三人目の皇魔女
城に入ると、すぐにまた兵士が出てきた。
「何者だ?」
「皇魔女陛下に用があって来ました。ロザミ陛下から手紙を預かっています」
アレイが手紙を見せると、兵士は納得した様子で「陛下はご自身の部屋におられる。ついてこい」と歩き出した。
連れて行かれたのは2階のある部屋。
入口が特別豪華な訳でもなく、普通の部屋のように見える。
兵士はドアをノックし、声を上げた。
「陛下、客人が参られました」
すると、少し間を置いて返事が帰ってきた。
「わかりました、すぐに開けます」
兵士は、俺達にここで待つよう言った後、どこかへ去っていった。
そしてその直後、扉が開いた。
◇
現れたのは、オレンジ系カラーの服に身を包み、メガネをかけた魔女。
―これが、ミジーの現皇魔女カイナ・ジュヴォアか。
「お初にお目にかかる方々ですね。私に何の用でしょうか?」
「皇魔女カイナ、さんですよね。私は水兵のアレイ・スターリィと申します。そして、彼は冥月龍神と言って、殺人鬼です」
すると、カイナさんは顔色を変えた。
「水兵と殺人鬼…!?
わかりました、入りなさい」
そして、彼女の部屋のソファに座らされた。
「私達を、ご存知なのですか?」
「ええ勿論。噂程度ではありますが、あなた達の事は聞いていますわ」
「どんな噂だ?」
「どこかの町の水兵が、異郷の殺人鬼の男と旅をしている。しかも、その殺人鬼は指名手配されている危険な人物。しかし、何故か彼は水兵を殺さず、一緒に旅を続けている…と。間違いがありましたか?」
「いや、大正解だ」
「では、何故旅をしているのです?…それから、なぜ彼女を殺さないのです?水兵ならば、裏社会においても十分に価値がありましょうに」
龍神さんは、少々困惑したようだった。
彼は、一度に複数の事を言われると混乱するタイプなのかも知れない。
「えーと、その2つの問の答えは繋がってるというか…まあ、そうだな。ほぼ同じ事が理由だ」
「聞かせてもらえます?」
「まず、今回の旅の目的は、再生者を倒す事だ」
カイナさんは、その言葉にとても驚いたようだった。
「奴らは彼女を…アレイを狙っている。俺は、奴らからアレイを守る」
「なぜこの子が…再生者に?」
「この子は生の始祖の末裔にして、再生者星羅こころの妹。つまり生き残った妹だ。
だから…」
でもカイナさんは、彼の話なんてもう聞いてなかった。
「生き残った妹…!?彼女が!?」
「は、はい…」
「まあ…これは驚いた!生き残った妹はどこかで生きていると信じておりましたが、まさか異人に…しかも、学術的にも価値がある種族になってたなんて!」
「え…」
「ご存知かもしれませんが、私は異人学者でしてね。
水兵は、近年海人の研究を進めている我々にとって、極めて重要かつ有益な研究対象なのです。現状唯一陸で生活が可能な、純正の海人。彼女らがどのように陸に上がり、文明を築き上げたのか。そして、そもそもなぜ陸に上がる事を選び、陸の者を受け入れているのか。その謎を明かせれば、数々の海人に関する謎を解く鍵になるかもしれない!」
「あ、あの…」
「海人は、未だ謎の多い種族。それを解くには調査と研究が必須!しかし、我々では容易には海へ漕ぎ出せない!そのため標本どころか写真の確保すら困難であり、研究は難航している!そんな中、人間上がりとは言え、水兵が私の目の前に現れた…しかも、殺人鬼と一緒に!殺人鬼もまた、なぜ人を殺すのか、なぜ人々に馴染めないのか不明瞭の種族であり、我々の興味の的!絶賛研究中の二種族が私の前に現れるなんて…ああ…」
ダメだ。
この人、自分の好きな事になると止まらないタイプだ。
―なんか、昔の私みたい。
あれから時間が経った今でも、このような人はいるのね。
とは言えこのままでは話が進まない。
そこで、ロザミさんからの手紙を読む。
「『カイナへ』」
すると、カイナさんの独演はピタリと止まった。
「『そちらの状況は如何でしょうか。こちらは再生者楓姫が封じられ、安堵している所です。
さて、この手紙を持つ者達は再生者王典を破り、さらに楓姫をも破った者達です。卓越した強さを持つ者達であり、その魔力も相当なものです。どうか、今あなたが再び扱えるようになった術極意を伝授してあげて下さい。…ロザミ・カナート』」
私が手紙を読み終わると、カイナさんは肩の力を抜いてため息をついた。
「…あなた方はロザミの使いでしたか。駄弁をお詫びします。すぐに私の扱う術極意をお教えします」
「ありがとうございます」
「…では」
カイナさんが指を弾くと、場所が一気に切り替わる。
「ここは…」
初めて龍神さんに会って訓練した時と同じ空間。
「覚えがありますか?」
「はい。彼に初めて会った時、ちょうど同じ空間で技と術を鍛えてもらったんです」
「ほう…」
カイナさんは、物珍しそうに龍神さんを見た。
「殺人鬼が異種族に戦闘訓練をつけるとは…興味深いですわ。後で詳しく話を聞かせて頂けないかしら」
「わかったわかった。で、術極意ってのは?」
「そうでしたね。
術極意とは、私達九大皇魔女に伝わる属性の最強術。
生の始祖より直々に伝わった、偉大な術です」
「それはロザミから聞いた。あんたは地を扱う皇魔女なんだよな?」
「ええ。王典の復活によって長らく使えなくなっていたのですが、あなた方が王典を倒して下さった事で使えるようになりました。私の扱う術極意は、これです」
そして、カイナさんは手を高く上げた。
「地法 [盤床・グラウンドゼロ]」
カイナさんの体に小さな岩石がまとわりついてゆく。
そして…
(この姿、王典に似てる)
カイナさんは全身に無数の小さな岩石をまとった、見方によっては異形ともとれる姿になった。
「これぞ地術の極意。自らを大地の一部とする事で、底なしの体力と腕力、そして魔力を得るのです」
「底なしの…」
「そう。痛苦も疲労も感じなくなり、目的を達成するまで自由に動き回る事ができる。
…さあ、やってみなさい。あなた達に、私に匹敵する魔力があるなら、学ぶまでもなく使えるはず」
最初に龍神さんが試してみた。
手を掲げ、術を詠唱し…
「おぉ…」
見事上手くいった。
「じゃ、次は私が…」
これに限らず、新しい術を初めて使う時は緊張する。
でも、なぜだか詠唱さえしてしまえば、後はもう使い方がわかるような気がする。
「地法 [盤床・グラウンドゼロ]」
体が地面に取り込まれるような感触。
そして、体が地に帰したような気分。
…上手くいったんだ。
「素晴らしい!まさか1回で身につけてしまうとは…。
お見事です。ロザミは間違っていなかったのですね」
「ありがとうございます」
反応は簡単に済ませる。
―そんな感激する事ではないんじゃないかしら、と思うのだが。
「俺は電属性なんだが、地術を使えるようになるとはな…」
「あら、あなた電属性でしたの?なら、きっとそれだけ強い魔力を持っている事が証明されたのでしょう」
「そうなんだろうか」
彼は自分では気づいてないかも知れないけど、私から見ても優れた魔力を持っている。
―彼となら、きっと上手くいく。
本当に、この人と会えてよかった。
「それでは失礼します。ありがとうございました」
一歩部屋の外に出て一礼し、ドアを閉めた。
カイナ・ジュヴォア
魔導王国ミジーの統治者で、[偶像]の異能を持つ。
「地」の属性を担当する、九大皇魔女の一人。
著名な学者でもあり、異人、とくに一部の地域にしか存在しない珍しい異人の研究を進んで行っている。
元は冒険者という異人だったらしい。




