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傾いてゆく世界から、彼らは脱出できるのか  作者: なるほど わからん
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カルッチの太陽

人口減少が進んだ町の中学校。インフルエンサにかかっていた加藤が復帰した。いつもの日常が舞い戻る――。


4 カルッチの太陽


 おお父なる神よ、私たちの時代にあの砂嵐を取り去りたまえ――。

 起床時、食前時、就寝時のお祈りのときに、父が決まってその願いを付け足してきたから、チャーは、毎朝、毎晩、テレビの前でリモコンを操り、1から12チャンを巡っている。

 祖父母も曽祖父母もずっとそうだったらしい。

 父の家系は先祖代々、カルッチの太陽――クリスト教から派生した宗教だ――を信奉してきたらしい。母の家系は仏教だったらしいが、母は父と出会い、いまでは敬虔なカルッチの太陽の信徒になっている。

 この町に、カルッチの太陽の信徒はほかにもいるにはいるが、この町に教会はないし、神父や牧師といった指導者もいない。でも、〝信仰は聖典があれば保つことができる〟と、両親は常日頃から言っている。それこそ教父が説教でもするかのように。

 砂嵐が取り去られる日を待ち望み、毎朝、天上にある宮殿の玉座に座しているとされる神に頭を垂れる両親――。

 けれど、父は、そろそろ諦めようとしている感がある。

 ここのところ、朝、チャーがテレビをつけると、4チャンや5チャンになっていることがあるからだ。この砂嵐は、俺の代ではなく息子の代で取り去られるのではないか、と父は感じているのかもしれない。

 それは、いつ来るとも知れない大地震を怖れることに似ている、とチャーは思う。10年以内に70%の確立で起きる、と言われながら、胎動するのはいつも違う、初めて聞く名の活断層で、いまだに起こっていない地震のように。

 あるとき砂嵐が晴れたら、どうしよう?

 好奇心と恐怖心が心の片隅で絶えず相半ばしている。それは最後の審判を待つ、カルッチの太陽の信徒の気持ちにも似ている、とチャーは思う。

 そうやって人生を終えた信徒が、いったい何人いるだろう? 彼ら、彼女らは、今ごろ、天上にあるとされる楽園――神が住むとされる宮殿を囲む楽園だ――で、天界と地上が合一する〝その時〟を待ち望んでいるのだろうか? あり得ないとも言い切れないのが、まったくもどかしい。


 12月10日(金)。

 午前8時27分。チャーは登校時間ぎりぎりで学校に駆け込んだ。

 教室に入って真っ先に目に入った。

 1年生の一番前の席――加藤が座っている。

 昨夜、1年生グループの掲示板に『明日、登校する』と加藤の投稿があったから知ってはいた――当然、その投稿にはすぐさまチャーと環のハートマークがついた。

 ちょうど1週間ぶりの登校だ。加藤は頰杖をついたまま、両の眉をクッと上げて、ヨォ、と口を動かした。その後ろで環が柔らかな笑みを浮かべている。

「治ったんだね」

「決まってんだろ」

 加藤はニッとチャーに笑みを返し、ははっ、と乾いた笑い声を鳴らした。

 チャーが自席に近づくと、後ろの八田が中腰になり、チャーの椅子を引いた。このロボット―短期間の間にかなり俺たちに馴染んでいる。

「どうもでーす」

 チャーは強がるように明るく言って、どかっと腰を下ろした。


 2時間目の授業時間のことだった。

 環が後ろ手にチャーに紙切れを渡した。

それは、キャンパスノートの端っこを破ったメモだった。チャーは身体を縮こまらせて開いた。

『環 チャー ボロットへ あした、ウチに泊まりにこねえ?』

 明日は土曜日。

 いいね、楽しそう、とチャーは瞬時に心が躍った。友達の家でのお泊まりは、小学校高学年の頃に何回かあったけれど、中学では初めてだ。でも――来週から期末テストが始まる。この土日は追い込むぞ、と心に決めていたけれど、

 まあいっか――

 と、開いたメモをそのまま、後ろの八田に回した。

 チャーが、八田から『了解』とかなんとか、返事の書かれたメモが戻ってくるとばかり思っていると、

「テル ボロットッテヨブナ ハッタッテヨベ」

 八田が声を上げて、勢いよく立ち上がったものだから、驚いて振り向いた。

 案の定というか何というか、八田の側頭部からキャンディーが飛び出していた。コツ、コツ――と、乾いた音が床で鳴っている。

「おい八田、何してんだ! 廊下に立ってろ!」

 教壇に立つ数学の先生がキッとした顔をして、ビシッと廊下を指さしたけれど、

「ああ、八田には意味ねえか……」

 と呟き俯くと、上げた左腕を下ろした。

 そう、ロボットを廊下に立たせたところで、何の意味もないのだ。

 八田が転校してきてから、2、3度しか数学の授業は巡ってきていないけれど、八田の頭脳は、早々に先生を凌駕していることが明白になっている。最も得意とする数学でさえ八田を指せなくなってしまった、先生の面目躍如とはならなかったわけだ。

先生は教壇で立ち尽くしていた。悔しそうに。チャーにはそんな先生の姿がみじめに映った。

 ロボットに敵わない先生って何なんだろう?

「センセイ、イイヨ、ロウカニデテル」

 八田は言うと、はっとした顔をした先生をよそに、さっさと廊下へ出ていった。微妙な教室の空気を読んだのだろうか、先生の落ち込んだ心情を慮ったのか――どちらにせよ、八田が自ら引いたのは明らかだった。

 八田は電源を切ったように、廊下に直立不動の姿勢で立っていた。授業が終わるまでじっと。


 人間の1日は24時間だけれど、八田のそれはその何倍にもなるらしい。しかも、八田の「1日」は、技術が日進月歩するように、日に日に長くなっているらしい。

つまり、知識の蓄積スピードが、人間とは段違いということだ。1段も、2段も、というどころの話ではない。人間が1日に経験できる限りのことを、八田は「1日」に何度も何度も繰り返すことができるのだから。1日24時間の世界で生きている人間が敵いっこないのだ。

 そもそも、八田の出発点がどの程度だったのかもわからない。おそらく、八田は生まれたときから、チャーたちはおろか、どの大人たちよりも、人生の先達だったのだろう。

 2時間目の授業後の休み時間に、加藤の机を中心にそんな話――実際にはもっと中学生らしく、もっとバカっぽく話していた。が、どう話したかは重要じゃない。本質は変わらないのだから――をしていると、

「俺には、さっぱり、わからねえわ。俺、頭わりぃから、わっかんねえ」

 うんざりしたように加藤が言い、椅子に背をもたせかけた。

「テル、ソレダイジ」

 言下に八田が言った。

「ワカラナイ、ッテ、ジカクスルコト、ダイジ」

「それって〝無知の自覚〟でしょ? ソクラテスだっけ?」

「オドロイタ。タマキ、チュウガクイチネンセイナノニ、ソクラテスヲシッテル?」

 ソクラテス? というような顔をチャーはしている。きっと。

「馬鹿にしないでよ、ソクラテスぐらい知ってるわよ。でも、テルとソクラテスは明らかに違うじゃん。テルはただの無知―ただの馬鹿なんだって」

 環が加藤を見下す。

「お、おまえ、ひでえこと言うなっ」

 加藤がいきり立つ。馬鹿と言われれば誰だって腹が立つ。

「ムチ、ト、バカ、ノサカイメナンテ、トテモアヤフヤナモノネ」

 加藤が複雑な表情をして黙り込む。

「いや、でも八田はさ、どの先生よりも頭いいし、あと、色々知ってるじゃん? それって、すごいと思うけど」

 言って、チャーが横目で八田を見た。

「イロイロッテ?」

 矛先がチャーを向き、

「何でもってことだよ」

 割って入ったのは間違いだったか、とチャーは頭の中で舌を出す。

「チャー、ワタシハカンジンナコト、ナニモシラナイ」

「肝心なこと?」

「――て、なんだよ、なァ?」

 加藤が促し、頭上に目をやる。チャーと環が、加藤の後ろに立つ八田を見る。

「ワタシガソンザイシテイルイミダヨ」

 間が空く。

 存在、という言葉が、ずんと心に響く。その意味はわかっているし、読んだこともあるけれど、実際の会話で持ち出したことなんて、ほとんどないんじゃないか。だから、ずんと響く。俺たちが存在している意味――。

 そんなのわからないじゃないか。

 カルッチの太陽の信徒なら、チャーの両親なら、人間がこの世に存在している意味について、〝神様がお創りになった楽園に迎え入れるに値する人間かどうか、神様が人間を地上に住まわせお試しになられるため〟、だなんだと言うだろう。

 それを除いてしまえばどうだろう。

 そんなの、アリやバッタと同じじゃないか。ぱっと見ただけでは、教科書に書いてあること――食物連鎖がなんだ、子孫を残すためだとか――を除けば、その存在意義なんて見出せっこない。誰にもわかりっこないのだ。

「そんなの、わたしたちだって……」

 環が呟く。

 それに、チャーがうん、加藤がああ、と唸って、それらしく頷く。

「ワタシモイッショ。ウマレタトキ、ドウシテオマエハコノヨニウマレテキタ、ナンテイワレテナイカラ」

 生まれてきた〝そのときに〟母親が子に「どうしてお前はこの世に生まれてきたんだ」なんて言わないだろう。せいぜい、ありがとう、とか、よく生まれてきてくれたね、という程度だろう。いや――

「そもそも、生まれたときの記憶なんかないって。だよね?」

 環がチャーに顔を向け、

「ないない」と、チャーが慌てて首を振る。

「八田、おまえ、覚えてるのかよ」

 モチロン、と八田が言うものだから、三人がまた八田を凝視する。八田は胸を張っている。

「マザーハ、イッタ。オマエハワタシノキボウダ、ト」

「マザー?」と環。

「ママ、ハハ、オカアサン―ワタシノウミノオヤ、ソレガ、マザーネ」

「マザーが母だってことぐらい知ってるわよ。アンタは造られたってことでしょ?」

 環が苛立ちながら訊く。

「ツクラレタ……マア、ソウネ。デモソレヲイウナラ、タマキタチダッテツクラレタ。ワタシトハチガッテ、チチトハハカラ」

 八田の眼がチカチカと瞬く。面白がっているのだろう、イラッとする。人間は男女の間からしか、生まれて来られない。その点でいうと、ロボットの方が優っている。

「私たちの場合、つくられたなんて言わないけど」

「そのマザーって要は博士でしょ? 開発とかするさ。それって俺たちで言うところの母親とは違うじゃん? 産まないわけだしさ」とチャーが言う。何の話をしているのか、わからなくなる。

「ワタシハマザーノコトヲ、ハカセダトオモッタコトナイ。マザーハマザーダ」

 ふーん、そっか……。

 環も、チャーも、加藤も、受け流す度量があった。中学生だからこその。でも、何の話をしていたのか、やっぱりわからない。

 造られたのなら、その目的がきっとあるのだろう。八田が存在している意味というものが。でもそうなると、俺たちも言ってみれば、つくられたものなのだから――産まれただけれど――きっと目的があるのだろう。でないと、親もわざわざ子供なんて、つくらないだろう――なんてことをチャーは頭の中で巡らせる。

「チャー、深いこと考えてない?」

「え?」

「そんな顔してるよ」

「またかよ、チャー。頭の悪い俺に説明してくれよ」

「えっ―」説明してくれと言われても、何を話せばいいのか、そもそも自分が寸前まで何を考えていたのか、思い出せない。

「チャーハソレデイイ、コノモノガタリノシュジンコウナノダカラ」

 キーン、コーン、カーン、コーン―主人公、という言葉に被せるように、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「結局、ウチに来るのかよ?」

 焦れったそうに加藤が訊く。

 チャイムがリセットしてしまったようだった。チャーの思惑の外側で物事は動いていく。この世の中心なんてどこにもない。

「行くよ?」

「ミンナ、テストハダイジョウブ?」

「おまえが言うかよって」

 チャーは、

「八田、こういうときは勉強より友達だよ。赤信号、みんなで渡れば怖くないってね。これ覚えといた方がいいよ」

 と、偉そうに言って、鼻先を親指でこすった。遅れて、その言葉は、環がチャーにしゃべらせたものだと直感した。環が魔法でも使ったのだろうか。〝八田、こういうときは勉強より友達だよ。赤信号、みんなで渡れば怖くないってね。これ覚えといた方がいいよ〟――そんなこと、チャーが進んでしゃべるわけがない。

「アカシンゴウハ、ミンナデワタレバコワクナイノネ」

「チャーもたまにはいいこと言うじゃん」

 という環の言葉を残して、

 環、そして、チャーと八田は席に戻っていった。

 

 ただ「テルの家に泊まりに行く」なんて言ったら、両親に反対されるだけだから、

「八田が先生役になって勉強を教えてくれるから行ってくる。ロボットだから、どこがテストに出るかぜーんぶ把握してるんだって」

 と言ってチャーは家を出てきた。

 加藤と八田はそれぞれ違う意味でそんな噓をつく必要はなかっただろうけれど、環に関してはチャーと同じようなものだっただろう。待ち合わせのコンビニで顔を合わせたときに、お互い様、というような顔をしていたから。

加藤の自宅にお泊まりに行く、チャー、環、八田。そこでなにが――。


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