お楽しみ
「え…!?」
アレイが驚きの声を上げる。
そして、俺とマリルも凍りつく。
「あ…アリク…!?」
なんと、俺達の目の間に現れたのはアリクだった。
アリクだった…のだが、白水兵の服ではなく白い網目のレオタードを着込んでいた。
いつもは結んでいる髪を下ろしており、その色もまた変化して、元の白い色から薄い緑になっていた。
頭には、いつもの白水兵帽のかわりに白いカチューシャをつけている。
「あら、誰かと思えば。
あんた達がここにくるなんて意外ねえ。
でもまあ、いいわよ?ここに来たからには、思う存分楽しませてあげるから」
アリクは、そう言ってにんまりと笑った。
よく見れば、瞳の色も白から赤に変化している。両手両足が綺麗に見えるレオタード姿なのもあって、なんとも妖艶な出で立ちになっている。
「あ、アリク…!
やめろ…君は、そんな軽い女じゃなかっただろ…!」
マリルの悲しげな声に、アリクは冷淡にもこう答えた。
「マリル…何もわかってないわね。アタシは、元々こういう女よ」
何気に一人称も変化している。
精神力の強い白水兵をここまでさせるとは…ここのボスは、一体どんなやつなんだろうか。
「アリク…!」
「アタシはね、もう身も心もすっかり変わったの。試合に勝ってここに来た奴に、最高の報酬を与える存在に生まれ変わったのよ」
「う、生まれ変わった…?」
その言葉で、俺は全てを察した。
「そう…。この町を作られた、偉大なお方…異形魔王バジャス様。
アタシは、その忠実なしもべ。
あの方に、半永久的に尽くす異形…
もう、あんたとは違うのよ、アリク」
やはりそうだったか。
大方のイメージはできたが、念のためアレイに過去を見せてもらった。
アリクは最初、ある目的で一人旅をしていた。
そしてその途中でこの町に立ち寄ったが、その時にはすでに町が異形に占拠されつつあった。
アリクはそれを阻止するために町に乗り込んだが、この町のボスであろう異形に術をかけられ、異形にされてしまった…ということらしい。
「…」
アレイや俺よりも早く、そして強く、マリルが悲しみの声をあげた。
「そんな…!じゃあアリク、君はもう戻らないのか…!?」
「そうね、戻る気なんてないわ。
だって、ここにいたほうが断然楽しいもの。
試合で優勝して、ノコノコ来た男を堕としてペットにする。それが、アタシの今の一番の楽しみだもの」
「…!」
身構えるマリルに、アリクは歩み寄る。
「さあ…いらっしゃい。あんた達も遊びたいでしょ?
あんな小娘より、アタシとやった方がよっぽど楽しいわよ?」
文句を言うアレイの方を見て、アリクはため息をついた。
「あんた、全然ダメね」
「それは、どういう…」
「女としての格好がなってない、って意味よ。
脚と顔はまだしも、そんな体じゃ誰も寄ってこないわよ。背も低いし、胸も平べったいし。
そんなんで、よく水兵やってこれたわね」
「な、何ですって…!」
珍しくアレイが怒っているが、まあ仕方ないだろう。
残念だが、俺からみても今アリクが言ったことはもれなく当たっている。
「あら、何?まさかこんな事でキレてるの?」
「怒って当たり前でしょ…!」
もしかして、気にしてたのか?
アレイも俺と同じで、異性に興味がないんだと思ってたが。
…いや、よく考えれば当たり前か。
本人は一人の女として、それなりに気にしていたのだろう。
まして、アレイの周りには女しかいなかった。
周りの成りと本人の成りには、相応の差がある。彼女らと比べた時に、劣等感を感じてしまうのは仕方あるまい。
「気にしてたの?なら変えるよう努力すればいいじゃない」
「…!!」
アレイは顔を真っ赤にし、拳を握って歯ぎしりをして震えた。
こりゃ、かなり怒ってるな。
でも…なんかちょっと、かわいげもある。
最も、だからといって意図して怒らせたいとは思わないが。
「ま、正直女には興味ないからいいんだけどね。
それより、龍神とマリル…だったわね。あんた達は、どんな遊びがお好みなのかしら?」
答えないでいると、アリクは腕組みをして、
「じゃ、質問を変えましょう。あんた達は、上と下、どっちが好き?」
と聞いてきた。
「そ…そうだな…」
かなり攻めた質問である上、えらくリアクションに困る。
まともに答えたら、たぶんアレイに殺される。
いや、そうでなくても、マリルにぶちのめされかねない。
「ぼ…僕は下がいいかな…」
意味わかって言ってるのか、と突っ込みたくなった。
「そう。結構攻めるのね」
それはお前もだろうが。
「それで?あんたはどっちがいいのよ?」
「あ…俺はな…」
背後からものすごい視線を感じる。
正直、アリクよりアレイの方が怖い。
そうだな…
とりあえず、ここは無難に答えよう。
「上…だな」
そう答えた瞬間は、生きた心地がしなかった。
◇
アリクさん…いや、異形の言葉に、物凄く腹が立った。
私は胸も小さいし、背も低い…それはわかってるのよ。
このところ知り合いの女性に会わなかったし、言われないから忘れかけてたのに…。
てか、あんな堂々と言ってくれた奴は初めてだわ。
同じレークの水兵でさえ、気を遣ってくれたのに。
私をバカにしてくれた上、龍神さん達にふざけた質問をした事で、私の中の何かが切れた。
決めた。
あいつ、絶対に許さない。
私を女として貶した上、龍神さん達に下劣極まりない質問をし、汚い返答をさせたのだ。
元が誰だったとかは関係なく、ただ、叩き潰す。
それだけだ。
しかも、彼らの答えを聞いた異形は、「それじゃ、楽しみましょう」とか言ってマリルにキスをし始めた。
体が芯から震える。
あんな下品で不快な異形が、私と共に旅をしてる仲間に手を出すなんて絶対に許せない。
私は息を大きく吸い込み、怒りを込めて術を唱えた。
「氷法 [白銀河]」
異形を雪と氷に閉じ込め、マリルからその汚らわしい手と唇を離させた。
あえて弱めの術にしたのは、マリルや龍神さんを巻き込まないため。
そして、この異形を私が直接蹴飛ばすためだ。
残念だけど、私には腕力はない。
だから、殴らずに蹴り飛ばす。
蹴り飛ばしてもなお、異形はその気持ち悪い表情を変えなかった。
「荒っぽいわねえ、もう…。アタシはこれからこの二人と楽しむからさ、邪魔しないでもらえる?」
「ああそう。なら悪かったわね!
残念だけど、あんたみたいなのに彼らを渡したりはしない!」
弓を構えたが、向こうは私には全く興味がないのか、今度は龍神さんを誘っていた。
「ほら…好きにしてくれていいのよ?
長旅で疲れた体を、たっぷり癒やしてあげる…」
彼が困惑しているのを見て、私は我慢の限界を迎えた。
「…やめなさい!!」
私は叫びを上げ、その胸に向けて矢を放った。
もちろん、怒りを込めた矢だ。
ちょっと嫉妬の感情もあったけど。
異形は矢を胸に受けた事が気に障ったのか、途端に私に殺意の目を向けてきた。
「アタシに傷をつける小娘には、お仕置きが必要ねえ…!」
もちろん龍神さん達も出てきた。
言葉には出さないけど、心の中で二人に言った。
この汚れた異形を、私達の手で倒しましょう、と。




