9.お互いいろいろ変わっちゃったけど、仲良し
ある朝早く、ミルクを近くの農家に貰いに行く途中で、ウタは不思議な生き物を見つけた。いや、生き物というより雛祭りの市で売られている掌くらいの吊るし飾りに似ている。
全然かわいくなくて、こんなのを持っていたら残念な子だと思われかねないから、
「またね~」と言って、その場を去ろうとした。
「おい! それはねえだぎゃ?」
「ん? その変な言葉遣い、どっかで聞いたことがあるような」
「どっかじゃねえだぎゃ! "永遠の神の沃野"だぎゃ」
あ、なつかしいとウタは思った。また記憶が一つ戻ったのだ。
「ひょっとして、ツバサさん? 便護士さん?」
「おうよ! 記憶が"滲み出し"とるだぎゃ?」
「ぽとぽと思い出してますね~。その節は本当にお世話になったようですね~。で、ストーカーですか? あたし美少女だしなぁ」
「いろいろ図々しくなってるだぎゃ。おめえのことが気になるから上帝官房に申請してこっちに飛ばしてもらったんだぎゃ」
「そりゃどうも。なんだかわかんないですけど。それにしてもずいぶん小さくなったような。前はあの時のあたしの二倍はありましたよね。確か」
「この姿でいるのがこの世界にいちばんフィットしとるんだぎゃ。見た目もかわいいだぎゃ?」
「ま、まあ、前よりはかわいさあるかなぁ。あはは~」
悪いけど、前の方がでかくて怖かったけど、好きだったんだよなって思う。
「今は三%に縮めてっけど、必要な時は前に戻れるだぎゃ。おめえと同じだぎゃ」
「よくわかんないですけど、早く戻れればいいですね」
ウタは自分の"才能"が前世の〇.五%すなわち二百分の一に折り畳まれていることは思い出せていない。そのことを見て取って、ツバサは安堵している。かなりの"才能"がある者でも百分の一以下にされると人間の姿を保つことができなくなる。だのに上級魔法を家事に使えるウタはとてつもない存在である。緊急時に九十七%、凡そ二百倍まで展開できるなんて、この世界のあり様と関わるようなことは知らない方がいいだろう。
「そんなにちょくちょくやると有難みが――何してるだぎゃ。うっぷ」
ウタは首から吊るしの紐を掛けて、胸元にツバサを突っ込む。
「何って、あたしはミルクを取りに行って、朝ご飯の支度をして、みんなを起こして、ご飯の給仕をして、片づけをして、おかみさんに字と計算を習って……いろいろ忙しいんです!」
「ふうん、雑用してんだぎゃ」
「雑用なんてない、全部大事な用事だ!ってアミねえさんの名言です」
「お、おう。……おめえが勉強習ってるのも意外だぎゃ」
ツバサの声が微妙に胸に響いてくすぐったい。
「それがですね。あたし覚えも悪いし、計算やるたびに違う結果になるしで、ダメダメなんですよぉ」
「楽しそうだぎゃ。よかったぎゃ」
「前世ですごく賢かったなんて嘘でしょって感じです」
「賢いどころじゃなかったぎゃ。亀と燕くらい違ってたぎゃ。それがもう見れないのは残念だぎゃ」
酒場に戻ると、起きて来たキッコにからかわれる。
「おはよ。ん? 胸が膨らんでよかったな」
「おはようございます。あ、これは――ほら吊るし飾りですよ。胸は変化ありません!」
「そっかぁ。ひとこぶ駱駝だったかぁ。そりゃいろいろまずいよな」
「もお! キッコ先輩、つまんないこと言ってないで朝ご飯の準備手伝ってください!」
「まあ、まずは搾りたてのミルクでも飲もうや。効き目あるって言うよ」
「勘弁してくださいよぉ」
厨房に逃げると、ツバサが、
「楽しそうだぎゃ。心配要らないだぎゃ」と言う。
「心配要らないの?」
「うん、だぎゃ。将来有望だぎゃ」
「ホントかなぁ」
シャツを引っ張って胸元を覗き込む。
「ツバサさん?」
「なんだぎゃ」
「予知能力があるの?」
「そんなものはないだぎゃ」
「じゃあ、医学の心得は?」
「ある方面にはあるかもだぎゃ」
「やらしー」
「ウタが突っ込んだくせに何を言ってるだぎゃ」
「そんなの診てくださいなんて言ってないし」
「じゃあ、もう診ないし、わかっても言わないぎゃ」
「……意地悪だぁ」
今日もお店が始まる前にキッコが琴を奏でながら踊りの指導をしてくれる。
「いいよ、いいよ。三拍子系いいじゃない。あんたに合ってるかも。そこで堪えて。はい!」
「ちょっと休憩しようか。ウタもだいぶ息が上がってきてるから」
おかみさんがやって来て言葉を挟む。
「はあ、はあ、ふう。……ありがとうございました!」
おかみさんがみんなを見回して口を開く。
「二週間後の村祭りに合わせて踊り子の仕合があるんだ。個人戦と三人で出る団体戦があるんだが、みんなの意見を聞きたいんだ」
アミねえさんがそれに応じて、
「去年はあたしとキッコが個人戦に出ただけでしたよね。折角ウタが踊り子になったんだから、団体戦やってみましょうよ」と言うと、
「うんうん、お店のいい宣伝になります! ナギサ酒場の三美女ってことで!」とキッコが賛同する。
「ウタもかい? 美女ってのにはまだ早いんじゃないか?」
「おかみさん、それはかわいそうですよ。美女見習いにはなってますよ」
みんなウタをいじって楽しそうだ。
「美女見習いだとあたしがどうなるのか、わかんないじゃないですか! でも、ありがとうございます! できるだけ足を引っ張らないよう、今から頑張ります!」
「よし練習再開だ!って仕合で踊る曲って決まってるんですか?」
「団体戦は自由曲を踊ることになってる。何にしようか」
また考えて、明日にでも相談することになった。店が開き、お客さんが入って来て、賑やかになる。
「おーい、麦酒お代わり! おっきいやつでな」
「はい! ありがとうございます! 麦酒大入りました!」
「こっちは米酒をくれ! 冷でな。魚は何がある?」
「ありがとうございます! 冷米酒いただきました! 鰰の一夜干しは如何ですか? ブリコがいっぱい入ってておいしいですよ」
ウタは元気に注文を取るだけでなく、今日入ってる食材を自分で厨房に行って把握している。
「ぷちぷちしてうまいんだよな。鰰もらうわ」
「ありがとうございます。鰰いただきました!」
「なんか陸の生き物はないか? 野生でも家畜でもいいんだが」
「陸のですか、そうですねえ。……鳥は駄目ですか? 鴨が脂乗ってて、おいしいですよ」
「ほお、どうやって料理する?」
「葱と一緒に炭火でさっと炙って、ちょっと濃いめの出汁ですかね。板さんに訊いてきましょうか?」
「いや、お嬢ちゃんのやり方でいいよ。生蕎麦も付けてくれるか?」
「お安い御用です。鴨蒸籠じゃなかった、鴨葱とお蕎麦いただきました!」
店はますます賑わっている。おいしい酒とおいしい料理に、今から始まる踊りが目を楽しませてくれる。
最後までお読みいただきありがとうございました。