再びアルノへ
「…やったのか?」
マリルの台詞で不安になるけど、大丈夫そうだった。
ラトナさんは、静かに床にふしていた。
「龍神さん…!
一体、何をしたんですか?ラトナさんの攻撃をあそこまで激しく受けておいて、切り返すなんて…」
「簡単な事だ。興奮してる奴は、攻撃にだけ目がいって冷静な判断ができなくなる。
プライドが高い奴は、特にな」
…そういう事か。
確かに、私も興奮すると周りが見えなくなる。
彼はあくまでも冷静なままでいておいて、そこを突くのか。
「ひとまずやったね。これで万事解決だ」
「そう…ね。…ラトナ、さん…」
異形になったとはいえ、私の最初の指導者だった人だ。
この人には、色々と恩がある。
かつて、洗礼を受けて間もなかった私の担当者になり、色々と教えてくれた人。
綺麗な赤色の髪と青い瞳を持った、私よりずっと上の階級の人。
それが、今は血に塗れた異形の死体となっている。
…あら?
よく見たら、何か変だ。
これは、もしかして…。
と、すれば、まだ手がある。
ラトナさんを、元に戻せるかも知れない。
「アレイ…」
マリルが同情するように言ってきたけど、それで何か変わる訳でもない。
「行こう」
龍神さんが歩き出そうとした。
でも、私は…。
「…ん?アレイ、何するつもりだ?」
私は錫杖を出し、地面に突き立てる。
そして目を閉じ、術を唱える。
「陽道 [破呪の日光]」
◆
アレイが錫杖を出したかと思えば、地面に突き刺して術を唱えた。
すると、ラトナの真上からまばゆい太陽?の光が飛んできて、それを浴びた異形の体がみるみる元の姿に戻ってゆく。
そして光が消えた時、異形は水兵の姿に戻っていた。
それは赤い長髪に緑の帯が入った帽子を被り、緑の水兵服を着ている。
「な…異形が、異人に戻った…!?」
マリルが驚くのももっともだ。
異人が異形になる事は珍しくないが、逆は珍しい。
それには異形の本能に呑まれて理性を失うから、というのもあるが、一番は異形になった奴を元に戻すのが魔法学的に難しい、というのが理由だ。
それを破れるとしたら、相当上位の種族でなければならない。
それこそ司祭とか魔王とか、陰陽師とか…。
ん?そういや、アレイはまたあの錫杖を出してたな。
とすると、やはりアレイは意図して陰陽師の術を使えるのか?
考えていても仕方ないので聞いてみる。
「アレイ、君はやっぱり陰陽道を使えるのか?」
「いえ、意図しては使えません。今のは…ラトナさんを助けようと思って…」
「え?」
「ラトナさんは、死んではいなかったんです。辛うじて息がありました。なので、どうにか助けたい、水兵に戻してあげたい…と強く願ったら、自然と体が動いて…」
なるほど、そのパターンか。
つまりは、アレイは自覚がないだけで、陰陽師の力を持っているのだ。
まあ、今更であるかもしれない。
今までにも再生者を直接封印したり、地鬼の館で扉のロックを外したりと、おおよそ普通の水兵にはできない事をやってのけてはいたしな。
となると、課題と疑問が生まれる。
課題は、どうすれば力を任意で使えるようになるか。
疑問は、どうして力を任意で使う事ができないのか。
そう言えば、アレイは過去を見る能力を持っているが、自分には使えないと言っていた。
それも、何か関係があるのだろうか。
「んんっ…」
と、ここで水兵が立ち上がってきた。
「!ラトナさん!」
「…アレイ?私は、一体…?」
「よかった…よかったです!」
「な、なに?てか、これどういう状況?」
この感じだと、異形化していた間の記憶はなさそうだ。
「ラトナさん、さっきまでリヴィーになっていたんです。
それで私達と戦って、私が元に戻したんです」
ラトナは、その言葉に驚いたようだった。
まあそりゃそうか。
「え?…あ、そう言えば!…それで、あなたが私を異形から戻してくれたの?」
「はい。この錫杖の力で」
「錫杖…って、あなたいつの間にそんなものを?」
「話せば長いんですが…とにかく、私はこれを使ってラトナさんを元に戻しました。
彼ら二人は、異形になっていたラトナさんを倒して静めてくれた人達です」
ここで、ラトナはこちらを見る。
「あなた達が…。ありがとうね。
私は…あっ!そうだ!」
「どうした?」
「手短に話すわね。アレイから聞いたかも知れないけど、私はラトナ・ニュート、ここのニサに駐在してる水兵。
で、ある人から、アルノが異形に乗っ取られたって聞いてね、奴らが町に入ってこないよう、ここの警備を固めていたの。
そしたら、変な異形が来てね。何故か攻撃が通らなくて、襲われて…意識を失ってしまったの。
まさか、異形にされるなんて思ってもなかったけど…助けてくれたのには感謝するわ」
「助けたのはアレイだ。
それより、リヴィーになってた間の事は覚えてないか?」
「…ええ、申し訳ないけど。
てか、白水兵も一緒にいるなんてね…」
「なんだ、僕が怖いのか?」
「いいえ。ただ、この町から早々に去った方がいいと思うわよ。あなた達には、あまり良い印象はないからね」
「そうか…まあ仕方ないな。
あ、そうだ、アルノって町が異形に乗っ取られたって話は誰から聞いたんだ?」
「あー、それなんだけどね…」
ラトナは、返答に困ったようだった。
「ラトナさん?」
「私と同じ、管理職の水兵なのは間違いないだろうけど、何と言うか…見たことない人だったのよね。
銀髪で、背が高くて…なんか、どことなくユキさんに似てたわ」
ユキに?
とすると、そいつはユキの子供か何かか?
…ダメだ、わけがわからなくなる。
ユキに娘なんていないだろうし、いたとしても大きくはあるまい。
となると、一体誰だ?
可能性があるとすれば、朔矢がそれっぽい姿に化けている事が考えられるが…。
「ユキさんに…ですか。でも、銀髪で背が高い人なんて管理者にいましたっけ?」
「私もそんな人知らないし、彼女の顔も今までに見たことない。でも、あの服は間違いなく本物だった。
あの人、一体何者だったのかしら」
「…。とにかく、考えていても仕方ありません。
アルノに向かいましょう」
「本気なの?…なら、気をつけてね。
あなたは見違えるほど強くなったわ…精神的にも」
「ラトナさん…?私、別にラトナさんとやり合っては…」
「それくらいわかるわよ。殺人鬼と一緒にいたんなら、なおさらね。
…ほら、行ってきなさい。そして、帰ってきなさい」
「…!」
アレイは、ラトナに礼をした。
アルノへの道中では、もう山賊や異形やアンデッドは現れなかった。
よくわからんが、白水兵がいるからだろうか。
白水兵は「偽水兵」として有名で、殺人者と同じ嫌われ者の種族だ。
なもんで、奴らも寄って来ないのだろう。
そして、アルノに到着した…