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水守人

船の主たる吸血鬼の肉体が消えると同時に、船に宿る邪悪な力が消えてゆく…

楓姫の呪いが解け、縛られていた魂が空に登ってゆくのがわかる。


偶然か、丁度夜が明けて日が登り始めた。

海上から眺める日の出は、心が震えるほど美しいものだった。


「終わったな…」


「ええ。船に縛られた者達はみな、解放されました。カランも、これで安らかに眠れるでしょう」

それで気になった…。


「アレイ、カランの涙石は?」


涙石は、優しくも寂しげな光を放っていた。

見ていると、その光は緩やかに弱くなっていき、そして消えた。


「消えた…?」


「石に宿った力が失われ、普通の涙石に戻ったんです。

…カランの魂が、無事に成仏出来た証拠ですよ」


「それはよかった。で…」

残りの二人の方を見てみる。


キャルシィは、先程まで母がいた所にひざまずき、何とも言えない表情を浮かべていた。

「…」


「長…」

哀愁を感じさせるその背に、ラニイが声をかける。


「…ラニイ」


「はい…」


「今、さざ波の笛、持ってる?」


「ええ、持っていますが…」


「じゃ、奏でてくれる?潮風の唄…」


「わかりました…」

ラニイは、巻貝で作ったらしい、白い笛を取り出した。



その笛から奏でられたのは、優しくもどこか切なげな、独特の音色だった。

夜通し起きていた事もあり、聴いていると眠くなりそうだ。


ラニイが笛を吹いている間、アレイは目を細め、うっとりと聴き入っていた。

そしてキャルシィは、胸に手を当てて静かに聴いていた。


曲が終わると、キャルシィはアレイに例のロケットを出すよう言った。




ロケットの魔法は、すでに消えていた。

蓋を開くと、中には美しい青色の球体が入っていた。


「わあ、綺麗…」


「これが、潮の心…なのですか…?」


「ええ、間違いない」

それは、キャルシィが手に取った途端、きらりと光った。


「今のは…?」


「主の手に戻れた事を喜んでくれているのよ。

この石には、意志があるの」


「そうなんですか…?」


「ええ…」

キャルシィはそれを握りしめ、左手を海に向かってかざした。

すると海水が部分的に盛り上がって柱のようになり、キャルシィが手を払うと、同じ方向に向かって崩れた。


「すごい…!長、これでやっと…」


「やっと力を取り戻したわ。かつてと同じ、水の力を…」


と、船が突然大きく揺れた。


「な、なんだ?高波か?」


「いえ、そうじゃありません!

この船が、もう間もなく沈むんです!」

アレイが切羽詰まった声を上げた。


「え、沈むって…?」


「この船は、楓姫の呪いによって動いていたもの…呪いが解ければ、再び海に沈む運命(さだめ)なんです!」


「マジか…!じゃ、早いとこ脱出しないと!」


「そうね。長、飛び込みましょう!」

ラニイは素潜りを提案したが、キャルシィは、

「いえ、今回は別の方法を使いましょう」

と言い出した。


「別の方法…?」


「今回はお客さんもいる事だし、ちょっと変わったやり方で町に帰りましょう?」


「…?」


困惑する俺達を尻目に、キャルシィは手を上げて叫んだ。

「海術 [長の号令]!」


それを聞いて、アレイとラニイはあっ、そういう事か、という顔をした。


「号令…ってことは!」


「いいわねえ…()()を使うのは久しぶりだわ…」


一体何の話をしてるんだ?

そう思った直後、何かが海から現れた音がした。

海面を見ると、数人の海人が顔を出していた。


「来た来た!」


「アレイ、これはひょっとして…」


「ご覧の通りです!海人を呼んで、私達をニームまで運んでいってもらうんですよ!」


アレイは、眩しいくらいの笑顔で答えてきた。


「そうか…」

海人の一種である水兵が、海人をタクシー代わりにするわけか…。

なんだろう、なんか知らんが複雑な気持ちだ。



「キャルシィ殿!おられますか!」

一人の海人の声に反応してキャルシィが顔を出すと、海人達は何やら盛り上がった。

「おお!あれがニームの水兵長か!いやー、お美しい方だ!」


「綺麗な人ね…もしかして、水兵ってみんなあんななの?羨ましいー!」


「マジか…本当に水兵の長だったのか!おいお前ら、これは貴重な体験だぞ!水兵の長に呼ばれるなんて、滅多にない事だ!」


さらに奴らは、俺に気づくとまた騒ぎ出した。


「ちょっと待って…あれ、陸の異人じゃない!?」


「うわ、すげぇ!オレ初めて見た!」


「なんて種族なんだろう…てか水兵長と一緒にいるって、もしかしたら結構な大物かもしれないぞ!」


「…」

キャルシィの方を見て言った。

「あいつらは?」


「彼らは水守人っていう種族よ。私達とは色々と縁のある種族でね…私達と同じくらい泳ぎが上手いから、海を移動する時は、彼らに手伝ってもらう事もあるの」


「じゃ、俺を見て興奮してるのは何でだ?」


「それは、単純に陸の異人を見る機会がないからよ。

水兵とは馴染みのある種族だけど、私達はあくまでも海人…彼らの仲間だからね」


「へえ…」

キャルシィは身を乗り出して言った。


「朝早くから集まってくれてありがとうね。この船はもう沈むわ、私達をニームまで運んでもらえるかしら」


「喜んで!」


「はい、もちろん!ついでにそこの彼の話も聞かせて下さいな!」


「ええ、お安い御用よ」

ここでアレイが顔を出す。


「皆さん!もう、時間がないんです!

今から飛び込むので、準備をお願いします!」


「あ、レークの水兵さん!わかった、任せて!」

水守人達は両手を頭の高さで広げ、水色の平べったい結界を作り出した。


「じゃ、行きましょう!」


「え、おい、ちょ!」

キャルシィ達が海に飛び込み、アレイが俺を引っ張って飛び込んだ。


海にドボン…

とはならず、水守人達が俺達をしっかりキャッチしてくれた。


「すげぇ…全く痛みがない…」


「彼らは独自の結界を広げますからね、落ちた時の衝撃は全くないんです」


「へえ…そうなのか」

と、俺達を抱える青髪の水守人が悲鳴を上げた。


「ごめん、ちょっと重い…

ねえミク、彼を運んであげてくれない?」


「わかった!」

そうして、アレイは青髪の水守人が運び、俺はこのミクという白髪の水守人に運ばれる事になった。



「では、行きましょう!」

水守人達は俺達を一人ずつ乗せ、海に漕ぎ出した。


やはりというか、海に潜っても息が出来る。

水兵の力によるものか、水守人の力によるものかはわからんが。


「あっ…船が…」

ラニイが後ろを見てつぶやく。

振り向くと、船が先端を上にして沈んでいく所だった。


「危なかったわね…」


「あの船は本来、役目を終えた船…

あるべき姿に戻る、ただそれだけの事です」


「…」

と、キャルシィを乗せている奴が喋りだした。


「キャルシィ殿、今回は全速力でニームに向かえばよいでしょうか?」


「いえ、むしろゆっくり目に行ってもらって構わないわよ。

それに、あなた達彼の話を聞きたいんでしょ?」


「はっ…それは…」


「別にいいわよ。彼は私達から見ても特異な異人だしね」


「キャルシィ殿がそう仰るとは…彼は一体何者なのです?」


「彼は殺人鬼よ…でも、正しい心を持ってるわ。

私達を襲わないばかりか、むしろ助けてくれるの。

今だって、幽霊船の呪霊退治を手伝ってくれた所なのよ」


「左様ですか…」

キャルシィは表情を微動だにさせていないが、心の中では色々と思う所があるだろう。


こんな事を言える立場じゃないが、偉いもんだ。

さすがは水兵の長といったところか。


「ねえ…」

俺を乗せてる水守人…ミクに声をかけられた。


「ん?」


「あなた、殺人鬼って本当?」


「ああ、本当だよ」


「なんで水兵さんを襲わないの?」


「襲う理由がないし、それに…アレイと一緒に旅をしてるしな」


「え、アレイって…あのレークの水兵さんと?」


「そうだ。彼女は特別な水兵だしな」


「へえ…」

ミクは、何やら感心したようだった。


「どうかしたか?」


「いや、殺人鬼にも私達と同じような感情があるんだなって思って…」


「そりゃ、あるさ。まあ確かに、他の種族より弱かったりなかったりする感情はあるけどな」


「ふーん…」

ミクは一度言葉を切り、改めて言った。

「あなた、本当はそんな悪い人じゃないんじゃない?」


「なんでそう思う?」


「殺人鬼は元々人間だった人が多いって聞くんだけど…あなたは、きっと始めから異常な人だった訳じゃないよね。あなたの心に何か、深い傷がついてるもの」


「心に傷?」


「あ、ごめんね。私達、髪を結びつけた相手の心を覗く事が出来るの」


え?と思って気づいた。

いつの間にか、ミクの髪が俺の足に絡みついていた。


「ありゃ…いつの間に」


「あなたが私の上に乗った時に絡めたんだ。

それで、その心の傷の原因は何なの?」


「…」

思い当たる節はありすぎるほどある。


「ごめん、言いたくないなら言わなくてもいいよ。

もしかしたら、私は知らないほうがいいのかも知れないし」


「賢明な判断だ」

自分で言うのもなんだが、まともな奴が容易くまさぐっていい事情ではない。

アレイあたりの能力を使って追体験でもしようものなら、普通の奴は正気を保っていられまい。

「…そう。でも、私にはなんとなくわかるよ。あなたが、本当はすごくやさしい人だってこと」


「そうだろうか」


「うん。自覚してないかも知れないけど…あなたは、本当はとても良い人。

ただ、周りのせいでおかしくなっただけ。

殺人鬼になったのも、望んでじゃなかったでしょ?」

この子、純粋だな。

純粋な娘を汚してしまうのは気が引けるが…

それくらいは素直に答えてやろう。


「ああ、そうだ。俺は好きでこうなったんじゃない」


ミクは無言で頷き、それ以上は喋らなかった。



異人・水守人

比較的寒冷な海域に多く棲息する海人の一種。

おもに水深5m〜300mの海に棲息している。

陸の者に対して友好的で、難破・転覆した船を見かけると駆けつけて乗組員を助けたり、海水浴場などで溺れた者を助けたりする他、船と並走したり港にやってくることもあるため知名度は高い。

名前に守人とあるが、陸の異人である守人(防人の上位種族で、ノワールでは最も一般的な異人の一つ)とは別系統の種族。

遺伝子的には水兵に近く、水兵の祖先とも言われている。

なお水兵と異なり地上での生活は出来ないが、短時間(10分程度)であれば陸上でも活動が可能で、水の魔力を得ればより長期間の活動が可能になる。

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