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「そろそろ戻ろうかな。心配してるだろうし」
「くれぐれも言葉には気をつけて下さいませ。私に火の粉が降りかからない様に、くれぐれも!」
「王族に面と向かって言う根性は買うよ」
「ありがとう存じます」
「まっったく褒めてない」
さいですか。
ほら、早く行ってちょうだい。
カルロが鬼の形相で探している光景が目に浮かぶわ。
「また明日ね、レティア嬢」
「ーーはい、アベルト様」
**********
{16歳のレティア}
どうして、どうして、どうしてっ?!
何故、誰もあの女の危険性に気付かないの?
私は私に求められた役目を果たしているだけ。
公女として恥じない様に。王太子の婚約者に相応しい様に!
私は間違ってない。
婚約者が居るのに取り入る方がおかしいじゃない。
それを咎めるどこがイケナイの。
忠告を無視したから、行動に移しただけよ。
私が未練がましい? 意地汚い?
泥棒猫のあの女の方が何百倍も穢らわしいわっ!
ついこの前まで、私の手足として働いていた者達も私を裏切った。
お前達もあの女を追い詰めたというのに!
どうして、被害者面をして私の前に立てる!
私を侮辱して攻撃出来る!
許せない。
私から全てを奪おうとするマリアンも、私を散々盾にして好き勝手してたヤツらも。
私を一度たりとも気にかけなかったカルロ様もっ!
必ず報いを受けさせてやる。
私の全てを持って!
「あれ? ヴォストラ嬢じゃないか。
また兄様に会いに来たの?」
「……ごきげんよう、アベルト殿下」
しばらく見ないうちにやつれたかしら。
雰囲気も違って見えるわ。
以前はまるで太陽の様な人だと思っていたけど、今は少し陰がある様な。
「貴女は変わらないね。
自分の置かれた状況、分かってる?
今すぐ領地に戻った方が良いんじゃない」
「あら、意外でしたわ。
私はてっきり殿下に嫌われているものだと」
「別に今でも好きじゃないよ。
どちらかと言えば嫌い。
だって君、性格悪いでしょ?」
そう。彼はいつもこうやって、全てを見透かした様な目で私を見ていた。
だけど同時に、家族以外で唯一、私を見てくれた人でもあった。
「殿下は、このままで良いのですか。
マリアンがカルロ様の傍に居続ける限り、この国に未来はないでしょう」
「……そうかもね。
でも、もう兄様には僕の声が届かないんだ」
ああ。彼も傷ついているんだわ。
なんて悲しそうな顔なのかしら。胸が締め付けられる。
「では、私と同じですね。
もっとも、私の声はただの一度も届いた事がありませんが」
「僕は君の卑屈な性格が嫌いだけど、君が育った環境には同情しているよ」
「まあ、嬉しいですわ」
「心にもないくせに。
ま、仕方ないか」
貴方はどうなの?
陛下や王妃の愛情を受けながらも、貴方は自分の能力を偽って来た。
決してカルロ様を超えない様に。
それって、楽しい人生なのかしら。
1番自由に見えて、1番鎖に繋がれているのは貴方じゃないの?
「君の国や家を想う、その思慮深さが他人にも向いていたらと思わずにはいられないんだ」
「何が仰りたいんです?」
「ヴォストラ嬢の自信と傲慢さは、周りを傷つける。
君は生まれた時から、上に立つ人間だった。下の者達の気持ちや生活なんて、これっぽっちも考えていない」
それが何だと言うの。
当たり前じゃない。私は高位貴族としての振る舞いを求められているのよ。
下々の事を考える必要がどこにあって?
「殿下は私を侮辱なさりたいのですか?」
「ヴォストラ嬢。
貴女は王妃に相応しくない。
もちろん、マリアン嬢も」
「何をっーー!?」
「知ってる?」
「は?」
「精霊王の愛子ってね、彼女だけじゃないんだよ」
何を言っているの?
精霊王の愛子の誕生は150年ぶりなのよ?
だから、あの女が好き勝手出来るんじゃない。
なのに、別にも存在するですって?
あり得ないわ!
「揶揄っていらっしゃるのですか」
「皆んな勘違いしてるんだよ。
“精霊王”と呼ばれる精霊は、全てを統べる精霊じゃない。あくまで、属性の王だ」
「今のは王族とは思えない発言ですね」
「マリアン嬢のは、水の精霊王」
「火の精霊王も、風の精霊王も存在すると仰りたいのですか?
最上位精霊とお間違えになられているのでは?」
「少なくとも僕は、もう1人の愛子を知っている」
「……どなたですの?」
「 」
今何て言った?
正気で言ってるの?
事実なら、全てがひっくり返ってしまうのよ?
「何故、私に仰ったんですか。
私に信じろと?」
「このままいけば、きっとマリアン嬢は死ぬ」
「何をーー」
「精霊の愛ってね、人間では考えられないほど深いんだ」
「彼女は自分を愛し過ぎてる。
だから周りにも同じ分だけ愛情を求めてる」
彼が話すのは、絵空事でしかないのに、何故か知ってはいけない真実を聞いてしまった感覚だった。
「精霊は、そんな彼女を良しとしない」
「まさか」
「ヴォストラ嬢はもう少ししたら、全てを失う事になるだろう」
「この私が?」
「そう。兄様の婚約者はマリアン嬢になる。ヴォストラ家も消える」
「言っていい冗談と悪い冗談の区別もつかないのですか!」
っ、何で。何で今、そんな瞳で私を見るのよーー
「帰り道気をつけてね。さようなら、ヴォストラ嬢」
何なのよっ、もう!
ーーーーーー
ーーーー
ーー
嗚呼。どうしてあの時、アベルト殿下の言葉を信じなかったのだろう。
もっと彼の言葉に耳を傾けていたら、未来は変わっていたのかしら。
「お父様、お母様、お兄様。ごめんなさいっ」
今……
「今、そちらへいきますからね」
雨が冷たいわ。
でも、その冷たさもだんだん分からなくなって来た。
あともうちょっとで皆んなに会えるわ。
今日が雨で良かった。
私の涙も全て、雨が洗い流してくれるわ。
ああ、もう何も感じない。
これが“死”なのねーーー…
「やり直したくないの?」
誰? この声は、たしか。
……やり直せたら素敵ね。けれど、それなら私じゃない方が良いわ。
私の家族をちゃんと守ってくれる、そんな人が良い。
私では、きっとまた同じ事を繰り返すから。
「もし君の望む未来になっても、それは君であって、君じゃなくなる。
それで良いの?」
良いに決まってるわ。
お父様達が元気に生きていられるなら、私の人生は全て、その人にあげる。
「ほんと、君の家族を想う気持ちが、少しでも他所に向いていればね。
分かった。ヴォストラ嬢の望み通りにしてあげる」
ありがとう、ーーーさま。
「また来世で会おう。
レティア・ヴォストラ。いや、ーーーーーさん」
変なの、私はそんな名前じゃないわ。
本当にありがとう。
「カルロ様ぁ、レティア様は死んでしまわれたのですかあ?」
「泣くな、マリアン。
コイツはお前を虐げた奴だぞ。
当然の報いを受けたまでだ」
「それは、そうですけどぉ。
なんか可哀想です」
「まったく。本当に優しいな、マリアンは」
「もう/// そんな事ありませんよお!
あっ、アベルト様! 今日こそは一緒にご飯食べましょう?」
「…悪いけど遠慮しとくよ。そんな気分じゃないから」
「あうっ、やっぱりマリアンの事、嫌いなんですかぁ?」
「アベルト! マリアンの優しさを無碍にするなんてどうかしているぞ」
「どうかしているのは、兄様の方だよ」
「アベルト! おい待てっ 」
「待ってて。今度は必ず助けるから」
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