エンカウント
「憂鬱、憂鬱、憂鬱憂鬱」
「おっお嬢様、大丈夫ですか? 」
「ああ、エマおはよう。もう朝が来てしまったのね」
まだ怯えながらだけど、彼女が唯一、私と会話が続く貴重なメイド。
絶対辞めない様に、今のうちに対策立てておこう。
無難に賃金アップとかが良いかしら。
ん~、報酬は私じゃ口出せないしなー。
高価な貢物とか?
「お嬢様、どうなさったんですか。酷いクマですよ?
今日は殿下がいらっしゃるのに…」
それだよ。それが原因で寝不足なの。
「ええ、ちょっと眠れなくて。
何とかごまかせるかしら」
「出来る限りの努力は致します!
まずは温かい布と冷たい布を交互に当てて、血流を良くしてから、マッサージを行います! 」
「ありがとう」
「とんでもございません!
すぐに準備致しますので、少々お待ちを。
それから、直ぐに施術した方が良さそうなので、朝食は遅らせる様に申して来ますっ」
お母様と一緒に朝食を食べなくて済むだけで、だいぶ楽だわ。
ありがとう、エマ。何て気が利くのかしら!
メイド2人を連れて、急いでエマが戻って来た。
私は温めの湯船に浸かり、目元をエマが。
そして両手を、連れて来たメイドが片手ずつ担当してマッサージしてくれた。
ご、極楽ぅ~!
いったい何処の高級エステサロンですか?
12歳でこれを味わってしまったら、もう戻れないっ!
気持ち良すぎる。
「いかがですか、お嬢様。身体が温まってきましたか? 」
「うん、ぽかぽか」
「ようございました!
お目元も、だいぶん良くなりましたよ。
完全ではありませんが、病み上がりだと思えば、殿下もそんなに気にされる事もないでしょう」
マジか。期せずして、お母様の思惑通りになってしまった。
いっそ、きついクマのまんまにしておけば良かったかもしれない。
「そう、助かったわエマ。
貴方達もありがとう」
「「っ! とっとんでもございません!失礼致しますっ」」
手を揉んでくれた2人にもお礼を言うと、幽霊を見た様な顔で驚かれ、そそくさと出て行ってしまった。
お礼ぐらい言うわよ、私。
だから、そんな反応しないで。地味に傷つくから。
「うふふ、レティア様はお優しいですね」
「どうして? 」
「だって、私達の様な使用人にもお礼を言って下さります。
貴族の方は普通の平民にお礼なんて言いませんから。それこそ、企業した商家とか、よっぽど信頼のおける関係でないと」
「私は、お礼を言うべき働きをしてくれたと思っているから、そう言ってるだけよ」
「っ! はい、ありがとう存じます、お嬢様! 」
やだ、泣いてるの?
返答が偉そうだったかしら、キツい言い方しちゃった?
「え、エマ。どうしたの」
「あっいえ、申し訳ありません!
嬉しくて涙が出て来てしまいました。
さっ、せっかくですから全身香りの良いオイルでお肌ツヤツヤにしちゃいましょうっ! 」
「え゛そこまでしなくても」
「お任せ下さいませ! 」
結局気合い十分の彼女に、全身ピカピカに磨き上げられ、健康的なマシュマロ肌を手に入れてしまった。
心なしか髪までツヤサラになった気がする。
朝食は、部屋で食べる事になった。
あー、1人で食べるご飯って落ち着く。
人は居るから厳密には1人じゃないけど。
食べ終わったらワンピースドレスに着替えて、髪はハーフアップにしてレースのリボンで結んだ。
我ながら良く似合ってるわ。
腐ってもメインキャラね、つり目ではあるけどヴィジュアル良し。
容姿だけなら将来モテモテだろうに。
ーーコンコン
「レティア、仕度は出来たかしら」
げ、お母様だ。
最終チェックに来たのね、きっと。
「お母様、どうぞお入りになって。
どうですか? 似合ってますでしょうか」
くるりとターンして、ドレスを摘んで見せる。
わあっ、何か今のヒロインっぽい。
ちょっとやってみたかったのよね、実は。
「とても似合っているわ。
けど、いつもより少し地味でなくて? 」
「自宅ですし、これくらいで良いかなと思ったんですが…それに殿下の好みも分かりませんし」
「まあ! まあまあっ! 素敵だわ!
そうね、殿下に褒めて頂きたいものね。
それとなく聞いてごらんなさい。
好きな色なら聞きやすいんでなくって」
「(わー、嬉しそう) はい、頑張りますわ」
ーーゴクリ
ついに来た。ピンポンないけど、ピンポン来た!!
「やあ、ヴォストラ公。突然すまないね、アベルトまで」
「とんでもない。第1王子と第5王子のお二方に見舞いに来て頂けるとは、我が娘は何と幸せな子でしょう」
幸せじゃない。有難迷惑すぎる。
あと、爽やかですね、王子。
笑顔が眩しいです。
そしてアベルト殿下、ふつくしい。
性別間違えて生まれてきたんじゃなかろうか。
天使って言われても信じる自信があるわ。
許されるなら、1時間ほど眺めていたい。
その顔だけでビール3杯イケる。
「ヴォストラ嬢、体調はどうだい?
病み上がりなのに、出迎えさせてしまった様ですまない」
何だと!? あのカルロが常識人だとっ?
ヒロインに陶酔しすぎて、アホな思考回路してた王子が!?
気遣いが出来るの? 嘘でしょ。
「い、いえ。とんでもありませんわ。
殿下をお出迎えするのは当然の事ですもの。それより殿下の方こそ、私の為にありがとう存じます。
アベルト殿下までいらして下さるなんて、感激ですわ」
「…そうか、そう言ってもらえると嬉しいよ。な、アベルト」
「ええ。ヴォストラ嬢はとてもお優しいご令嬢なんですね」
はうっ。アベルト殿下が私に向かって天使の微笑みを!
ショタ萌えー!!
おばさんには刺激が強すぎるわ。鼻血出そう。
「さっ、奥へどうぞ。
お茶とお菓子を用意してあります。
お二方は苦手なものなどはございますかな? 」
「いや、特にないよ。ありがとう、ヴォストラ公」
「ありがとうございます、ヴォストラ公」
私が悶えている間に、上機嫌なお父様に連れられ、サンルームへ。
「わあ、綺麗ですね! 」
「お褒め頂き光栄です、アベルト殿下」
我が家自慢のサンルームを天使が褒めてくれた。可愛いっ。
お父様の気分もさらに上昇。
「では、私は仕事がありますので失礼します。レティア、しっかりおもてなしするんだぞ」
「はい、お父様」
マジか。私だけで2人の相手しろってか。
あ、まって、お父様。行かないで…
沈黙。
えっ気まず。