敵討ち
アレイは、強烈な一撃をどうにか受け止めた…
今までよりも強力な氷の壁を生成して。
「…ほう。氷の術で私の炎を受け止めるとは。
さすがは…」
楓姫はなぜかそこで口ごもり、それ以上喋らなかった。
それより、アレイが心配だ。
氷で火を受け止めるのはかなりの魔力と技量を要する。
彼女の魔力がどれくらいなのか、正確には知らないが、例え上限が大きいとしても、これだけ強烈な炎を受け続ければだいぶ消耗しているだろう。
万が一魔力が切れれば、一気に勝ち目が薄くなる。
一応、即時回復の薬も持ってはいるが…それでも、使う隙の事を考えるとアテにはなるまい。
ある程度の手慣れであれば、自身の限界を考え、消耗し過ぎないように調節して戦うものだが…アレイにそれが出来るだろうか。
「…」
アレイは、若干息を荒くしている。
肉体的・精神的に消耗しているのだろう。
相手を倒すために必死になるのはいいことだが、我を忘れてしまうとろくな事がない。
「アレイ…無理はするな」
「無理は、してません…」
残念ながら、そうは見えない。
アレイの年齢的な事を踏まえても、少なくとも肉体的には消耗していると考えるのが自然だ。
「そうですよ、無理はなさらない方が身のためです」
「余計なお世話よ…!」
「あら、善意で申しておりますのに。
あなたは私達の希望、私も傷つけたくはないのです」
「私は生者よ!アンデッドなんかの希望にされたくない!」
「酷い言い草ですね。あなたの姉がそれを聞いたら、なんと思うでしょうか」
「っ…!」
「あなたの姉は、本来ならばそのまま死んでいた存在。
あなたが姉と話したり、笑い合ったりできていたのも、私達がいればこそなのですよ」
するとアレイはうつむいて、
「…確かに、そうかもね」
と言った。
しかし、その直後、
「でも、それで言ったら私だって一度死んでる…!
私の姉を…あんた達なんかと一緒にしないで!!」
と叫んで顔を上げ、弓を引いた。
「あらあら、妙な所で強情ですねえ。姉にそっくり」
楓姫も刀を抜いた。
「アレイ…!」
声を上げたが、もはや彼女に届くことはなかった。
いや、届いていても、それが彼女の激情を抑える理由にはなり得なかった。
「奥義 [スターライトブリザード]!」
アレイに呼応するように、楓姫も炎を放つ。
「奥義 [炎炎轟轟]!」
燃え盛る火炎と凍える吹雪。
それが激突し、巨大な水の柱が生まれ飛び散ったその時、彼女の真意に気づいた。
「ふむ…この力は…。
やはり、私の見立ては正しかったようですね」
楓姫は刀を収め、魔導書を取り出した。
「他の連中はともかく、あなたの魂にはこれ以上ないくらいの価値がある。それを、確認出来ました。
遊ぶのはこの辺にして、そろそろ締めましょうか」
魔導書を開き、呪文を詠唱する。
「[ソウル・スティール]」
相手の魂を抜き取る闇魔法。
それを、アレイに向けて放った。
アレイの体が薄く発光し、魂を抜き取られ…
「!!!」
アレイは無傷だった。
いや、正確には、アレイの前に黒い翼が現れて魔法を防いだのだ。
その翼の主はもちろん…
「キャルシィさん!」
ピンと翼を広げ、アレイを守った水兵長。
その顔には、複雑なものが浮かんでいた。
「アレイちゃん…よかった」
「なっ…いつの間に、どうして…!
はっ…まさか!」
「そのまさかよ!さっき、私とあんたの奥義がぶつかった時に飛び散った水で、二人を開放したの!」
「そんなはずはない…あの程度の水で、私の火が消えるはずが…!」
「わかんないの?私とあんたの術がぶつかれば、相応に強力な副産物が生まれる!」
奴は、それに納得したようだった。
「な、なるほど…確かにそうですね…!
もしや、始めからそれが目的で…!」
「そうよ。あんた相手には私だと分が悪いし…それに!
あんたには、私より恨みがある人がいるからね!」
その直後、奴は強烈な一撃を受けて吹き飛んだ。
攻撃を放ったのはキャルシィだ。
「そうよ…アレイちゃんの言う通り!
あんたには、私が誰よりも恨みがあるのよ!」
「私もです!お母様の仇を、今こそ討ちます!」
二人は武器を構えて言った。
「そうですか、そうですか…」
楓姫は、ゆっくりと立ち上がってきた。
「姉妹揃って、親の仇討ちという訳ですか…。
いやあ、全く持って本当に素晴らしい。
復讐心に燃える魂…最高ですねえ!
いいでしょう、すぐに母親に会わせて差し上げましょう!」
楓姫は高ぶり、炎を打ち出す。
「炎法 [ドラゴファル]」
「風法 [ストームベラル]!」
炎は、リヒセロの起こした風にあっさりかき消された。
楓姫はそれに少し違和感を感じている様子だったが、しかしそれでも続けた。
「炎法 [ブレイズガーン]」
「闇法 [シャドーロール]!」
さっきより強力な炎を巻き起こしてきたが、キャルシィの打ち出した魔弾にまたしてもかき消された。
「え…炎法 [ヒートブレーク]!」
「風法 [ジェットチェイサー]!」
熱波の波動は、たやすく押し流された。
楓姫の術は、ことごとく防がれる。
それに業を煮やしたのか、奴は刀を抜いた。
「っ…仕方ないですね!刀技 [デスブレード]!」
「斧技 [ネクロブレイク]!」
キャルシィの技は、刀の攻撃を容易く断ち切って楓姫の体を切り裂いた。
キャルシィはおろか、斧も一切炎の影響を受けていない。
「…なぜだ…なぜ私の体に触れて、平気でいられる!」
「わかるでしょ?」
キャルシィは、潮の心を手に持った。
「そ、それは…!」
「あんたが母さんと一緒に、あの船に縛り付けてたものよ。これがある限り、私はあんたなんか怖くない!」
「っ…おのれ!」
楓姫は刀を振りかぶり、キャルシィに斬りかかった。
「そうはさせない!」
リヒセロが、奴の刀を受け止めた。
そしてそこに、キャルシィが水の術を放つ。
「水法 [ブルーボール]」
顔よりも大きい位の水球を楓姫にぶつけた。
すると、熱したフライパンに水をかけたような音が鳴り響き、楓姫はもがき苦しんだ。
「ぁ…あぁぁぁ!!」
「お姉様…これは…」
「ええ…水に弱いってのは本当みたいね!これなら、楽にやれるわ!」
そして、キャルシィはこちらを振り向いた。
「あなた達も、頼むわよ!」
「はい!」
「よしゃ!」
俺はサウザンドゲイザーを放つ。
アレイはマルチボルト…を放とうとしたが、その瞬間何か閃いたらしく別の技を叫んだ。
「弓技 [神速射ち]!」
そして、アレイは凄まじい速度で無数の矢を放った。
まるで、マシンガンのように。
その全ては同じ場所に打ち込まれ、そして燃える事はなかった。
「…」
楓姫は矢を打ち込まれた腹を押さえ、頭を垂れた。
そして…
「…」
何か喋ったようだったが、聞き取れなかった。
ただ、キャルシィが瞬時に何かを察して俺達を引き寄せ、水のバリアを張った。
その直後、楓姫を中心とした爆発が起きた。
俺達は、キャルシィのおかげで無傷だった。
「やってくれましたね…」
楓姫は、鋭い目でこちらを睨んできた。
「この程度で勝った気にならない事です!
私は、あなた達などに負けはしません!」
奴は全身から炎を滾らせた。
「あなた達みな、焼き殺してくれましょう!」
「その前に、私達があんたを殺してやるわ!
あんたを、絶対に許さない!!」
キャルシィと楓姫は睨み合い、そして…