2
やっぱり、私から話題を振るべきなのかしら。不本意だけど、招待した側になるんだし。
「お茶のお味はいかがですか」
「うん、美味しいよ」
はい、終了。くっ、共通の話題が見つからないっ!
「お菓子も召し上がって下さいね」
「ありがとう、頂くよ」
ダメだ。
「わー、この焼き菓子美味しい。
どこのお店で買われたんですか? 」
「あっ私の分も宜しければ。
これはウチのシェフ達が作ったものですわ」
「へーすごい。ありがとう! ヴォストラ嬢」
「いっ良いのですよ、いくらでも召し上がって下さいませ」
天使だわっ。もうテーブルの上のお菓子、全部食べて良いのよ!
「こら、アベルト。
人の分まで取ってはイケナイよ」
「お気になさらないで、殿下。
私はいつでも食べられますから」
どうしよう。アベルト王子を見ていると、顔がニヤけてしまうわ。
マジ、美少年。
「すまない、普段は(外では)大人しいんだが…」
「良いではありませんか。
私も喜んで頂けて嬉しいですわ」
「……君がそう言うなら(何だこの違和感。本当にあのレティア・ヴォストラなのか?) 」
「なんだか、雰囲気が変わられましたね。
お茶会の時より、柔らかいというか」
「 (アベルト、ストレートすぎるぞ) 」
おおう、2回目の対面にして、いきなり見抜かれたー!
純粋な目には、全てを見透す力が宿っているのかしら。
バレたら、偽者として殺されるかも知れない。王族と公爵を欺いた罪とかで。
ムリ、ムリ、ムリ。恐い。
「そ、そうかしら?
自宅だからリラックス出来ているのかも知れませんわ」
「 (いや、思いっきり緊張しているだろ。
さっきから、ティーカップをソーサーに置く度にカチャカチャ音を鳴らしてるじゃないか) 」
「あー、なるほど。たしかに、人がいっぱいでしたもんね。
あっヴォストラ嬢って、左利きじゃありませんでしたっけ? 」
「えっ?! 」
嘘っ、そうなの!?
誰も指摘して来なかったから、思いもつかなかった。
どうしようっ。気のせい…いや、王子の記憶を疑っていいの?
じゃあ両利き設定?
そもそも、両親にだってバレてるんじゃ…。
「どうして、そんなに驚いてるんです? 」
「アベルト? (彼女は右利きだと思うが。この間も右手でティースプーンを回していたし) 」
「あっ、と、その。アベルト殿下が、私の事を憶えて下さっていたなんて、嬉しくて」
「もちろんですよ!
紅茶もミルクを入れるのがお好きなんですよねっ。あれ? でも今日は入れてない…? 」
「きっ気分転換!
気分転換ですわっ」
「っ、ヴォストラ嬢? 」
「そうなんですか。納得しました」
天使の追及がツライ。
私、ミルクティー嫌いなんだけどマジか。
これから我慢して飲まなきゃ…。
その後は、特に会話が弾む事もなく王子達は帰って行った。
疲れた。ゲッソリしてるわ、絶対。
カルロ殿下からもらった花を見て、立派な花瓶に生けられた豪華な花々が憎らしくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ヴォストラ邸から帰る馬車の中は、微妙な空気を帯びていた。
「アベルト、どういうつもりだ。
お前らしくもない」
「そんなに怒らないでよ、兄様」
「いいや、今日のヴォストラ嬢に対する態度はいただけない」
さすがに、いつも優しい兄様でも怒るか~。
まあ、仕方ないよね。
「ごめんなさい。
でも兄様だって、本気で止めなかったっていう事は、気になってたんでしょ? 」
「ゔ。まあ、そうだな。こほん。
噂は別として、確かに今日の彼女は、私の知るヴォストラ嬢の印象からかけ離れていた」
視線を横に逸らしながら、口元に手を当てて考え事をする兄様は、いつ見てもカッコいい。
うん、うん。僕の兄様は世界一だ。
「やっぱり噂は本当かもね。
僕は記憶喪失説を推そうかなぁ」
「推すって、アベルト。遊びじゃないんだぞ」
「でもさ、そうだと思わない?
お茶会の時、彼女は右利きだったし~、紅茶にミルクを入れるわけないよね。貴族の令嬢が」
「ミルクを入れた紅茶は庶民の間では流行っているが、上流階級において邪道とされているからな。
彼女なら嫌悪するに違いない。選民意識…貴族に誇りを持っているから」
良い様に誤魔化したね、兄様。
「でしょう?
ヴォストラ嬢でなくたって、有り得ないと思うんだ。
だから、色々記憶が飛んでるのかなぁ~って」
「一理ある。礼儀作法も完璧と言われる公女が、ああも音を鳴らすとは思えない。
だが、それでは説明がつかない部分も多い」
そうなんだよね。
お茶会の内容も記憶していたし、使用人の名前や、他家の令嬢の話。これから通うアカデミーの話まで。
1週間やそこらで叩き込める内容じゃない。
んーどういう事なんだろう。
病み上がりのせいって考える方がシンプルなのかな?
それにしては、性格が別人だったけど。
「いったい何があったんだろう。
僕、気になるなー」
「今後も関わり合いになるんだ。直ぐに分かるだろう」
「そぉ?
兄様っ、僕また会いたいな! 」
「気に入ったのか?
まあ構わないが(アベルトは8歳だし、変な噂は立たないだろう) 」
「えへへ、ありがと」
「ああ (可愛いから良いか) 」
兄様、撫でる手のスピードが速すぎて、ちょっと痛いよ…。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お嬢様、食後のお茶はどうされますか? 」
「お願いするわ (あっ、そうだった)
ミルクも入れてね」
「はいっ?! 」
「えっ?! なに」
何なの。というかドレス落としたわよ、エマ。
それいくらするんだろ。恐いから考えるのやめとこ。
「紅茶にミルクですか?! 」
「ええ (だって好きなんでしょ? レティアが) 」
「ミルクをですか! 」
「ええっ? そう、ミルク、え? 」
「どっどうなさったんですか、お嬢様!
紅茶にミルクなど、庶民の飲み物ですよ!
貴族の方は飲まれません。むしろ罰ゲームの様なものです! 」
・・・理解が追いつかん。
ドユコト?
まって、私騙されたの?
ジョーク? 天使ジョークだったの?
思いっきり信じちゃったよ?
あれ? 利き手も違う? もしかして。
ーー違うわ。いくらレティアの記憶を辿っても、左利きじゃない。右利きだ!
「ハメられたっ! 」
「お嬢様? 本当にどうなさったんですかっ」
ヤバイヤバイヤバイ!
とにかくどこまでバレてるのか確かめなきゃ。
誰に?
アベルト殿下? いや、天使はまだ8歳。
まさか今日の彼の言葉は、全部カルロ王子が指示を?
だとしたら、ずいぶん狡賢い王子じゃない。
「エマ!
カルロ殿下に、次はいつお会い出来るの!
あとミルクは要らないわっ」
「えっあっ、はいぃ!
確認して参りますぅっ!! 」
待ってなさい、この性悪王子っ!
29歳の、このお姉様が大人の余裕ってやつを教えてあげるわ!
「くしゅん」
「兄様、風邪ですか? 」
「いや違うはず。急に寒気がしただけだ」
「それを風邪と言うのでは…」