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「お嬢様ぁーっ!
聞いて参りました! 」
「そう。それでいつ頃に? 」
「今のところ予定はないそうです。
ただ、公式発表されてから始まる王室教育を前倒しするなら、お会い出来る可能性が高まります」
なるほど。その手があったか。
でも今から勉強なんてしたくないわ。
「私から訪ねるのはダメかしら」
「まだ公表されておりませんので、お控えになった方が…」
「そうよね、ダメよね」
「はい。
ですが、お嬢様。アカデミーではイケナイのでしょうか? 」
「アカデミー? 」
「もし、あまり聞かれたくない内容であれば、致し方ありませんが、お会いするだけならアカデミーでいつでも会えるのでは? 」
私はバカか。そりゃそうだ。
もうすぐアカデミーに通うんじゃん。
同級生で、きっとクラスも一緒。
なぁ~んだー。そこで問い詰めれば良いだけかー!
ナイスよ、エマ!
「すっかり忘れてたわ。
ありがとう、エマ」
「お役に立てて光栄です。お嬢様」
楽しみだわ、アカデミー。
何でも話せる友達が出来たら嬉しいな。
その時、私は気づいていなかった。
自分が既に権力を振りかざしまくった悪役令嬢だという事を。
つまりどういう事か。それは非常に単純明快だ。
「ごきげんよう、レティア様。
同じクラスになれて嬉しいですわぁ」
「レティア様、お父様が異国のお菓子を買って下さいましたの。
宜しければ、いかがですか? 」
「レティア様。この間のお茶会は、とても素晴らしかったですわ。
やはり殿下の婚約者に相応しいのは、レティア様以外におりませんわっ! 」
友達作るどころか、入学初日に取り巻きに固められとる!
他の生徒は視線を送っても、微笑むか視線を逸らすだけ。
決して話しかけてはくれない。
マズイわ。この子達と一緒に居れば、私の悪役令嬢への道のりがショートカットされてしまう。
出来れば真逆の、深窓の令嬢になりたい。
地味な子を味方につけましょう。
とりあえず、1人で本を読んでいる彼女から…。
「あら、いったいどんな本を読んでますの? 」
「へっ?! あっヴォストラ家のっ。
とっとくに楽しいものではありませんー!! 」
「えっちょっと、まっ」
制止も虚しく、逃げる様に走り去られたんですけど?!
授業はこれからよ? 先生もうすぐ来るわよ!?
これじゃ、私が虐めたみたいじゃない!
「まあっ! なんて無礼な方なのかしら!
レティア様がお声をかけて差し上げたのに」
「本当ですわ! レティア様、あの者に何かご用事が? 」
やめて、無礼とか大声で言わないでっ。
余計に遠巻きにされちゃうからっっ。うゔっ。
「違うのよ。私が急に話しかけてしまったから、驚かれたんだわ。
責めないであげて」
「なんてお優しいっ」
「さすがレティア様です」
ーーコソコソ
「彼女って、あんな人だったかしら? 」
「気まぐれじゃない? 」
「そろそろ殿下がいらっしゃるから、良い子ぶってるのよ」
「今日も堂々とされてますわね、さすが公女ですわ」
「王太子殿下との婚約の噂、本当かしら」
「彼女が筆頭候補なんだから、たぶんそうよ」
耳が痛い。全部聞こえてるわよ、クラスメイトの皆さん。
いっそヒロインの如く、聖母の様な振る舞いを心がけようかしら。
手始めに慈善事業でもしてみる?
別に、人気取りの為とか罵られても構わない。だってその通りだから!
それに12の子供が出来る活動なんて、限られてるわ。
いくら文句を言われたところで、貴方達に真似出来ますか?って事よ。
私なら、掃除も子供のお世話もへっちゃらよ!
よし、家に帰ったらお父様にねだろう。
ーーザワッ
「おはよう、ヴォストラ嬢」
げっ、王子。
「ごきげんよう、殿下」
「やっぱり同じクラスになったね」
「ええ、嬉しいですわ」
「これから、一緒に頑張ろう」
「はい。ご一緒に学べて感激です」
ふっ。驚くほど口から出まかせがスラスラ出てくるわ。
偉いぞ、私!
「まあっ、殿下からお声をかけられましたわ」
「さすが公爵家」
「ご婚約の噂はまさか本当なのでは? 」
だから全部聞こえてるんだって。
逆に王子の前でよくコソコソ話せるわね。
教師が入ってくると、さっきまでの喧騒が嘘の様に静かになった。
各々好きな席に座ったのだけど、どういう事だ?
何故、彼は私の隣に座っているの?
しかも隣に座っていた取り巻きに席を譲らせてまで。
やはりバレてるのか!
私がボロを出さないか、監視する気ね!
そうはいかないんだからっ。
チラッと横を向けば、ニッコリ微笑まれた。
くそぅ、無駄に顔が良いんだからっ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おう、アベルト。
何してんだ? 」
「ヴォルフ兄様。ん~、先生からの宿題も全部終わって暇だなぁって」
「なら俺と一緒に授業受けるか? 」
「ヴォルフ兄様と?
でも、そんな事したらアデリシア様に怒られないかな」
中庭のブランコで遊んでいると、通りかかった第3王子のヴォルフ兄様が声をかけてくれた。
お母様と違って、第2側室のアデリシア様は、僕を避けている。
まあ第1側室のマリアンヌ様より、良いけど。あの方は僕が嫌いだから。
「ちょっとぐらいバレないだろ。
どうだ? 今日は帝王学と経済学なんだが」
「僕、どっちも習ってないよ」
「お前にはまだ難しいだろうけど、聞いてみないと分からないだろ?
それにわざと、授業から外してるだろ」
「何の事?
僕は難しい勉強をしたくないから、受けてないだけだよ」
「お兄様の為にってか。
お前も健気だよな」
11歳のヴォルフ兄様は、兄様に負けず劣らず頭がキレる。
本人は担がれるのが嫌なのか、少しダラシないフリをしているみたいだけど。
「そんなんじゃないよ。僕は本当に勉強が嫌なだけ。
期待されるのも嫌だ」
「イイよな、アベルトは。何したって陛下に許されるんだから」
「…だと良いけど」
ヴォルフ兄様は誰に対しても平等に接してくれる、珍しい王族の1人だ。
嫌だと思う事はハッキリ言うし、僕の陰口に同意を求められても、事実と違ったら否定してくれる。
かと言って、味方でもないけどね。
「で、どうする」
「やめとくよ。そろそろ兄様も帰って来るし」
「ああ。今日からアカデミーだったな。
まるでカルロの忠犬だ」
「兄様に聞きたい事があるだけだよ」
「聞きたい事? 」
「うん。最近気になる事が出来たんだ」
「へえ、ずいぶん楽しそうだな」
「えへへ。そうなんだ!
すごく面白い人を見つけたの、だから邪魔しないでね」
「はいはい、分かった。母上にもロランにも黙っといてやる」
「ありがとう、ヴォルフ兄様」
「おう、じゃあな」
良い人なんだけどなー。
何で兄様は、ヴォルフ兄様を邪険にしてるんだろう。
…いや、違うな。ヴォルフ兄様だけっていうより、皆んなか。
兄様って外面があんなに良いのに、排他的なんだよなー。ちょっと心配。
「アベルト、今帰ったよ」
あ、兄様だ!
「おかえりなさいっ!
どうだった? ヴォストラ嬢はっ」
「うん。帰って早々、彼女の話なんだ。
兄様は少し悲しいよ」
笑顔で出迎えると、癖の様に伸ばされた右手が頭を撫でる前に下された。
あれ。いつもみたいに撫でないの?
「それで、どうだったの? 」
「…どうもないよ。取り巻きの令嬢達に囲まれてた。特に変わった事はないかな」
「えー、そうなの? 」
てっきり何らかのアクションがあると思ったんだけどなー。
「ああ。気にし過ぎだよ」
「ちぇっ、つまんないの」
「こら、アベルト。そんな言葉、誰から習ったんだ。やめなさい」
うう、兄様は僕にデレデレだけど、礼儀作法に厳しい。
「僕まだ8歳だよ。それにヴォルフ兄様はもっと口が悪いでしょ! 」
「普通の子供と私達は違う。王族は常に民の見本でないとならない。
アレの事は、比較するまでもない。
あんな素行の悪い奴に近付くな」
真面目過ぎるよ、兄様。
そんなんじゃ友達出来ないよ?
まあ、僕も同年代の友達いないけど…ぐすっ。
もう1回会えないかな。ヴォストラ嬢に。