6.チート天才の太審院での審理が始まる
ここで太審院の栽判官について簡単に紹介しよう。会話がなくて読みずらいと思う向きは、ずっと下のツバサ便護士の発言まで飛ばしてもらってかまわない。
太審院の栽判官は十三名が蛇遣座を加えた星座の名前で呼ばれる。黄道十二星座は遥か時空を隔てたとある惑星から見立てたものだから、この"永遠の神の沃野"とは関係ない。関係はないのだが、輸入された星座占いはとても人気があるので、『天秤座栽判官』とかいいんじゃね、ロマンティックで女子受けするんじゃねってことで取り入れられた。これに院長の北極星と副院長の南極星が加わって十五名である。
その構成を出身別に見て行こう。栽判官出身が六人で、栽判実務に長けた者よりも太審院で予算や人事など総務的な仕事に就いて来たいわゆる使法官僚の方が多く選ばれている。次に多いのが便護士で概ね四人、便護士会の推薦によることが多いが、たまに"沃野"の行政を司っている上帝官房から頭越しに押し込まれることがある。
賢察官枠は二。賢察庁のナンバー二か三くらいが選任されることが多い。行政官枠も二。上帝官房から太審院は法律的、制度的に独立している。太審院は常にそれを強調するのだが、それだけ圧迫感を感じているということでもある。予算を始めとして様々な方法で『尻尾を掴まれている』ので仕方ないと言えば仕方ない。その辺の交渉に慣れているのが使法官僚というわけだ。
最後が法学者で一名だから枠というほどのこともない。太審院の栽判官になると本が学生に売れると言っても使法試験委員会のメンバーになる方が余程おいしい。
で、どの枠から院長、北極星になる者が多いかと言えば人数も多いし、様々な栽判の情報も入りやすいし、栽判を内側から見て来た強みがある栽判官である。その場合、副院長、南極星は大抵便護士出身者になる。
女性系は極めて少ない。法曹界に人材が少ないこともあるが、要は太審院は保守的なのである。現在の副院長は女性系である。行政官出身で女性系だということだけで出世したと専らの評判である。表裏がありすぎるとか、部下を酷使するとか評判は芳しくない。そうした悪評を流すのが副院長の席を奪われた(と感じている)女性系便護士なのもご多分に漏れない。
女性系とは神とその眷属の性別のようなものである。順序から言えば女性系と男性系が先でそれに倣って人間の性があるのだが、その辺りのことはまた触れることもあろう。
さて、太審院の大法廷で口頭弁論が開かれるという連絡が来た。これはほとんどの場合、原判決すなわち高栽判決が見直されることを意味している。これに先立って被告と便護人は形式的には反故になったタワー栽判長の和解案を若干修正して、理由を付加したA4三枚の上告趣意書を送付してあった。
「太審院が思いきったことをするとは思えねえだから口頭弁論も気にすることはねえだぎゃ」
ツバサ便護士は太審院での口頭弁論は初めてだから、自分を落ち着かせようとしてそうしたことを言う。
「多数派はそうでしょうね。問題は少数派です。これは三派あります。まず牡羊座と牡牛座で何でもかんでも男尊女卑的な言動を行います。中身はほとんどありません。双子座はBLに、乙女座は百合に嗜好がある人に人気があるので女尊的なスタンスを取る場合が多いです」
リン賢察官は要領よく解説する。
「ということはその二座は女性系の栽判官なのですか?」
「系別の話は触れない方が賢明です」
「あ、はい。わかりました」
系別の話は微妙であり、迂闊にコメントすると、あちこちから炎属性の魔法が飛んで来るということだ。
「三派目は蠍座と蛇遣座による虫仲間です。虫っぽい生き物をこよなく愛しています。これで六人で十分少数派とは言えないと思うかもしれませんが、一度に全員が多数派の意見に逆らうことはまずありません」
「今回の案件について何か予測はありますか?」
「男性優位もBLや百合も関係ないでしょう。あるとすれば――」
「あるとすれば?」
「虫が好かないとか」
「溜めといてそれはないだぎゃ!」
しかし、生きとし生ける者の相互関係に於いて『虫が好く』とか『虫が好かない』は重要なファクターだと被告は思う。前世に於いて謂れのない敵意を向けられたことが稀にあった。それは特段の原因や理由を持たず、『虫』のせいだったのかも知れない。
太審院の大法廷は屋外の円形闘技場のような施設である。被告人の前世の悪業が酷ければ酷いほど多くの観客が集まり、熱狂する。被害者が多数だったり、年少の者だったりすれば栽判は盛り上がる。被害者たちの"魂"はとっくに救済され、良き転生を果たしているのに。そんなことは聴衆の皆が知っているのに。
今日の栽判はあらゆる意味で特別だ。被告は前世に於いて数多くの分野で科学の進歩に寄与した。後世に大きな影響を与える理論を打ち立てた者、天才にインスピレーションを与え続ける仮説を提出した者、そうした者は一世紀に一人や二人はいる。しかし、テーブルいっぱいのご馳走のような業績を挙げた彼に比肩しうる人間は極めて少ない。その被告がどのように転生するのか。――本人は一品物の宝石のような"才能"は来世では要らないとゴネている。平凡に生きたいと一審、二審で訴えている。
それをそのまま認めればこの世界だけでなく、すべての世界、多世界が変調を来してしまうのだ。
ここで『いくら被告が優秀な頭脳の持ち主だとしても、なぜこの転生栽判において前世では見られなかったような世界への直接的なかつ巨大な影響力を持つのか?』という疑問を持つ向きがあろう。
蓋し、この"永遠の神の沃野"には物理的な力、電磁力、重力、魔法力といった諸力やエネルギーがあるが、それらを左右するのは"才能"がすべてなのである。"才能"が一(0や小数はない)であればバットでボールを叩くとニュートンの法則にそのまま従って飛んで、落ちて来るし、"才能"が五であればボールを成層圏に飛ばすことができる。同様に氷属性の魔法を"才能"一の者が放てば概ね三百グラムのハンバーグを氷点下三十度に凍らせることができるが、"才能"五の者であれば概ね一トンのほかほかハンバーグを一瞬にして氷点下三十度にできる。
で、肝心の被告の"才能"であるが、凄過ぎてよくわからない。よくわからないが、三割引きにして前後百年間に一人か二人の"才能"、五十分の一に折り畳んで中級魔法使いというから"才能"五くらいだろう。では、五十トンの冷凍ハンバーグを一瞬にしてほかほかにできるだけの"才能"を持っているのか、というと違う。魔法は電子レンジではないし、ましてや"才能"は直接的なエネルギーではなく、それを決定するものである。今はすっきりしないかも知れないが、この物語が進む中で追々わかっていくこともあるだろう。
こうした"才能"を中心とした事柄はこの"沃野"の住人にとっては常識といったところだが、リン賢察官はあえて要約して陳述した。この栽判で被告をどう取扱うかが如何に重要かを印象付けるためであっる。賢察側には次期太審院栽判官候補とも目されている中央高等賢察庁首席賢察官が同席しているが、一審以来この件に詳しいリンが抜擢されている。
「……以上のことに鑑みると下級審での被告の態度は利己的なものとして非難は免れ得ないものでしたが、多世界の理を知るに及び、素直な態度に変わったように見受けられます。よって、――」
リン賢察官の言葉を遮った者がいた。
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