必殺、アベルトのおねだり
◇◆◇◆◇◆◇◆
んー、気になる。
兄様もあんまり話してくれないし。
ヴォストラ嬢が城に来る予定も全然ないらしい。
早く発表しちゃえば良いのにと思う一方、やっぱり彼女を見定めてからでないと危険だとも思う。
「もっとお話してみたいなぁ」
「あら、どなたと? 」
「あ、お母様。もうお仕事は終わったんですか? 」
「とりあえずはね。しばらくしたら、また戻らなくてはならないのだけど」
「そうですか。お疲れ様です」
にこにこと優しく微笑むお母様に後ろから声をかけられた。
そっか、まだお仕事あるんだ。
充電してもらおっと。
すっと両手を広げて、ドレスが皺にならない程度に抱きつくと、お母様はぎゅっと抱きしめてくれた。
「あらあら、甘えん坊さんですね。ふふ」
「えへへ。お母様、嬉しいんですが、そんなにぎゅっとしたら、皺になりませんか? 」
もう既に手遅れな気がしないでもないけど。
「そんな事気にしなくて良いのよ?
それにこのドレスは皺になりにくい加工が施されているの。
だからいつでも甘えなさい」
「すごいですね!
抱きつき放題です! 」
「まあっ! まあ、まあ、まあ!
うふふ。なんて可愛いのかしら、私のアベルト」
いつでもって事は、他のドレスも同じ加工がされてるのかな。
もしかして僕の為?
とりあえず、このドレスの日は遠慮なく撫でてもらおぅ。
兄様とお父様は、ちょっと力が強過ぎて苦しいんだよね~。お母様が1番!
「それで、誰とお話したいの? 」
「ヴォストラ嬢! 」
「あらどうして? カルロが何か言ったの? 」
「ううん。でも兄様のお嫁さんになるんですよね? だからお姉様が出来るなぁって」
「ああ、そうね (確かに王女達はアベルトを避けているから、姉とは思えないでしょうね。けれど、彼女は良い姉になれるかしら?
もしアベルトを邪険にしたら…) 」
歯切れが悪くなっちゃった。
お母様はあまり気乗りしないのかな。
兄様の婚約者だし、やっぱり僕が近付き過ぎるのは、良くないから。
「…お母様? 」
「え、ああ、でもあまり迷惑をかけてはいけませんよ?
あと、何か言われたり、嫌な気持ちになったら直ぐにお母様に言うのですよ」
「? はい」
「では、今度お茶でもしましょうか。
私とカルロと彼女とアベルトで」
「本当ですか? 楽しみです! 」
本当は2人で話せたら良いんだけどな。
きっと兄様とお母様が居たら、ボロを出さないだろうし。
あーあ、僕も兄様とアカデミーに通えたら良いのにっ。
「ねぇ、お母様。
僕、兄様と一緒にアカデミーに行きたいです」
「・・・」
「お母様? 」
「っあらごめんなさい。
驚いてしまったわ。カルロが居なくて寂しいのね。私がもっと側に居られたら良いのですけど」
もちろん兄様と遊ぶ時間がなくなって寂しいのは本当だけど、アカデミーに行きたい理由はヴォストラ嬢に対する興味からだ。
んん、お母様勘違いしちゃてるな。
ーーま、いっか。
暗い顔のお母様と侍女達には悪いけど、そのままにさせてもらおう。
「そんな事ないです。お母様はこうやって、僕の様子を見に来て撫で撫でしてくれます!
でも、兄様とはいつも一緒だったから。それにヴォストラ嬢も居るんですよね。
2人だけずるいです! 」
「困ったわ。叶えてあげたいのだけれど、アカデミーは学ぶ場所なの。
だから年齢に沿って授業内容が変わるのよ。
1歳差だったら、場合によっては飛び級も可能かも知れないけど、4つは離れ過ぎだわ」
むぅ、そんなの分かってるよぉ。
飛び級ってやつをすれば、一緒に学べるの?
「飛び級って何ですか? 」
「それはね、普通はカルロの様に12歳からアカデミーに入学するのが決まりなの。
ただ例外があって、試験を受けて12歳の子と同じ様に勉強しても問題ないと判断されたら、12歳未満でも入学が許可されるのよ」
僕もその試験に合格すれば、兄様達と一緒に居られるって事?!
「お母様っ!
僕、飛び級します! 」
「うふふ、そんなにカルロが好きなのね。
でもそれはとっても難しい事よ。
それに、もう始まってしまったから、受けるとしても来年になるわ」
ええ~っ。
そうだ! お父様に言おう!
ついでに試験も優しくしてくれないかな?
「ああ、もうこんな時間。
アベルト、夕食の時にまた会いましょう」
「はい、お母様。お仕事頑張って下さい! 」
お母様達は、そのままお仕事に戻って行った。
お父様、今時間あるかな?
ーー行ってみるだけなら。良いよね。
お父様の執務室に行くと、ドアの前の騎士達が僕に声をかけてくれた。
「アベルト殿下、いかがされましたか。
お1人で動かれては危険です!
護衛はどうされたのですか? 」
「皆んなが頑張ってくれてるから、お城は安全だよ! だから1人でも大丈夫 (一応、お父様がつけた影が守ってくれてるし) 」
「殿下っ!! なんとお優しい!
しかし危険に変わりはありません。次からは必ず、誰かと一緒に行動して下さい。
私が居る時は、私が」
「おい、俺達は陛下の騎士だぞ。無責任な事を言うな! アベルト殿下がお困りになるだろっ」
はじめに話しかけてくれた騎士は、僕と目線が合う様に膝をついて話してくれている。
彼が僕の方に来たから、ドアの両サイドを護っていたもう1人が、バランスを保つ為にサッとドアの中央に移動した。
そして、僕と話している騎士をすごい眼光で睨みつけている。
ほわー、カッコいい!
「だって、アベルト殿下だぞ!
お可愛らしいじゃないか! 」
「バカか。自分の任務を忘れるな。
殿下、陛下にご用事ですか? 」
「うん。忙しそう? 」
「殿下がお話する時間なら、いくらでもとって下さいますよ。
ーー陛下、失礼します!
さっどうぞ中へ」
打って変わって、柔らかい表情でドアを開け、部屋の中に入れてくれる。
後で2人の名前聞こうっと。
「ありがとう! 」
「「いえいえ (笑顔が癒される) 」」
「お父様っ」
「おおアベルト!
お父様に会いに来てくれたのか! 」
大きなドアから顔を出すと、お父様はバッと立ち上がって、駆け寄って来た。
中を覗いた瞬間は、背の高い机の上で書類に向き合っていたのに、今はふかふかの長椅子に座っている。
僕を膝に乗せて。
「お父様、僕8歳だよ」
「うん? そうだな」
ダメだ。通じないや。
「お父様、お願いがあるんです」
「何だ。何でも言ってごらん」
「僕も兄様と一緒にアカデミーに通いたいです」
「そうかそうか。
ん? カルロと一緒にか? 」
「はい! 」
「一緒には難しいな。アカデミーには通えるが、アベルトが入学する頃にはカルロは高等部だ」
何でもって言ったじゃん。
あと、おひげが痛い。じょりじょりする。
「飛び級します! 」
「飛び級?! それは素晴らしい。
それなら1年ぐらいは一緒に通えるかも知れないな」
「違います。今からです! 」
「ん? お父様の聞き間違いかな?
もう今期は始まったから、早くて来年だぞ」
「お父様、僕試験受けたいです。近日中に」
「……そうか。学びに対する姿勢がとても素晴らしい! アベルトは天才かもしれないな。ハッハッハ」
信じてないな。僕は本気なのにっ。
「お父様、お願い」
「アベルト? 」
「僕、試験受けます!
だから試験を受けられる様にして下さい。
必要な授業も別途用意して下さい」
「むむ。
んー、そうだな。よし、お父様が何とかしてやろう!(まあ、途中で飽きるだろう。飽きずとも、試験に落ちれば諦めもつく。やりたい様にさせてやるか) 」
やったー!
暗記には自信があるから、教えてさえもらえばイケる!
だって兄様が、僕の記憶力は兄姉の中で1番って言ってた。
ヴォルフ兄様に、いくつか教材を借りようかな。憶えて損はないよね!
◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後、国王からの書簡を受け取ったアカデミーの学長カリマンは、震え上がっていた。
「国王の末の王子に対する溺愛ぶりは有名な話だが、まさかここまでとは…。8歳児がアカデミーに入学など聞いた事がない。
本気で試験を受けさせる気だろうか」
度を越した親バカと言えるが、王から直々の頼み事。
「冗談ですよね? 」などと、聞いた日には首が飛ぶかもしれない。
「やるだけ…やるか。
問題は本来の飛び級入学試験より、少し易しめに。いや、8歳だ。だいぶ易しめに…いやまて。そもそも8歳児の知力が分からん。
問題文は普通で良いのか? 絵や図をたくさん入れた方が良いか? 」
かくして、関わった大人達は、壮大な遊びに付き合わされたなと思いつつも、手は抜けないと真面目にやった結果。
アカデミー史上初、8歳でしかも入学式よりたった1ヶ月遅れの新入生が誕生してしまった。
「ん? もう一度言ってくれるか、宰相」
「ですから、アカデミーから合格通知が届きました」
「いやいやいや、いくら私が頼んだとは言え、易し過ぎなんじゃないか?
まさかクイズとかじゃないだろうな」
机に肘を立て、組んだ手に額を乗せて唸る国王に、宰相は答えた。
「私もそう思い確認しましたが、多少難易度は落ちているものの、学ぶ上では問題ないと判断致しました」
「正気か? 」
「陛下がいつも仰られているではありませんか。アベルト殿下は天才だと。
ここに証明されましたね。おめでとうございます」
「いやいや、君ね」
「正答率9割です」
「は? 」
「学長も驚かれてましたよ。
嫌がるかと思いきや、むしろ喜んでいました。天才が現れた、と」
「嘘だろう」
第5王子アベルトのアカデミー入学の話は、瞬く間に国中に広まった。
一部の貴族が「ならば私の息子も」と、意を唱えたが、アベルトが受けた試験を同様に受け、ことごとく落ちた事から、アカデミーに溢れた苦情は一気に静まった。
そしてーーー…
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