深海
深海
上を見上げても、ただ黒、暗黒が流れているだけ。地上のように空というものが存在せず、永遠に夜が続いていく。視点を下げて周りに首を振った方が鮮やかな世界が広がる。もう少し視点を下げて地面を見ると、地面を這うようにして動く虫のようなものがいる。人生、水圧に押し潰されて、未来に手を伸ばすことがやっとなものである。空は見上げれないであろう目の位置をしているが、その代わりに、地を這いながら、苦しみながら、悶えながら先へ進む道を見ている。中には、今にも立ち上がって上へ向かおうとする気概を感じさせるものもいる。そういうものを見ると、美しくも、過去の泥臭さを染み付けた何かを感じさせる。
私はこんな場面を見たことがある。上から、大きく力をつけたものが、この深海という底辺で地獄のようなところへ下ってきたことがあった。すると、その大きな力で波を起こし、その波は虫達の気概を勢いよく持ち上げて遠くへ飛ばした。その時、大きな岩の影に虫達は隠れ、次に姿を表したときには、少し小さな頑丈そうな魚へと成り上がって出てきた。いつものように這うのではなく、見上げれるようになったその目で、しっかりと、薄くなった暗黒の先を見据えながら上へと泳ぎだした。影に隠れたものは全員がこうなったわけではなかった。一部は姿を変え、また一部はまたしても地を這って出てきた。チャンスを生かして上れなかった精神的な怪我を負い、傷つきながらも、這おうというやる気は失わずに戻ってきた。このもの達は、またいつか波で持ち上げられることがあるだろう。一番悲惨なのはどこへも行けなかったものだ。傷つきすぎて立ち直れなくなったものは、上の暗黒よりもどす黒い岩に食われてしまう。
登っていく魚は、安心できるわけではない。登って調子に乗る魚は、暗黒の中に光を見つける。海底で這っていた頃では考えられない、魅力的な光、それにいつの間にか吸い寄せられる。しかし、ただ波に乗っただけで大きくなれるほど甘くはない。近付くと、嘲るような顔をして、成長しかけの若者の魚を狩る詐欺師の魚が顔を見せる。急な絶望、地を抜け出して社会の理不尽を感じる寸前、終わる。あまりに切ないが当たり前の現実
それがこの深海だ。
最も醜いのは元から這う気のないものである。無駄に上についている眼球で絶望にも見える上を見ながら、上に来る餌を、昔に親が居なくなって与えられたであろう場所で待っている。そこには何の気持ちも存在せず、ただ、絶望を眺める。何も存在しないから、何も生まれない。これはある意味嬉しいことかもしれない。過去にさいなまれることも、未来に脅されることもなく、ただ消える。
これもまた深海である。
何度か水面に近いところにいるもの達は何を思っているのかと考えたことがある。そこには昼と夜があって、時には神のような力で押してくる船が通る。そしてまた神のような力で糸のようなものにかかると外の世界へと連れ出される。それが日常。
この深海より良い場所なのだろうか。悪い場所だろうか。
私はこの深海を良い場所だと思ったことはない。周りに魚が少ないから孤独が多くて、よく過去に呪われたように締め付けられることがある。こんな海底にいるのに、心だけが突然雷に打たれたようで、器を壊されて涙が心で溢れる。ところが、なんと周りはそうでないようなのである。「こうやってテコテコ適当に歩いて、チャンスが来たときをいかせるように歩ける、そんな境遇、悪くないだろ?」こういうことを聞くと、自分が過剰に反応しているようで情けなくも思えてしまう。
私が見たことのない地上の世界はどうなのだろうか。
誰かが地を這って何とか生活し、誰かは生活を諦め、理不尽な力で終わらせられる。この最悪な深海と同じなのか。
ここと同じでも、私の周りのものと同じで感じていないのか。
いつか、きっといつか見てみたい。




