潜伏する者
町全体を見回ろうと思ったのだけど、そんなことするまでもなかった。
なぜなら、町中に"それ"がいたからだ。
「…あ!あれは!」
私は、一人の通行人をすれ違いざまに斬りつけた。
「ちょ、何してんだ!」
マリルが焦ったけど、龍神さんはむしろ「よくやった」と言ってくれた。
「…え?」
「こいつは人間じゃなく、エピーだ」
マリルが不思議そうな顔をしたので、私が説明する。
「エピーは、いろんなものそっくりに姿を変えられるアンデッドの一種。
変身するとアンデッドに見えないけど、独特の臭いが少しだけするからわかる」
「そういう事だ。まあ吸血鬼狩りじゃないとわからないけどな」
「てことは、アレイ吸血鬼狩りなのか?」
「そう思ってくれていいわ」
面倒なので、もうそういう事にする。
私がアンデッドを倒せているのは紛れもない事実であるのだから。
あれから数十分、私達は町ゆく人々の中からエピーを探し出しては、周囲に気づかれずに倒すという暗殺者のような事をしていた。
エピーは近づけば臭いでわかるけど、それ以外は本当に普通の人間や水兵と見分けがつかない。
これが厄介で、見るだけではわからないし、それらしき人を見つけても、周りに人がいない所でないと倒せない。
周りに人がいる中で人知れず殺す、というのは本職の暗殺者ならできるのかもしれないけど、私にはこれが本当に難しい。
龍神さんですら、「別の意味で難しいな…」と苦言を呈していた。
相当の経験がある殺人鬼でも難しいと感じるのだから、私に満足にできる訳がない。
でも、エピーは放っておくと生者を襲ってどんどん数を増やし、最終的に町を壊滅させてしまう。多少無理をしてでも倒さなければならない。
そもそも、エピーはいつの間に、どうやって町に入ってきたのだろう。
レークは結界に守られてるから、アンデッドは町の門を超えてこれないはずなのに…。
…いや、もしかしたら。
一つ、可能性が頭に浮かんだ。
でも、さすがにそれはないだろう。
「このままだと効率が悪いので、一旦ニサに行きましょう」
ニサとは町の門にある簡易的な関所のような施設で、アンデッドや山賊が町に入ってこないよう監視する役割を果たしている。
駐在しているのはいずれも管理者階級の水兵で、私の上官にあたる人達だ。
「ニサって?」
「この町の入口にある、関所みたいなところよ。
あそこの人に話をつければ、何かしら助けになってくれると思うの」
ニサの水兵は総じて戦闘力が高く、特定の存在をすぐに見つけだせる魔法道具を持っている。
なので、町にアンデッドが入り込んでいる事を説明すれば、奴らを探し出してくれるだろう。
それに、あの人達はみんな、私と何かしらの接点がある人ばかり。
きっと、心強い味方になってくれるはずだ。
という訳で、コルの門へやってきた。
レークには門が7つあり、ここはそのうちの一つだ。
そして、その7つのうち4つにニサがあり、このコルの門もニサがあるうちの一つだ。
「私が行きますね」
ここに駐在しているのは、ラトナという水兵だ。
昔、私に弓の扱いや水兵としてのいろはを教えてくれた人で、それ以降関係が続いている。
なので、何かと都合が良い。
窓口から声をかけると、すぐにラトナさんが出てきてくれた。
「あ、アレイ。久しぶりね」
「お久しぶりです。実は、町にアンデッドが入り込んでいるみたいで…」
事情を説明すると、「わかった」と言って、尋ね人の地図…探している人やものの場所がわかる魔法道具を貸してくれた。
その上、他の案内所などの水兵に通達を出して、町中にエピーがいる事を伝えると言ってくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。あなたがやってくれるなら、私としても楽ができるからね」
ラトナさんの笑顔はいつ見ても素敵だ。
でも、龍神さんたちはなんだか浮かない顔をしていた。
まるで、ラトナさんを警戒しているような…。
でも、私はラトナさんがいい人だと知っている。
それに、殺人者が初対面の人をやけに警戒するのはよくある事だ。
「[バッドクロー]!」
マリルが爪の技でエピーを仕留めた。
これで、地図に表示されたエピーは全て倒した。
「これで終わりですね」
ラトナさんのおかげで、堂々とエピーを殺しても何も言われなかった。
まあ、一部の通行人は驚いてたけど。
「ああ。あとは、あのきれいな水兵に地図を返して礼を言わないとな」
龍神さんがラトナさんをきれいなんて言うとは思わなかった。
彼も、あの人の魅力がわかるのだろうか。
ニサに戻ってきた。
ラトナさんにエピーを全滅させた事を伝え、地図を返した。
「ラトナさん、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとうね」
そして去ろうとしたとき、龍神さんがラトナさんにこんな事を言った。
「あんた、本当に水兵か?」
「…え?」
突拍子もない発言に驚いた。
「何を言ってるんですか?ラトナさんは私の上官で、正真正銘の水兵ですけど…」
「そうじゃない」
マリルまで険しい目になっている。
それを見て、ラトナさんは困惑した様子で、
「…ちょっと、何よあなた達?私が水兵じゃないなら、何に見えるっていうの?」
と言った。
「いや、見た目は水兵だよ。ただ俺には、あんたが蒼肌の化け物に思えるんだがな」
「僕もそう思うな。あんた、見た目は水兵だけど、本当は異形だろう?」
「…いやいや、ラトナさんは私の上官ですよ?そんな事あるわけ…」
「…」
ラトナさんは、黙り込んだ。
「え…?まさか…」
そして次の瞬間、ラトナさんは龍神さんに襲いかかっていた―
「ラトナ…さん…!?」
龍神さんは棍を刀で受け止め、ラトナさんを蹴り飛ばした。
「っ…!」
「そろそろ正体を見せろ。これ以上アレイを困らせてやるな」
「…そうね、ごめんねアレイ…」
そして、ラトナさんの肌が不気味な蒼色に変色していく…
「えっ…?」
私の前に現れたのはラトナさんではなく、紫の髪に蒼い肌を持つ人型の異形。
信じたくはないが、これは…。
「やっぱりリヴィーか。まさか水兵が感染るとはな」
リヴィーは、八大再生者尚佗の力を受けて異形に変化した異人。
不気味な蒼い肌を持ち、普通の異人と変わらない強さと能力を持つ。
「見事なものねぇ…一目で見破るなんて」
リヴィーの最大の特徴は、元の異人の姿に擬態できること。
そして、異性を誘惑して異形やアンデッドに堕とす事だ。
「ラトナ…さん…」
あまりのことに、私は言葉を失った。
「アレイ、黙っててごめんね。私は、もう水兵じゃないの。偉大な方から力を授かった、永遠の存在なのよ!」
「おいおい、アレイが悲しんでるのがわかんないのか?
異形化と同時に、異人の心も捨てちまったんだな」
「そんな事ないわ。その証拠に、私はこの子を導いてあげたいと思ってる」
ラトナさんは、私に手を伸ばしてきた。
「アレイ、おいで。私達は今、吸血鬼狩りを中心とした奴らのせいで仲間がだいぶ減ってしまっているの。あなたがなってくれれば、あの方も喜んで下さるわ」
「…!」
以前よりも逞しく、そして妖艶になったラトナさんの体に、私は一瞬だけ見惚れた。
けれど、龍神さんがその腕を斬りつけた事で正気に戻った。
「アレイは渡さねえ。異形なんかにこの子を託してたまるか」
「私だって同じ事を思ってる。殺人者なんかに昔指導した子を任せられない。かと言って、水兵の長なんかにも任せる訳にはいかないわ。私達が責任を持ってアレイを守ってあげたいのよ」
水兵の長、って…
ユキさんをそんなに言ってるってことは、もう完全にリヴィーになってしまったのか。
「そうかい。ならやってもらおうじゃないか。
僕らに勝てたらな!」
マリルが構えをとった。
「…へえ。さすがは白水兵、血の気が多いわね。
でもまあ、いいわ。この力を試すチャンスだもの。
…あんた達二人、尚佗様に送る貢物にしてやるわ!」
今、尚佗…と言った?
という事は、やっぱりもう…
「アレイは僕らの希望だ、リヴィーなんかに渡してたまるか!…爪技 [スカルブレイク]!」