迎え
「…は?」
「惚けるおつもり?普通に考えて、男女が同じベッドに入ったら…する事は1つでしょ?」
いや、そういう事ではない。
なぜ、そんな事をしようとしてるのかと聞いている。
「なんでそうなる?
というか、なぜそんな事をする?」
「そうね…強いて言うなら、種族としての本能故、かしら。水兵は、気に入った男には正直なのよ」
「という事はなんだ、本能に負けたって事か?」
「そうと言えばそうかもね。でも、あなたにはそうするだけの価値があるわ。
私ね、ずっとあなたに憧れてたの。あなたは吸血鬼狩りの頂点。あなたほどの男なら、この身体を許す価値がある」
その評価は結構だ。だが…
「ちょ、待て!脱がなくていい!」
「あら、照れてるの?もしかして女の身体を見るのは初めてなのかしら?」
ラニイは艶めかしい表情と手付きで上着を脱ぎ出し、その白く美しい肢体を露わにする。
「いや、照れてはない…てか、種族としての本能、って」
「私達は、知っての通り女だけの種族。どんな種族でも、どんな形でも、外部からきた良さげな男を逃がす訳にはいかないのよ」
「…忘れてるかもしれないが、俺は殺人鬼だぞ?」
「わかってるわよ。だからこそするの」
「どういう意味だ?」
「殺人者は、子供を作る事が出来ない種族…。
なら、どれだけ楽しんでも大丈夫よね?
それに、あなたには長を助けられた恩がある。最初会った時に突っかかったお詫びも兼ねて、私からできる最大限の謝礼をさせてもらうわ」
こいつ…。
確かに殺人者は生殖能力を持たない(正確には退化している)し、初めて会った時は敵と思われて突っかかられたが、それを利用してくるとは。
「そんな言い訳しなくていいから、さっさと…」
「言い訳だなんて失礼ね。尊敬する人と幸せな時間を過ごす為の、筋の通った口実を作ったのよ。
てか、水兵が気に入った男を襲うのは普通の事。
大人しく、私の身体を奪いなさい」
「っ…」
「アレイはまだ色々と幼いから、あなたのお眼鏡に叶わなかったんでしょう。でも、私は立派な女…。
この身体、あなたの好きにしてくれて構わないのよ?」
ラニイはなんとも素敵な仕草と表情でこちらを誘ってくる。
しかしまあ…この身体は実に良い。これだけ見事な身体つきなら、そこらの男は楽に落とせるだろう。
…って、何を考えてるんだ俺は。
「あのな…」
「なあに?…もしかして、私の身体に不満があるの?」
「いや、そうじゃなく、殺人者の事をよく知らないのか?って思ってな」
「それはどういう意味?」
「殺人者は、生殖能力だけでなく性欲もないんだぜ」
「え、そうなの?」
厳密には、俺の知る限り殺人者の他に殺人鬼、反逆者、無情者がそうだ。
例外もいるが…とにかく俺は、女に興味はない。
「ああ…だから色仕掛けなんてされても無駄だ」
「で、でも、あなたはタイプ2の殺人鬼でしょ?
なら、多少なりとも欲があるんじゃなくて…?」
「何回も言わせるな、女に興味はない!てか、タイプ2の殺人鬼だってよく知ってるな!?」
「当然じゃない。何なら、あなたがどういう経緯でノワールに来たのかも、大体何年くらい生きてるのかも知ってる」
シンプルに気持ち悪い。
この子、まさかストーカーとかにならねえだろうな…
あ、てか、俺達にはもう朔矢がいるんだっけ。
「それはいいが、頼むから付き纏わないでくれよ。
…ストーカーは1人で十分だからな」
心なしか誰かに睨まれたような気がしたが、気のせいだろう。
ここは海の中だ。いくら朔矢でも来られまい。
「わかってる。憧れの人に自分から嫌われるような事はしないわ。
はあ…もう、つまんないわねぇ」
ラニイは残念そうにしながら、服を着る。
「つまんないって…そんな簡単に純潔散らすもんじゃないぞ」
「それは人間の考えでしょ?私達にとっては、むしろ純潔を捨てない方がおかしいのよ。まあ例外的に、他者との交わりを望まない子もいるけど…基本的には、みんな誰かしら外の男を捕まえてるわよ」
そこは何とも言えない。が、何だ、水兵の闇を垣間見たような気がする。
水兵がどうやって殖えてるのか疑問に思ってたが、そういう事だったのか?
「はあ…。とにかく、もう変な事はするな。夕方まで休ませてくれ」
「わかった。あなたがそう言うなら仕方ないわね」
そして、わずかな時間を活かして休息を取ることにした。
休息とはずばり、寝る事だ。
ラニイに襲われないか心配な気もするが、まあ大丈夫だろう。
◇
ラニイさん…
部屋を取ってくれたのは有り難いのだけど、私を龍神さんと別の部屋において、自分は彼と一緒の部屋を取るっていうのは…なんか…。
(まさかラニイさん、彼を襲ったりしないよね?)
ふと、脳裏にそんな考えがよぎった。
水兵は、基本的に男性と関係を持つ事を強く望む。
たいていは、外部から来た人の中でも気に入った人を誘惑・魅了して、関係を持つ。
そうして、子孫を残すのだ。
私達の町が外部の種族を受け入れているのも、元はと言えば外部から男性を招き入れ、その品定めをするための試みから始まった文化だと云う。
まあ、私やミリー、それにマーシィなんかは数少ない例外で、男性と関係を持とうとは全く思わないけど。
それで、ラニイさんはキャルシィさんの下で働く上級職という事もあってか、自分より強いとみた人としか関係は持たないと、以前言ってたのを聞いた事がある。
その上、ラニイさんは吸血鬼狩りだ。組織のトップである龍神さんを尊敬しているだろう。
ラニイさんの性格を考えると、彼を半ば強引に襲おうとする可能性は否定出来ない。
私も彼が好きだけど、それはあくまで人としての話。
いや、まあ…彼なら、たとえラニイさんに襲われても大丈夫だとは思う。
でも、やっぱり一緒にいる男性が知り合いの女性に襲われるのは嫌だ。
いっそ、見に行こうか。
…と思ったけど、やめておいた。
日没まであと2時間。こんなことで時間を無駄にするのは勿体ない。
今は、素直に休んでおこう。
部屋の窓から、ぼんやりと外を眺める。
冬の寒冷地の海は、水が素晴らしく綺麗だ。
海面から差し込む陽の光も、とても綺麗だ。
地上にも綺麗な所はたくさんあるけど、たまに海に戻ってくると、海底の光景もなかなか見惚れるものがある。
陸に上がる以前の時代の水兵は、いつもこんな光景を見ていたのだろうか。
ちょっと羨ましい…気もする。
私は元々人間として生まれ、水兵に転生した。
しかしそれは、本当にそうなるべきことだったのだろうか。
何か、元々水兵でもよかったような気がする。
ちょっと外に出たくなったので、女王にその旨を話して王宮の外に出た。
まだ日没までは少し時間があるので、なかなか来られない海を見て回ろうと思ったのだ。
しばらく遊泳していろいろ見たけど、レークの海とはまた違ったものばかりで楽しかった。
キリセの海は冷たく、寒冷な環境特有の生物や地形が多く存在する。
まあそれは海人にも言えることだけど…正直、同じ系統の種族を見ても楽しくない。
それよりはむしろ、陸の人達を見たい。
でもこのあたりはニームの他に都市らしい都市もないし、この海域を通らないと行けない所は基本的にないので、陸の者にとってはほぼほぼ渡るメリットがない海域だ。実際、この海を渡る船はニームへの貿易船くらいで…。
(あれ?あれは何だろう?)
地平線の向こうから何か、黒いものが現れた。
船…のようだけど、この時間にここを通る船はないはず。
それは速度が異様に早く、どんどん近づいてくる。
(え?何?)
心なしか、私の方に向かってきているような気がする。
そう言えば、カランの涙石を渡されていたんだっけ。
てことは…?
いや、まさか。まだ日没じゃない。
まだ日没の時間ではない、けど…まさか。
(あれが、幽霊船…?)
戻らないと、と思い潜ったが、何かで身体を貫かれ、意識を失った。