聞き込み
転送魔女は朗らかな笑顔でこちらを迎えてくれた。
「どちらへ行かれますか?」
「ニームまでお願いします」
「かしこまりました。
料金は合計で5000テルンになります」
「はい」
アレイが二人分の札を渡す。
「ありがとうございます。
では、行きますよ…
はあっ!」
魔女が杖を振るい、俺達は空の彼方へ飛ばされた。
果たして見事ニームの外れに飛ばされた。
「おお…こりゃ、便利だな」
「まあ当然ですけどね。
さあ、町の様子を見に行きましょう」
ニームの町はだいぶ立て直されていた。
まだ一部壊れてる所もあるが、アンデッドの気配もないし道や建物もほぼ全て元通りになっている。
「結構立て直されてるな」
「これなら、あともう少しで完全に復旧出来そうですね。よかったです」
と、ここで奥から一人の水兵が歩いてきた。
「あら、あなた達…」
「あ、おはようございます。
ニーム、だいぶ復興してきましたね」
「うん。レークの子達の協力と、外の国からの救援のおかげでだいぶいい感じに立て直せてるの。
あなたもレークの子だよね?」
「はい。私は彼と旅をしてるので、応援には来れませんでしたが…」
「そう。まあ、いいんだけど。
って、あれ?」
水兵は俺の正体に気づいたようだ。
「へーえ…
あなた、ずいぶんアレな人と旅をしてるんだね…」
「勘違いしないでください。彼は悪い人じゃないですから」
「そうなの?まああなたがいいんならいいけど。
てか、町に何の用?」
「ちょっと情報集めをしたくて…
あ、そうだ。幽霊船ってご存知ありませんか?」
「んー、私は知らないなあ。
あ、でもミーファの子達なら知ってるかも」
「ミーファ港の?」
「うん。あそこの子達は海の現状にも詳しいし、きっと何か知ってるよ」
「わかりました。龍神さん、行きましょう」
無言で頷き、港へ向かう。
ミーファの港はほとんど完全に復興が完了していた。
まあそりゃそうか。外部との交易が生命線である都合上、港は早急に立て直さねばならないのだろう。
「港はもう大丈夫そうですね。
交易も始まっているみたいですし」
アレイはそう言うが、今停泊している船から運び出されているのは交易品と言うよりは救援物資のように思える。
迅速に外部の町や国から救援が来ているあたり、他の所からの信頼があるのだろう。
「交易ってか、ありゃ救援物資じゃないか?
外からの助けが、現在進行形で来てるんだよ」
「…よく見たらそうっぽいですね。
まず、手が空いてる人に話を聞きましょう」
本庁らしきデカい建物の前に一人いたので、話を聞いてみる。
「すいません、今手空いてますか?」
「空いてるわよ。何かしら?」
「ちょっと聞きたい事があるんです。このキリセの海を彷徨う幽霊船っていうのがあるらしいんですが、ご存知ですか?」
「幽霊船…?あ、ディープライン号の事ね」
「ディープライン号?」
アレイとの話の間に割り込んでそう聞き返すと、彼女はこちらを見て半ば驚いた目になった。
「そう。キリセの海を彷徨い続ける、正体不明の帆船。籍も乗組員も目的もわからない、謎の船よ」
「その船は、いつ頃からあるんですか?」
「さあねえ。あの船がいつからあるのかは、誰も知らないわ」
「どんな感じの船なんですか?」
「詳しくは知らないけど、朽ちた木材で作られたボロボロの帆船だそうよ」
「その船に乗ったら、どうなるんですか?」
「それは誰にもわからない。
ただ、乗った者は誰一人帰ってこないそうよ」
まさしく幽霊船だ。
現実的に考えれば、何らかのアンデッドが操縦してる船だろうか。
「…わかりました。ありがとうございます」
「別にいいんだけど…何?あなた達、あの船に興味があるの?」
「興味というか…実は、あの船が八大再生者楓姫と戦う上で重要になるらしいんです」
すると、水兵は顔色を変えた。
「え、あなた達まさか楓姫を倒すつもりなの?」
「はい。私は彼と共に、八大再生者を倒す旅をしているんです」
「…本気なの?」
力強くうなずくアレイを見て、水兵はポカンとした。
「へぇぇ…あの化け物達を倒す、ねぇ…
でも…まあ…そう、ね。どうせこのままだと、私達は奴らに滅ぼされるだけ。
何もしないよりは、何かしたほうがいいものね」
「そういう事だな。
で、その船はどこに現れるんだ?」
「この辺では見られないわね。ある程度外海に行かないと…」
「何か、確実に見れる条件とかはあるのか?」
「条件…というか、ディープライン号はある特定の物を持っている者の前にだけ現れるんだって…」
「特定の物?」
「詳しくは知らないけど、ある海人の特別な思いがこもった石。
それを持ってキリセの外海を旅していると、夜明けか夕暮れに迎えにくるんですって…」
「へえ…それはどこにあるんだ?」
「正確にはわからないけど…イージア海底谷にいる海姫達が知ってるって聞いた事があるわ」
「海姫…?」
これについては、アレイが解説してくれた。
「海姫は海の最も浅い所で生活する海人の一種です。
厳密には別物なんですが、まあ進化したクラゲのようなものと思って貰えばいいかと思います。
刺胞、つまり毒がある触手を持ち、髪で光合成をしたり魚を食べたりしながら、海の表層で生活している種族です」
「へえ…本当にクラゲみたいだな。
で、そいつらがその石を持ってるのか?」
「らしいわよ。まあ確証は持てないけど」
確証がなくて結構。
俺は種族こそ殺人鬼だが、心は冒険者に同じ。ロマンと冒険があるならばどこへでも行く。
海の旅は一人では無理だが、今はアレイがいるのだ。
例え深海の底であろうと、実際に行って確かめてやるさ。
「わかった。アレイ、さっそく行こう」
「はい」
という訳で、港の人目につかない場所から海に入った。
しかし、まあこの感じは慣れない。
水中にいるのに全く濡れないし水の抵抗も感じない。なんなら地べたを走るより早く泳げる。
感覚的には、水中というか空を飛んでいる時に近い。
海人ってのは、いつもこうして海を泳いでるのだろうか。
何も考えず、気の向くまま、無限に広がる青い世界を旅しているのだろうか。
だとしたら、少し羨ましい。
俗世間と隔離された、美しき海をただ、無心に漂う。
もしも俺が海人だったら、そんな生活を謳歌していただろう。
っと、そうこうしてるうちに目的地についた。
海底谷とのことだったが、ここはかなり浅い。
恐らく、水深は深くても100mほどだろう。
谷の入口らしき岩のアーチにある程度近づくと、すぐに何かが高速で泳いできて槍を向けてきた。
「何者…!
…水兵さんか。これは失礼」
それは緑の髪に黒と黄色の瞳を持ち、薄い水色の肌をした人型の生物だった。
一瞬ストライプ柄の服を着ているように見えたが、よく見ると胴体自体が束になった細長い触手でできていて、服など着ていない。
これは、まさしくクラゲだ。
「相変わらず危なかっしい歓迎ですね。
以前、これでセレンやフィルを怒らせて酷い目にあったでしょう。まだわかっていないのですか…」
「む…しかし、これは我々の仕事なので…」
「勤務に忠実なのは結構ですが、相手をよく見てからやって下さい。
今日は特に…せっかく地上の異人を連れてきましたのに」
「何…!」
奴は俺を見て、
「おお…これは!」
と目を丸くし、アーチの向こうへ猛スピードで泳いでいった。
「やたら驚いてたが…そんなに陸の奴が珍しいのか?」
「ええ。彼らにとっては、生きた陸の異人は冒険者くらいしか会う機会がない存在ですから」
「あ、言われてみれば確かにそうかもな。
ん、まさか俺、取って食われたりとかはしないよな…」
「大丈夫ですよ、私がいるんですし。さあ、行きましょう」
アレイの案内で、奥へ泳いでいく。
異人・海姫
読みは『かいき』。
寒冷な海から温暖な海まで幅広く、主に海面付近に棲息する海人の一種。
男性の場合は「海君」と書く。
珍しいクラゲ型(基本的なフォルムや生態はクラゲに近いが、クラゲとは別の存在)の海人で、基本は葉緑素を含む髪で光合成をしつつ藻類や魚を食べて生活している。
手や脚部にあたる部分にはクラゲ同様に刺胞を持ち、陸の異人や人間は迂闊に触れると刺される事がある。
エラなどを持たず海水から直接酸素を取り入れる事が出来るが、逆に海水がない地上では呼吸が出来ない。
陸に憧れを抱いており、陸に上がる事が出来る水兵や水守人を羨ましく思っている。