ラニイ
王宮に戻り、再び女王に謁見すると、俺達に客が来ている、別室で待機させているので会ってやれ、と言われた。
指示された部屋に行くと、見覚えのある顔の水兵が待っていた。
「あ、来た来た」
「お、誰かと思えば…」
「ラニイさん。なんでここに?」
それは、ラニイだった。
確か、ニームに行った時に出会った、キャルシィの世話をしてるらしい水兵。俺と同じく吸血鬼狩りだと聞いた。
なぜ、彼女がここに?
「幽霊船に乗ろうとしてるって聞いたからね、私も幽霊船には興味があるから、同伴させてほしいの」
「え、ラニイさんも幽霊船に乗りたいんですか?」
「それはまた…どうしてだ?」
「幽霊船って事は、おそらくはアンデッドが乗ってる船でしょ?
水兵として、吸血鬼狩りに所属する者として、そんな所で狩りをしてみたいなー、って思って」
やけにノリが軽いな。
「いや、ノリ軽くないですか?」
アレイも呆れている。
「そう?でもまあ、理由なんてそんな重要じゃなくない?
それに、私はどっちかと言うとあなた達と一緒に戦ってみたいのよ」
「ほう?と、言うと?」
「わかるでしょ?またとないチャンスを、逃したくない。
まさか、うちに吸血鬼狩りのトップが来るなんて思わなかったもの」
なるほど。
つまるところ、こいつは俺と一緒に戦いたい訳だ。
「ラニイさん…彼ってそんなにすごい人なんですか?」
「すごいも何も、彼は吸血鬼狩りの頂点よ。彼は、セントル大陸にある、カオスホープっていう吸血鬼狩りの源流の団長…私達の目標と言える人なの」
ラニイの言葉に間違いはない。
確かに、俺は吸血鬼狩りの源流であるカオスホープの団長だ。
そして、多くの吸血鬼狩りから目標とされている。
ぶっちゃけ、そんなことはさほど重要ではないのだが。
「…」
アレイは、数奇な目で俺を見てきた。
「そうでしたか」
「あまり驚かないのね」
「ええ、なんか…
あまり衝撃的な事でもないような気がして…」
「えっ…?」
なんか変な空気になってきたので、話を進める。
「そう言えばラニイ、君は一体どこの組織の所属なんだ?」
「私?私はエンドストームのメンバーよ」
エンドストーム…か。ジークでは2番目に大きい吸血鬼狩りの組織だったな。
「エンドストーム…あ、聞いた事あります。
セレンが行きたいって言ってた所です」
「セレンが?
ずいぶん大きな理想を抱く娘なんだな」
「あら、彼女の実力なら全然行けると思うけど?」
「いや、セレンは…まあ…」
「もしかして、セレンの実力をご存知ない?」
「いや、一回見たから知ってはいる。
ただ、あの戦闘スタイルはちょっとな…」
すると、アレイが食い込んできた。
「セレンの戦い方が?どうかしたんですか?」
「ああ…まあ、実力は確かなんだろうが、あのスタイルはあまり良くない。守備が疎かになってるからな」
アレイは驚いた顔をした。
「あれだけでそんなことがわかるんですか?」
「元々、薙刀の使い手ってのは守りが弱い。
大抵は防御系の魔法を使うとか、防ぎの技を身につけるとかするものだが、セレンは恐らく、そんなことはしてないだろう」
「なんでわかるんですか?」
「ニームでセレンを吸血鬼と戦わせた時、セレンがどうやって攻めたか覚えてるか?」
「えっと…確か、わざと気づかせておびき寄せて倒してましたね」
「そうだな。
あれは、守りに入る時の動きだ。
そして、その後ガンガン技を使って攻めてたよな?」
「そうでしたね…でも、それと彼女の戦い方に何の関係が…?」
「攻撃時、そして技を出す時の動き。
あれは、完全に攻撃に振っている奴の動きだった。
おそらく、守りに入らなくてもいけるよう、攻撃だけを追求したんだろう」
「?つまり…?」
理解できていないようなので、簡単にまとめる。
「要するに、セレンは攻め一択って事だ。
最低限の守りの動きはするにせよ、攻撃を確実に防ぐ術はほとんどない。
無論、攻め重視なのは良いことだ。けど、攻めるだけで引きも守りもしないのは、褒められた事じゃない。
もちろん、色々あって難しいのはわかる。だが、経験上、捨て身の攻撃しかしない奴は早死にする。
吸血鬼狩りの戦いは、基本肉薄だからな」
アレイは黙り込んでしまう。
友人がやっと夢を叶えたのに、その今までのやり方を否定されたと思ったのだろう。
だが、俺とてそこまで無情ではない。一応のカバーをしておく。
「あ、心配するな。別にセレンを否定してる訳じゃない」
「本当ですか…?」
アレイの顔が明るくなる。
「今言った事を逆に考えれば、守備さえ上手く出来るようになればOKって事だ。それに、守りが苦手な奴はザラにいる、気にする事じゃあない」
「そんなものなんですか?」
「攻めは簡単だが、守りは攻めとはまた別の意味での難しさがある。特に薙刀は、それ一本で攻撃を防ぐのが難しい武器の1つだからな、すぐに出来なくても仕方ない。
それに、守りとは言ったが無理に防ぐ必要はない。流したりカウンター出来るなら、それでもいいんだ。もちろん、確実に決まる事が前提だけどな」
そこまで言った時、ラニイが申し訳なさそうに言った。
「熱弁してるところ悪いんだけど…」
「どうかしました?ラニイさん」
「今の、本人に全部聞こえてるわよ」
「…え?」
「ごめんなさいね。私、[伝達]って異能を持ってて、見聞きしたことを遠くの人と共有できるの。
勝手なんだけど、せっかくの伝説の言葉だから、本人に聞いて欲しいなって思って…」
「…」
ったく、余計な事してくれやがって。
「向こうと話せるのか?」
「ええ… 『伝えよその言葉、その顔』」
アレイの能力のように、立体映像が浮かび上がる。
アレイの能力との違いは、この映像がリアタイのものであるという事だろうか。
「セ、セレン…」
セレンは、何とも言えない表情でこちらを見てきた。
「今の…全部聞こえてたわ?」
「らしいな」
「…」
薄い水色の瞳。
様々な感情の入り混じった、複雑な眼差し。
それが、俺を見つめてくる。
「どうした?」
「あなたが、私のやり方をそんなに思ってたなんて」
「勘違いするな、別に君を悪く言ってる訳じゃない。
ただ、吸血鬼狩りとしての理想を語っただけだ」
「それはわかってる。私、別に怒ってはないわ。むしろ、はっきり言ってくれて感謝するわ」
ずいぶんと素直だな。
「へえ、怒らないのか。感心だな」
「私、自分の強みと弱みは薄々自覚してはいたの。
でも、明確にその実体を掴む事は出来なかった。
だから、今あなたが言ってくれてよかった。
確かに、私は攻める事しか考えてなかった。私は、自分の能力と攻めの技量に頼って、守りを疎かにしていた。
私が今より強くなるには、何かが必要なんだろうな…とは前々から思ってたけど、それはあなたのような存在だったのかもしれない。
殺人者は嫌いだけど、あなたの事は嫌いになれない…不思議ね。
殺人鬼のあなたの後を追う者が多い理由がわかった気がする。
改めて、ありがとう」
「そうかそうか。矛盾してるが、まあそれもいいだろう。
こちとら、水兵にここまでの実力者がいるとは思わなかったよ。守りさえ固くすりゃ、君は十二分に強くなれる。
頑張れよ…エンドストームの新メンバーさんよ」
最後の一文を聞いて、セレンははっとした。
「え…?」
「言っただろ?ジークの吸血鬼狩りは、人手が足りないんだ。そこそこの実力と将来性がある若い志願者を、使わない理由はない。
な、ラニイ?」
彼女は、笑顔で答えた。
「そうね。今、私達の仲間になってくれる子がいるなら嬉しいわね。
…セレン、エンドストームにいらっしゃい」
「…」
セレンはまたも目を潤ませる。
涙もろいのか。
なんだよ、かわいいとこあるじゃんか。
「それじゃ、切るわね…後で本部に行きましょう。
みんなに紹介しなきゃないからね」
その後ラニイの働きかけで、夕方まで部屋で待機していていい事になった。
アレイは別に与えられた部屋へ行き、俺とラニイは同じ部屋にいることになった。
何をするあてもなく、ぼんやりと椅子に座っていると…
「ねえ」
後ろから、ラニイに声をかけられた。
「どうしたよ?」
「あなた、アレイの事、どう思ってる?」
「どうって…まあ、旅のパートナーであり、守るべきもの、って感じだな」
「アレイに、好きとかいう気持ちはある?」
「いんや。俺は恋愛はしない主義なんでね」
「へえ…」
「なんでそんなこと聞く?」
と言った直後、目を塞がれて術をかけられ…
何かの上に移動させられた。
「な、何をする!?」
「ごめんなさいね、いきなり。
でも、これからコトをする上で必要なの」
手を離される。
そこはベットの上だった。
「何する気だ?」
「あら、そんなの決まってるじゃない」
ラニイは紫の瞳を妖しげに光らせ、妖艶な笑みを浮かべて言った。
「―日没までのわずかな時間を、楽しむのよ♪」
ラニイ・アテニア
ニームのモニン神殿でキャルシィの世話に当たっている水兵の一人で、ティーサの姉。年齢は21歳。
見聞きした情報を遠くの相手とリアルタイムで共有できる[伝達]の異能を持つ。
基本的には真面目だが感情的な面もある他、実はなかなか計算高かったりもする。
武器はブーメランと鎌を扱う。
吸血鬼狩り組織「エンドストーム」の一員でもある。