45.新闇記者のインタビューに答えてるとダイジェストになる
くどいと思われるかも知れないが、主人公たちの言動を正確かつ詳細に述べるのが義務と心得るので、描写しておこう。ウタはかつて帝室図書館の数十か国語の文献を読み漁った時のような勢いで、団子一山、馬刺し定食二つ、山菜おろし蕎麦四枚、おやき一盛り、アップルパイ二つを片付けながら、インタビューに答えた。
「――すると最初はあの一連の栽判の記憶はなかったんですか?」
「うん、わりと最近まで思い出さなかったよ。ただの捨て子の踊り子見習いだと思ってた」
「そうなんですか。桃から生まれてすぐに、育ててもらった恩も忘れて鬼退治に行くとか言うのと似た感じかと思ってました」
「そんなのやだよぉ。あたしはナギサ酒場でお給仕をしながら踊りを習ってればそれで満足だったの」
「それがそうもいかなくなったのは、元の便護士や賢察官に会ったからですか?」
ツバサとリンと突っ込む。
「おでのせいだと言うだぎゃ? いくら奢ってもらってても聞き捨てならないだぎゃ」
「そうですよ。それは順番が逆です。仮にぼくがウタちゃんを守るために現れたとしても、それは危険が迫っていたからです」
「ほほぉ、その危険とはどんな?」
「ウタは異常な"才能"があって、しかもそれが折り畳まれてるんだから危険を引き寄せやすいんだぎゃ」
記者は大いに頷いて質問する。
「それですよ。〇.五%に折り畳まれ、緊急時には九十四%まで展開可能なんて、どんだけって感じで、読者の関心も高いんです。今はどこまで展開できるんですか?」
ウタはご飯をかっ込む合間にみすじ飴をねっちゃねっちゃ食するという器用なことをしながら答える。
「大してできてないよ。相手の強さをちょっと上回るくらいしかできないみたい」
「それじゃあ、大変じゃないですか。毎回、命懸けとか?」
「だから、おでらがいるんだぎゃ。ウタが全面的に展開したら……いや、十%くらいでも"あいつ"と呼ばれる、この世界の究極の悪だって敵じゃないだぎゃ」
ツバサは自分のことのように反り返って自慢する。赤い掌くらいの吊るし飾りだからかわいく見えなくもない。
「そのとおりですが、油断は禁物です。古来、十倍以上の敵を討ち破った戦記はいくらでもあります。それに"あいつ"はとても奸智に長けているようです。情報を入手し、戦略を練っているのに違いありません。それに対し、こちらは場当たり的にやって来る敵を倒しているだけなので」
ヒュウガを始めとした一行は慣れているが、記者には十代半ばのリンがいっぱしの軍師のようなことを言うのがかえってかわいく見える。
「だとするとこれまでの敵は"あいつ"が送り込んだものなんですか?」
「クゾウとエウカシの黒狗一家は"あいつ"の支配下だったけど、送り込んだってわけじゃなかったみたいです。戦いになったのは不幸なきっかけで……」
「不尽神社は"あいつ"の仕業だぎゃ。巫女さんが言ってたぎゃ」
「空を飛ぶ船に虹色の人間が乗っていたそうですが、それとの関係は?」
「関係はないような、あるような」
ウタの発言をリンが補足する。
「ぼくは旅籠で寝てたんで自信はないんですが、意識を失ったウタちゃんを連中に渡したラメドさんによると宮司や神社関係者は関与していないって。大きな権力を約束するから言うことを聞けって、直接虹色の人間に持ち掛けられたそうです」
「そうすると危険な敵は"あいつ"だけじゃなくて、虹色の人間も?」
「可能性はありますね。その後は"あいつ"っぽい敵としか遭遇していませんが」
「え?! 不尽神社以降にも戦いを?」
記者は手帳を繰ってみるが、そういう報告には接していない。カネを払ってウタ一行の周辺を見張らせているのにいい加減なものだ。
「そだよー。三回くらいかな。けっこう強かったよ」
「それはどのような戦いでした?」
ウタもツバサもリンの顔を見る。リンは苦笑いをしながら答える。
「富士山を右手に見て、富士川に沿って北上しました。心展山という月華宗の大本山があるので、そこにお参りするために険しい坂を登っていたら、妖しい修験者が現れました」
「ほお、どんなことをしてきました?」
「呪術の一種でしょうか。様々な幻影を見せるんです。両親の亡霊が一緒に行こうと地下に引きずり込もうとするとか」
「嫌なことしますね」
「嫌なことを想像させて、人の心を思いどおりにしようとするのはよくある手ですから」
「リンさんは冷静でしょうけど、ウタさんは大丈夫でしたか?」
「平気じゃないよ。カッとなって、修験者も亡霊も踏みつぶしちゃった」
「踏みつぶす?」
「ウタちゃんの力魔法ですよ。最初は手の力の延長で引きちぎるとか、持ち上げるだけだったんですが、その時に足の力の拡張もできるようになって」
記者はメモを取りながら、浮かんだ疑問を投げかけた。
「修験者とか呪術とかって神社系なんですか? それとも仏教系? 魔法も効果の面からは変わらないような気がしますが、宗教的なものじゃないですよね」
「どれも同じと言えば同じですよ。どちらも超越的な力と繋がるという点では、大して違いはありません」
「そうかもしれませんが」
「神社やお寺を経営する側から言えば違っていないと困るでしょうけど、初詣に行くのに神社かお寺か拘ります? お百度参りはどっちでもできますよ」
「なるほど……」
「祈る側の方がちゃんと本質を捕まえているんです。踊りは祈りの形の一つですから、強いんです」
リンが言葉を切って見つめて来る。