出撃
かくして、スッキリと目が覚めた。
冬の朝の日差しは、柔らかくて優しく、心地よい。
「んーっ…と」
身を起こし、思い切り伸びをして、ぼんやりと考える。
(いやー、いい朝だ。…ん?朝!?)
時計を見ると、7時14分を指していた。
(ヤバいな…ほぼ丸一日寝てたのか…)
いつもならまずあり得ない事態だ。
もしかしたら、これもまたキャルシィの力なのかも知れない。
隣のベッドを見ると、アレイはいなかった。
「おはようございます」
そのかわりに、足の方から声をかけられた。
「ん、おはよう…」
「もうすぐ朝食の用意が出来ますので、来てください」
「ああわかった」
アレイについていった先は食堂らしき広い部屋だった。
まあ…なんだ。中世ヨーロッパの城の食堂みたいな感じのデザインだった。
部屋には他に誰もいないが、テーブルの上には既にいくつかの料理が並んでいる。
でっかいエビのボイルとか、ミネストローネみたいなスープ、あと卵のグラタンなんかもある。
「おお、うまそうだな」
「まだ全部じゃないですよ。食べるのは、料理と人が全部来てからです」
「わかってるよ」
と、部屋の奥の扉が開いた。
そして入ってきたのは…
「おはようございます」
「あ、ティーサさん。おはようございます」
ティーサ…ラニイの妹だっけか。
そうだ、よく見りゃあラニイに似てる。
「あんたも呼ばれたのか?」
「いえ、私はむしろ呼ぶ側ですよ」
ここで気づいたが、ティーサの後ろには4つの料理が乗った皿が浮いている。
「ああ、魔法で配膳してるのか」
「いえ、これは私の異能です」
「異能?物を操れるとかそういうのか?」
「ちょっと違いますね。正確には[手繰]と言って、私が触れたものかつ私の力で持てるものを操れる能力です。
こういう時には、便利な能力なんですよ」
ティーサはそう言って、右手を払うように動かした。
すると皿が一斉に飛んでいき、一斉にテーブルの上に並んだ。
「おお…こりゃ、確かに便利な能力だな」
と、そこにさらにラニイも入ってきた。
「はーい、おはよう。一日ぶりね」
「だな…てか君も丸一日寝てたのか?」
「ええ。長の能力で、みんな同じ時間眠ったみたい」
そんな事も出来るのか。
「なぜそんな事をしたんだ…?」
「さあね。こればかりは長に聞かないとわからない。
ティーサ、手伝うよ」
「あ、悪いんだけどもう配膳は終わったの。みんなを起こすの手伝ってくれない?」
「わかった。長と妹様は起きてらっしゃる?」
「たぶん起きてると思うけど…まあ、部屋を見てみよっか」
「そうね。あなた達は、好きな席についてて」
「そうかい。じゃ、適当に座ってるな」
宣言通り適当に座って待つこと数分、二人は長とその妹を連れて戻ってきた。
「皆さん、おはようございます」
「おはようみんな。丸一日も寝かせちゃって悪かったわね」
「何か理由があったのか?」
「回復のために眠ってもらったの」
「回復?」
「私は他者の睡眠時間を細かく決めれるだけでなく、眠っている間の再生力を高める事も出来るの。だから、全員が傷を完治させるのに十分な時間眠ってもらったのよ」
「そういう事か」
「あ、それぞれの眠りの深さを調節しておいたから、結果的にはいつもと同じ時間の睡眠を取ったのと同じになってるからね」
「それはどうも」
こりゃいいな、この方がいれば睡眠トラブルは全部解決だ。
不眠症の方には、ぜひ一度はニームに来ていただきたいもんだ。
「そうだ、水守人達は?」
「昨日の夕方に帰ってもらった。あなたが心配する必要はない。さあ、みんなそろった事だし、いただきましょう」
そして食事を始めた訳だが、まあここの料理は旨い。
何なら、マトルアの城で出たのといい勝負だ。
あっちとの違いは、魚介類がメインって事くらいか。
「やっぱり美味しいです。ティーサさんは本当に料理がお上手です」
アレイは、グラタンをすくいながら言った。
「ありがとうございます。でも、アレイさんのお料理もなかなかだとお聞きしますが」
「私は普通の料理店勤めですよ?神殿づきの料理人とは訳が違います」
そうだ、アレイは料理屋勤めなんだっけ。
なら、料理は上手いんだろうな。
俺はからっきしなのだが。
「いえ、そんな事はありませんよ。私も元は普通の店で働いていましたから」
「あら、そうなんですか?」
「ええ。なので、きっとアレイさんもそのうち神殿直属の料理人になれますよ」
「だといいですけどね…」
少しの沈黙が流れた後、キャルシィが切り出した。
「アレイちゃんと龍神、あとリヒセロ。食事を済ませたら、楓姫の拠点に向かうわよ」
「え…?」
ラニイとティーサは驚き、動きを止めた。
「彼らが楓姫討伐に行くという話は聞きましたが…長御自らが行かれるのですか?」
「ええ」
「そ、それはおやめになったほうが良いです!
彼らと一緒とは言え、もし何かあったら…!」
「あら、私達の強さはあなた達よーく知ってるでしょ?
それに、今回は心強い味方もいるのよ。そうそうやられたりしないわ」
「しかし…!」
「八大再生者に挑むのは彼らの望んだ事ですが、長と妹様までそんな事をされなくても…!」
「それがね…あいにくどうしてもあいつを私…いえ、私達の手でぶっ倒さないといけない理由ができてしまったのよ」
キャルシィは、今までとは違う冷たく鋭い目でラニイ姉妹を見た。
「そ、そう、ですか…
しかし、そうなると神殿は…」
「そうね…。なら…」
なぜか奴はこっちを見てきた。
「あなた、月の術、使えるでしょ?」
「なんでそう思う?」
「殺人鬼って、大体闇とか月とかの術扱えるイメージだから」
「根拠に乏しいな」
ため息をつきながらも、魔力を流動させる。
「しかしまあ、さすがのお目々をしておられる事で」
術をキャルシィに向かって放つ。
「月術 [ムーンライトシャドー]」
優しい月の光がキャルシィを照らし、その地に落ちる影が離れて動き出し、奴そのものの姿となる。
「おお…これは!」
「やってくれるって信じてた。
ねえあなた、私が留守の間神殿をお願いできる?」
「もちろん。私はそのために呼ばれたのだから」
本人が自分そっくりの影と会話する様子は、何度見ても妙な違和感を感じるものだ。
「ありがとう。これの詳しい説明してくれる?」
「これは「陰の影」だ。実体はないし地面に影が映らないが、ものをすり抜ける事が出来るし物理攻撃を無効化出来る。動きも本人より早いが、術攻撃、特に光属性の攻撃を受けると消えるからそこにだけ注意しなきゃない」
「それなら心配なさそうね。
元々私は闇属性、光は躱すものだもの。
そうよ、ね?」
「ええ。あなたが不在の間、この神殿は私が引き受けるから、安心して」
「頼もしいわね。じゃ、そういう事で」
そうして、俺達は神殿を後にした。
「えーと、どこにあるんだっけ?」
「マトルアの西、5キロの地点にある荒野の中です。
すでに下見も済んでいます」
ニームからマトルアまではワープで行き、そこからは歩いて向かう。
結構な距離だと思うのだが…リヒセロはどうやって下見したんだろうか。
「てか今思ったんだけど、5キロって結構長くない?」
「だな」
「そんな距離悠長に歩いてられないし、飛んでいきましょう」
キャルシィは翼を広げた。
「さ、掴まって」
え、どこに?と思ったのだが、アレイとリヒセロがキャルシィの手を掴んでいたのでアレイの左手を掴んだ。
「これで…いいか?」
「ええ。それじゃ、行きましょう…!」
さりげなく魔力を与えられ、俺達も一緒に浮かび、そして、キャルシィは大きく羽ばたく。