魔術師
私達は、他の白水兵と共に西へ向かった。
森の木が無くなり、砂漠になっている境界線で、みんなは止まった。
砂漠には、青や白のローブの人影が見える。
「来たな…」
白水兵達は、弓を射る者と術を撃つ者に分かれた。
そして、向こうから光の魔弾が飛んできたのを皮切りに、撃ち合いが始まった。
驚いたのだけど、白水兵は結構術を使えるみたいだ。
魔術師相手に、互角に戦っている。
あと、マリルは光術の使い手であるらしく、これにも私は驚いた。
魔術師達は、魔弾を撃ちながら近づいてくる。
白水兵達は、後退も前進もせずに持ちこたえる。
私は、矢を射ちながら言った。
「なんで森に入らないの?木や地形を使って撒けるでしょうに!」
「そんな事したら、森を焼かれる!かと言って砂漠で戦うのは、ちょっと分が悪い。だから、この境界線で粘るしかないんだ!」
そうか、もっともだ。
魔術師は祈祷師と魔法使いの混血、そのくらいの事はするだろう。
それに、砂漠は砂のせいで移動がしづらい。
しかし、このままだとまずい。
魔術師達の術によって、森の木々が少しずつ焼け崩れたり崩壊したりしているのだ。
「まずいわ…このままだと、森が削られる!」
「…そうだ、やばいぞこれ!このまま押し切られたら…!」
「あんた達!」
長の声が飛んできた。
「無事そうで何よりだわ、こんなことで死んだりしたら期待外れもいいとこだからね!」
「そうだよな!大丈夫だ、問題はない!」
「俺達を甘くみんなよ?このくらいで死ぬかってんだ!」
「私達は大丈夫です!それより、他の人は大丈夫ですか!?」
「多少やられた奴はいるけど、死人はいない。
それよりさ、今からあたしが向こうに凸ってくるから、もうしばらく持ちこたえてくれる!?」
「え!?」
「このままじゃ森へのダメージがデカい。だから、あたしが突撃して話をつけれないか試してみる!」
「よせ、危ないぞ!」
マリルが止めたけど、彼女は首を横に振った。
「大丈夫よ。奴らだって異人だもの、いくらなんでも話ができるくらいの理性はあるでしょうよ」
「そうか…わかった」
私は彼の言葉に驚いた。
「龍神さん…!?」
「わかってくれてありがとね。それじゃ…行ってくる!」
そして、長は両手を上げて砂漠へ歩き出していった。
すると、魔術師達からの攻撃は急激に穏やかになっていき、やがて止まった。
(すごい度胸…水兵なら考えられないわ)
両陣営の間の中央あたりで、立ち止まって長は叫んだ。
「聞きなさい!
私はこの白水兵の長。そちらが望むなら、私の命などはくれてやる。しかし、これ以上部族を傷つけるな!
話があるなら聞く。指揮官を出しなさい!」
しばしの沈黙の後、向こうの指揮官であろう紫のローブの魔術師が単身でやってきた。
「ちょっと聞かせてもらおうか」
龍神さんが盗聴魔法を使い、私達にも彼らの会話が聞こえるようになった。
「貴殿が白水兵達の長だな?」
「ええ。あたしが白水兵長、ロイカ・ジリーデ。あなたは?」
「私はこの砂漠の魔術師の部族長、メガラと申す」
「へえ。さっそく聞くけど、なんで私達を襲うの?」
「最近、我々の住処付近に白水兵由来の不死者が出るようになってな。将来的な脅威を消すため、最寄りの白水兵の集落を狙ったのだ」
「あら、それじゃ、おたくは生きてる白水兵と死んでる白水兵の区別もつかないの?」
「白水兵は殺人者の一味。かつての王典のように不死者となるものがあれば、我らに甚大な被害を及ぼす事は想像に難くない」
「ひどい決めつけねえ。あたし達はアンデッドになったりなんかしないわよ」
「誰もがそう言う。しかし、いざ死ぬと変わる。
死者の誘惑には、何人も耐えられぬのだ」
「あたし達が殺人者だって知ってるなら、それはお門違いだと思うわよ。そもそも王典は、忌み子だった。あいつと私達をごっちゃにしないでもらえる?」
「その言葉、本気で言っているならば実にめでたいものだな」
「どういう意味かしら」
「今、この地に再生者の影が落ちている事を知らぬのだなと言っている」
「再生者?誰よ?」
「霹靂の帝と呼ばれる再生者…儡乃尚佗が、この地に蘇ったのだ」
その言葉に、私達も驚いた。
「尚佗…?なに?あいつが蘇って、それで…あたし達をアンデッドに変えようとしてるって?」
「そこまではわからん。だが、少なくともマークされている事は確かだろうな」
「それはおたくもじゃなくて?魔術師なんて、普通に強い種族でしょ?」
「我らは奴に表向きの服従を掲げてある。だが、お前達はそうではあるまい。もしお前達が不死者となれば、我らの同胞が苦しむ事になる。それはどうあっても避けたい」
「大丈夫よ。うちらはみんな、戦いになら喜んで死ぬ覚悟がある。仮に尚佗が来ようと、返り討ちにしてやるわ」
「それが出来るなら見ものだな。今まで奴に襲われた集落は悉く壊滅しているのだが」
「あたし達は殺人者よ?それに、もうすぐ"生き残った妹"があたし達の所へやってきて、助けてくれる。そういう[宿命]なのよ」
生き残った妹…?
あの人、私がそうである事を知らないのか。
でも、宿命ってどういうことだろう。
「あんなおとぎ話を信じておるのか。光の再生者に、妹はおるまい。仮に、本当に星羅こころに妹がいたとして、とうに不死者の一味に引き込まれているに決まっておろう」
それは違う、星羅こころの妹はここよと名乗り出そうになったが、ぐっとこらえた。
表向きとはいえ、尚佗に服従を掲げているのなら、あまり情報を流さない方がいい。
「そんなはずはないわ。あたしには宿命が見える。それに、少なくともあたし達はみんな、彼女の実在を信じてる。人間なのか異人なのかはわからないけど、今もどこかで生きてるのよ。でなきゃ、とうに再生者が世界を支配してるはずだもの」
「再生者に力を与えるのは死の始祖。奴を枯れた地より呼び戻せば、いつでも奴らは世界を支配できよう」
「じゃ、なんでそれをやらないのかしらね」
「奴の封印は、生の始祖始めとする三聖女が施したもの。再生者にはとても破れる代物ではない。
しかし、三聖女ないしその子孫を根絶やしにすれば、死の始祖を呼び戻すこともできよう」
「てことはなに、奴らは星羅こころも切り捨てるつもりでいるってこと?」
「おそらく、だがな。仲間を捨てる事が容易い気持ちは、お前達もよくわかるであろう」
「まあね。でもさ、奴らはそこまで薄情じゃあないんじゃない?奴らはあくまで死人であって、殺人者じゃないのよ。
それにさ、どうせ死ぬんだ…ってわかってるんなら、尚更抵抗してやろうと思わない?それとも、潔く破滅を受け入れる訳?」
「…どうだろうな。
だが…そうだな。ここは一つ、貴殿の決意と覚悟を信じさせてもらう。だが、もし再生者に襲われても我らは何も助けないからな」
「それで結構。あたし達は自分達の身は自分達で守る主義だからね。
引き下がってくれるならありがたいわ。うちらもそこまで戦闘狂じゃないからね」
そして、魔術師のリーダーがふっと消え、魔術師達もまた、虚空に消えた。
長は、こっちを振り向いて叫んだ。
「話がついたわ、戦いは終わりよ!
みんな、戻って怪我人の手当をして!」
戻る途中、長に話を聞いた。
彼女は、魔術師に嘘を言ったらしい。
「宿命が見えたなんて嘘。でも、これから本当になるわ」
「どういうことですか?」
「あたしの異能は[偽真]。嘘を現実にできるの。
さっき言ったのも、まったくのデタラメよ」
「じゃ、生き残った妹の存在は…」
「それは信じてるわ。嘘を言ったのは、あくまでも彼女があたし達を助けてくれる宿命が見えた、ってとこだけだからね」
「そうですか。…それは、きっと現実になりますよ」
「そうね。期待してるわよ」
「えっ…?」
彼女は、私の口を塞いで、囁くように言ってきた。
「あなたは似てるわ…シエラにも、こころにも。
光の再生者の妹が、私の前に現れるなんて思ってもなかった。
部族長として、お願い。どうか、私達を守って…」
私ははっとした。
この人、私の正体に気づいてたんだ。
そして、再生者の恐ろしさをよくわかってるんだ。
私は、無言で力強く頷いて見せた。