対面
「…」
部屋の視線は、一斉にアレイに集まった。
言わずともがな、今矢を撃ったのは彼女だ。
「お前…」
エイミは低い声でうなる。
「お前、いつの間に裏射ちの技を…!」
「元から使えるわ。ただ今まで使わなかっただけ」
「何ですって…」
エイミは、矢を落として踏みつぶした。
「アレイ、あなた一体何をやったの?」
キャルシィが聞いた。
てか、知らないのか。意外だな。
「大した事ではありません。今のは裏射ちといって、目立つ技や術を隠れみのにして、相手の背後を突いて即死させる技です」
「そんなのがあったのね」
「なるほど。要は、剣技で言う所の「シャドウキル」や「裏走り」のようなものですか」
リヒセロさん、さすがは剣の使い手だ。
殺人者御用達の暗殺技2種をもご存知であられるか。
「そんな所です。ただ、即死の効果はおまけみたいなものですけど」
「えっ…?」
と、ここでエイミが突っ込んできた。
「小癪な真似をする娘は、お仕置きしないとね!!」
が、リヒセロとキャルシィがそれを阻んだ。
「…!あんた達…この期に及んで…!」
「こっちのセリフよ」
「そろそろ観念しなさい。これ以上、邪魔はさせません」
「…っ!!」
剣と斧が、大剣を弾き返す。
そして…
「[バスターロード]!」
「[レルムブレード]!」
「[聖光剣]!」
盛大に振りかぶった大剣の強烈な一撃を、高速で回転する斧と光を纏った剣が受け止める。
「[氷閉じ]!」
アレイの術が飛んできて、エイミの両手足を封じた。
「っ…!」
そこに、全員が技を決める。
「[剣神の舞]!」
「[デッドリーディスク]!」
「[五点射ち]!」
「[サウザンド・ゲイザー]!」
「[残像槍]!」
武器種は違うが、全て連続攻撃系の技だ。
果たしてエイミは相当のダメージを受け、膝をついた。
倒れないあたり流石のタフさだ。
「ゔぅ…お…お前…たち…!!」
これが最後だと言わんばかりに、エイミは結界を張りつつ両手を上げて上空に巨大な青い球を作り出した。
「エイミ…!」
「わかるわねぇ軋羽…!?
これでお前たちは…お…終わりよ…!
た…たとえ私が…倒れようと…再生者は…止まらないんだからね…!」
今の二人の問答からすると、エイミは俺達を道連れにして自滅するつもりのようだ。
ならば、することはただ一つ。
「[雷神の結界]…!」
使える限りで最強の結界を張る。
アレイ達も魔力を流して補強してくれた。
「[霊王の結界]!」
軋羽も別途で結界を張り、二重の結界が張られた。
これで耐えられるかは正直わからないが、ムザムザと死ぬよりはマシだ。
「無駄な事を…。お前達は…私と…共に…消えるのよ…!」
「あんただけ勝手に消えなさい!」
「貴様は自身の罪を償う時が来た…ただそれだけの事だ!
我々を巻き添えにするなど、お門違いも良いところよ!」
「ああそう…なら…善は急げね…!」
そして、球は地に落とされ…
「っっ…!!」
球が破裂し、猛烈な風と衝撃、閃光が襲ってくる。
目を閉じ、全力で結界を貼って押さえる。
俺だけではなく、軋羽を含む全員が押さえるのがわかった。
そして、数十秒後…
光が収まるのを感じて目を開けると、あれだけの爆風が起こったにも関わらず階段や床は傷ついてもなかった。
そして、アレイ達は全員無事だった。
「みんな無事だな…よかった」
エイミは影も形も無くなっていた。
まわりは一切傷つけず、あくまでも自身だけが消滅したようだ。
「…潔さは紛れもなく騎士のものだな」
「誇りもあったんじゃないか?まわりに一切傷をつけてないぜ」
「そうだな…。少々口惜しいが、これで因縁の相手が一人消えた。君らには感謝せねばな」
言い方からして、まだ敵がいそうな感じだ。
「いえ、そんな…」
「軋羽さんには何かと助けて頂いていますからね、このくらい易いものです」
「君らは、楓姫を倒しに行くのだろう?」
「ええ。軋羽さんも来られるおつもりですか?」
「いや、私は下がらせてもらう。そもそも国に無理を言って来た上、あくまでもエイミを倒すとだけ言ってきたのでな」
まったく、頭が固いというか何というか…。
助けてくれてもいいだろうに。
「わかりました。では、どうかご無事で」
「君らこそな。では」
廊下の奥に、前にキャルシィに見せられたのと同じ下へ降りる階段と、その先の部屋があった。
全員が部屋に入ると、扉はひとりでに閉まった。
「ここっぽいわね」
キャルシィはそう言うが、違うと思う。
なぜなら、ここには王典の時のような魔法陣もなければ、封印の祀具もない。
きっとどこか別の所に…と思ったのだが、そこへの道はあっさりと、しかし思いがけなく見つかった。
部屋の中央には、やけに豪華な赤い絨毯が敷かれているのだが、
「きれい…」
アレイがそれに触れたとたん、絨毯は炎に包まれた。
「きゃっ!」
「アレイ、大丈夫!?」
「ええ。…何だろう、全然熱くない…」
アレイが呆気にとられている間に絨毯は燃え尽き、その下の四角く切られた床板が顕になった。
「…!」
「怪我の功名、だな。これはたぶん…」
まわりの床板との境目に爪を立てると、開く感じがする。
やはり、これは隠し扉のようだ。
「やっぱりそうだ…」
板を持ち上げ、中にあったハシゴを降りる。
「行くぞみんな」
降りた先を少し進むと、薄暗い部屋に出た。
床に奇妙な魔法陣が書かれており、それは弱い光を放っている。
そして魔法陣の中央には、白い指輪が安置されている。
「なにこれ…」
「不思議な空間ですね…」
話しながら指輪に近づいていくあたり、キャルシィ達は気づいていないようだ。
「止まって下さい!来ますよ!」
アレイの声で、二人は身構えた。
そして…
「おやおや、思ったよりも賑やかですね。
しかし、その程度の頭数でいいのですか?」
指輪が赤く光り、床から浮上するようにヤツが現れる。
「あなたが、八大再生者の楓姫…」
基本的なフォルムは典型的な魔女、スカートはオレンジ色だが、あとは髪も目も靴も帽子も全て赤という、なんとも素敵な姿をしておられる。
「いかにも、私が火の再生者、苑途楓姫。さて…」
奴は、リヒセロに答えながらアレイの方を見た。
「ご存知かとは思いますが、私達の目的はあなたの身柄を確保すること、その為であればいかなる事でもする。
しかし逆を言えば、あなたさえ確保出来れば、これと言った事はしません…少なくとも今は」
「私をつかまえて、何をするつもり?」
「それを私の口から言う事は出来ませんね。
とにかく、あなたには来てもらわねばなりません。
さあ、こちらへ来なさい」
楓姫の手をキャルシィが斬りつけた。
その顔は、何かただならぬものを感じているようだった。
「…」
「おや、これはニームの水兵長さん。なぜ、あなたがここに?」
「アレイを守るため。そして…」
キャルシィは言葉を切り、顔を歪めて翼を顕にした。
「母さんの仇を取るため!」
楓姫は、にんまりと笑った。
「ほう…あの船の呪いを解いたのですね。
如何でしたか?数千年ぶりの母親との再会は」
キャルシィは楓姫に突っかかったが、襟首を掴んだ瞬間、その手が火に包まれた。
「…っ!」
「お姉様!」
「私の体には触れない方がいいですよ…己の躰が燃え尽きてもいいというなら別ですが」
なるほど、目には見えないが、常に火のバリアを纏ってるわけだ。
そうなると、近接で攻める事は出来ない。
「っ…このっ…!」
キャルシィは斧を投げたが、容易く躱された。
「血の気の多い方ですね…。
まずは、お話をしましょう?」
「あんたと話す事なんかないわ!…母さんを…よくも!」
「そうでした…。
あなたが…あなたが私達の母を…!」
「私は彼女を殺してはいませんよ。彼女を殺したのは、他ならぬあなた方でしょう?」
「っ…」
ここで、俺が参戦する。
「確かにそうだな。だが、あいつは既にキャルシィ達の母…もとい水兵の長としては死んでいた。
あいつを殺したのは、間違いなくお前だ!」
「ほう…」
奴は、怪しく微笑んだ。
「負の吸血鬼を仕留めた、ということは、あなたは殺人鬼ですか…。
とすると、エイミの話は本当だったようですね」
そして奴は、武器たる杖を取り出して浮かび上がった。
「可憐なる星羅の妹、哀れな水兵長の姉妹。そして、道を踏み外したかつての人間。初めて見る役者ばかりですが、なかなか面白そうです…。
今宵は、さぞや楽しい夜になるでしょうね…。
私を信ずる者達も呼び集め、あなた方の魂が主役の、魂の祭典を開きましょう…!」
苑途楓姫
死の始祖に仕え、死の始祖の復活と生者の世界の征服を目論むアンデッド「八大再生者」の一人。
鋭利な刃が隠された杖を操り、「火」の属性を司る。
元は魔女。
シエラの子孫であるこころが再生者となりアルピアの封印が解けて自由になったが、アレイが生きておりスタールの結界が消えていないために力を取り戻せていない。
古い友人であるエイミの他に自身を信仰する祈祷師や呪術師を利用し、魔導都市マトルアやニームを襲わせていた他、かつて三聖女と共に自身を倒したニームの水兵長を幽霊船として蘇らせた沈没船に潮の心ごと縛り付け、ニームの長が自身の弱点である水の力を使えないようにしていた。