ヴァット
俺達は、実況の煽りと共に場内に出た。
相手はすでにスタンバイしていた。
それは、二人の異形と一人のアンデッドの組み合わせだった。
「あれは…!」
そいつらを見た瞬間、アレイは険しい目をして俺達よりも早く身構えた。
俺はもちろん、マリルも特に思う所はないのだが…一体何に反応したのだろう?
と思ったが、3秒後に理解した。
やつらの真ん中にいたのは、水兵のアンデッド。
俺達の間では、死海人と呼ばれるものだ。
幽霊船の件でアレイもわかっただろうが、海人もアンデッドになる事がある。
そのうち肉体を持つものを死海人、持たないものを水霊と呼んでいる。
水兵から見れば、死海人はかつての同族のなれの果て。
特に、水兵はアンデッドや異形になった水兵を「堕ちた水兵」と呼んで蔑むと聞く。
元々人間だったアレイから見ても、死海人は忌むべき存在なのだろう。
だが、これは言うまでもなく好都合だ。
この戦いには、今までとはまた違った目的がある。
アレイには本気を出せとは言わないまでも、ある程度力を出してもらいたい。
一方、俺達の場合は逆になるべく力を抑えねばならない。
俺は言わずもがな、マリルも経験のある白水兵だ。ヒラのアンデッドや異形ならほぼ瞬殺できるが、ここではそれが仇になる。
闘技場ってのは、あまりに強すぎる選手として出るとろくな事がない。
何より、ここはアンデッドの跋扈する場所なのだ。
万が一、吸血鬼狩りであるとバレたらまずい。
なので、適当に力を抜くに限る…のだが、これがまあ難しい。
というのも俺は、「加減する」ということが出来ないタチなのだ。
「さあ、それでは…試合、開始!」
そんなことを思っているうちに、試合が始まった。
異形はどちらもジァード(泥や土の塊が異形となったもの。湿地帯や洞窟によくいる)のようで、動きは遅めだが泥を投げたり岩を投げたりしてきて、これがなかなか避けづらい。
異形の攻撃なので、それなりのダメージがある。
しかも、俺は電属性だ。
従って、地属性の相手とは相性が悪い。
「月術 [静寂の壁]!」
結界を張って攻撃を防ぎつつ、武器を抜いて斬りかかる。
しばらく交戦した後、正拳突きをくらって突き放されたタイミング技を放つ。
もちろん刀の…ではなく、短剣の。
「刃技 [スローニードル]!」
狙いすまして短剣を投げる、どちらかと言うと弱い部類の技。
普段はまず使わないが、仕方ない。
さらに、マリルも続く。
「[テトラトルーパー]!」
短剣を相手の体の3箇所に刺し、そのうえで全ての点を繋ぐように切り裂く技。
見た目はそこそこ派手だが、威力は中の下程で、強いとはいえない。
相手が大地系の異形故に血が流れず、演出も地味なものになってしまったが、それでもまずまずのダメージを与えられただろう。
ジァードは異形の中ではさして強くない部類に入る。
なので、ある程度の経験者であれば技なしでも十分に倒せる。
にも関わらず技を、それも強くもない技を使ったのは、ひとえに怪しまれないためだ。
俺達はアンデッドには絶対に気づかれてはならない。
そのため、吸血鬼狩りではないかと疑られるリスクを極力減らすのだ。
「[複射]!」
アレイも察したのか、適当な複数攻撃の弓技を出していた。
そうこうしているうちにジァード二匹を倒し、残るは水兵の死海人だけとなった。
向こうは無言でにんまりと笑って槍を投げてきた。
それはそこらの異人が持っているようなものではなく、死者の槍と呼ばれるアンデッドの専売武器だった。
それを見たアレイは、飛び上がって技を繰り出した。
「[デスチェイサー]!」
アンデッド特効のある技であり、彼女が多少なりとも本気になっていたことがわかった。
そして、それを食らった死海人は表情を変える事なく倒れた。
俺達は加減してやったのだが、アレイはどうだったのか。
「勝負ありー!!勝者は、生者チームです!」
なんか変なチーム名つけられてるみたいだが、まあいいだろう。
その後の試合では特に変わった敵は出てこず、楽に進むことができた。
そして、なんやかんやで決勝まで登り詰めた。
「ようやくだな…」
ヴァットが進むに連れ、1回ごとの試合時間が長くなっていく。
それがなかなかに怠く、しんどい。
まあ、回復や休憩の時間としても使えるのだが…それでもあまり長いのは考えものだ。
「ええ…ここまできたら、あとは優勝するのみですね…」
あたりは、すでに夜になっていた。
この長さと熱気は、さながら野球の大会のようだ。
そして…
「さあ、皆様お待たせいたしました!いよいよ、本大会の優勝者を決める決戦のお時間です!」
いよいよ、最後の試合が始まる。
「それでは、対戦する選手のご紹介と行きましょう!まずは…これまでに4度の優勝経験がある不死者、ルガをリーダーとした半ば無敵の三人組、チーム・ガダーロ!」
俺達とは反対側の扉から出てきた、アンデッド三人組。
恐らくは、ダンピールと腐人とデススイマーか。
ダンピールは負の吸血鬼の亜種の一つで、腐人はゾンビの上位種。デススイマーは水兵や女の海人のアンデッドで、死海人と水霊の両方の性質を持つ他、陸地でも活動できる。
やはり、アレイは無言で身構えた。
「対するは…いずこからか現れた生きた異人!水兵、白水兵、そして、種族不明の謎の男!
その実力、まさに未知数!チーム…生者ー!!」
実況、なんかノリいいな。プロレスの実況みたいだ。
「さあ、両チームが揃った所で…皆様お待ちかねの、頂上決戦です!!
両チーム構えて…それでは…ファイッ!!」
実況の声と共に試合が始まる。
最初に仕掛けてきたのは、向こうのダンピール。
マチェットのような刃物を抜いて、アレイに斬りかかった。
アレイはマチェットを弓で受けとめ、腰を落としつつ力を抜いて相手の体勢を崩し、素早くその腹に矢を射った。
そして、相手に馬乗りになって首を締めようとした。
しかし腐人の攻撃を受けそうになり、宙返りでそれを躱した為に失敗した。
腐人はトゲが沢山ついた、イカついハンマーを持っている。言うまでもなく、あれで殴られるとかなりダメージを受けるだろう。
腐人はすぐにアレイに追撃しようとした。
マリルと俺が背後から斬りかかり、それを阻止する。
すると、腐人の反撃と共にデスラーターの魔弾が飛んでくる。
魔弾を躱し、短剣をデススイマーに投げる。
躱されたが、関係ない。
それに、今投げたのは複製武器、魔力で複製したものであり、いくらでも量産できる。
「闇の洗い!」
デススイマーが何か使った。
すると、どこからか大波が押し寄せてきた。
「…大丈夫ですか!?」
アレイが守ってくれたおかげで助かった。
「…へえ、水兵と信頼関係を築いてるのかい。
こりゃたまげたな」
「本当だね。普通は、水兵は脅したり心を堕としたりして仲間にするものなのに…」
奴らが疑問を抱くのも当然だろう。
海人は、水属性の攻撃をもれなく受け止めてくれる。また、海や川の移動を容易にしてくれる。
長旅に奴らを連れるメリットとして、これらが上げられる。
ただ、海人は基本的に地上に上がれない。
上がれるとしたら水兵だが…言わずともがな、彼女らを連れ回すのは本来至難の業だ。
今死海人が言った通り、水兵は武器で脅したり、術などで心を壊して半ば無理やり仲間に加える異人が多い。
しかし、俺はそんな事はしない。
「彼は、私を助けてくれた人。だから、ついていく。
どこまでも、どこまでも…!」
アレイの言葉を聞いて、死海人は不敵に笑った。
「この男が…?
ま、なんでもいいけどね」
そして、死海人が手を横にかざすと、複数のイカのような怪物が現れた。