集落
「アレイ?」
「あっ、ごめんなさい」
「ニームの時もそうだったが、なんで君はこの手の文字が読めるんだ?」
龍神さんが、不思議そうに聞いてきた。
「それは私にもわかりません。ただ、頭に浮かんでくるというか…なんとなく、わかるんです」
マリルは疑ってくるかと思ったら、
「不思議な事もあるもんだな。でも、僕はこういう話、嫌いじゃないよ。アレイに、何か特別な事情があるってことだろ?ロマンがあっていいじゃん」
と言ってくれた。
よかった、嘘つき扱いされなくて。
―まあ、嘘つき呼ばわりされるのは慣れっこだが。
目に映る物を盲信するのが多数派、少数派が否定され潰されるのもまた世の常。
「まず、白水兵の集落に急ごう」
「僕が案内するよ。ここからなら、道は大体わかる」
そして、10分ほどで白水兵の集落に到着した。
まだ門の外だけど、ここからも茅葺き屋根の家々が見える。
その雰囲気は、先のマスカーの集落にも似ている。
マリルが門に立つ白水兵に声をかけると、私達をあっさり通してくれた。
集落を見た限り、結構活気がある。
大人は狩りで得たらしい獲物や作物を運び、子供達は外や家の中で遊び回っている。
もちろん、みんな水兵のそれによく似たセーラー服を着て、水兵帽を被って。
なんだかのどかで、微笑ましい光景だ。
(ここ、白水兵の集落…なのよね)
白水兵は、殺人者の近縁種。
つまり、ここは殺人者の集落と言っても差し支えない。
だけど、とてもそうとは思えない。
私達とさほど変わらない、平和な日常を送っているように感じられる。
と、マリルが私達を呼んできた。
「おーい、二人ともこっち来てくれー」
「ん?なにー?」
彼が入っていった小さな建物に、私達も入る。
すると、床も壁も天井もきれいに何かの金属一択で作られた部屋に出た。
「ここは、何…?」
「ここは共鳴の館って言ってな。普通の奴が入る分には普通の家なんだけど、僕にとっては違うんだ」
そして、マリルは胸に手を当てた。
「何する所だ?」
「アリクと繋がる。向こうが反応してくれれば、彼女が今どこにいるのかわかるはすだ」
「繋がる…って、お前の異能は…」
「僕の異能は[共鳴]。同じ種族、同じ志の仲間に、同じ感情を起こさせたり、同じ行動をさせたり出来る。遠くの相手と連絡を取る事も出来る」
「…でも、ここからアリクさんと共鳴なんてできるの?」
「出来る。特に、ここなら僕の能力が強化されるから、確実にわかるはず!」
彼の異能がどれほどの強さなのかはわからないけど、この部屋が彼の能力を増幅してくれる事はわかる。
「たのむよアリク…応えてくれ…」
マリルは目を閉じた。
「…」
しばらく静寂が続いたが、やがて彼は目を開いて言った。
「ダメだ…」
「繋がらなかったの?」
「いや、繋がりはした。でも、応えてくれないんだ。
おかしい。今までは、アリクは必ず僕の共鳴に応えてくれたのに…」
悲しげな顔をするマリルに、龍神さんがこう言った。
「寝てるんじゃないか?」
「アリクは、僕の共鳴には寝てても起きて応えてくれる。それで怒られた事もあるくらいだからね」
「そうか。とすると、アリクに何かあったんじゃないか?」
「何か…と言うと?」
「どこかで気絶してるか、何者かに捕まって洗脳されたか、あるいは…」
彼はそこで言葉を切り、マリルをじっと見た。
「…まさか、そんな訳ないよ。彼女は強い。並の異形とかアンデッドには負けないさ」
作り笑いをするマリルに、龍神さんは重々しい表情のまま言った。
「…そうだな。普通の異形やアンデッドならな」
「な、なんだよその言い方」
「一つ聞くが…『普通』じゃない異形やアンデッド、って聞いて何か思い浮かぶか?」
「普通じゃない異形やアンデッド…ねぇ。そんなの…」
マリルは、はっとした。
どうやら、彼の言わんとする事に気づいたようだ。
「まさか、再生者…」
「そうだ。再生者なら、アリクを落とすのは容易い事だろう」
「で、でも、なんでそんな事を?」
「明確にはわからんが、アレイをおびき寄せる為だと考えるな」
「アレイを?なんで?」
ここで、私がネタばらしをする。
「ごめんね、黙ってて。私は、生の始祖シエラの末裔。光の再生者、星羅こころの妹なの」
マリルは、口をあんぐりと開けて酷く驚いたようだった。
「君が…?じゃ、生き残った妹ってのは…」
「私の事よ。私は元々人間だったんだけど、20年前に水兵に転生したの。…だから、言ったでしょ?私の名前はアレイ・スターリィ…姉と同じように、「星」を意味する言葉が名字に入ってるわ」
「え…あ、言われてみれば!
じゃ、なんだ…君は、あの伝説の陰陽師の血を引いてて、しかも…あのおっかない再生者の妹なのか?」
「そう。あと、シエラの事はともかく…姉の事は、あまり悪く言わないでちょうだい。お姉ちゃんはいい人だし、私にとっては、大切な姉だから」
これは、私自身の本心だ。
世間では、姉は極悪人のように言われている。
けれど、実際はとても優しくて、妹思いで…
体は冷たいけれど、心はきっと暖かい。
死者でありながら、生者である私を一度も妬んだり襲ったりしていないのが、その証拠だ。
「まあ…そうだよな。本当に奴の妹なら、そう思うよな。
確かに、君にとってはそうかもしれないな。
僕もその気持ちわかる気がする」
異人迫害、特定の種族に対する迫害。
大昔から存在する、忌まわしい行為。
殺人者は特にその標的になりやすい。
そもそもマリル…もとい白水兵の祖先は、元々世の人々から迫害されて湖や川の近くに逃れる事を余儀なくされた殺人者の一種だ。
故に、迫害される側の気持ちは自然とわかるのだろう。
―私にも、その気持ちはわかる。
「とにかく、早めにアリクを見つけないとな。だが、どこにいるのか…」
「それなら心配ない。共鳴をかけてみて、彼女の大まかな場所がわかった」
「そうか。どこだ?」
「大陸の南東の方だ。丁度、レークのあたりかな」
それを聞いて、私はにわかに驚いた。
「え、アリクさんがレークに?」
「大まかにだけど、彼女の居場所はそのあたりだ。
まあ種族着のままだったはずだから、町には行ってないだろうけど」
そんな会話をしていると、外から何かざわめき声が聞こえてきた。
表に出てみると、一人の男性が何やらわめいていた。
「長!長!どこだ!」
「ボトロ?どうしたの?」
ボトロと呼ばれた男性に、長身に白髪の女性が話しかけた。
「長!一大事ですぜ。西の砂漠から魔術師どもが攻めてきた!」
「魔術師が…!わかった。みんな!敵襲よ、すぐに迎撃の用意を!」
長の一声で、皆はたちまち戦いの準備を始めた。
「魔術師、だと…?」
マリルが飛び出し、長に声をかけた。
「ロイカ!」
「マリル?久しぶりね、どうしたの?」
「説明は後だ。今、魔術師が来るって言ってたよな!?」
「うん。…そっちの二人は?」
「吸血鬼狩りのトップと、あとレークの水兵だ!
詳しい説明は、奴らを退けてからにしよう!」
彼女は、一瞬私達を数奇な目で見たけど、すぐに納得してくれた。
「わかった。詳しい事は一仕事やってから聞く。
あなた達、マリルと一緒にやってくれる?」
「もちろんだ!」
「はい!喜んで協力させてもらいます!」
「ありがとう。じゃ、すぐに集落の西へ向かって!」
異人・魔術師
2種類の異人の血が混じって生まれる「混血異人」の一種で、魔法使いと祈祷師の雑種たる種族。
魔法使いのように魔法都市で暮らす者もいれば、祈祷師のように新興宗教やカルト団体の一員として暮らす者もいる。
総じて純血の魔法使いや祈祷師より魔力が高く、学習能力が高い。




