶な容姿と言動は、バジャスの嗜好が関係していると思われる。