42.敵の殲滅
固唾を飲んでいるウタたちにベトが照準を合わせる。ヤバい。直感的に小船たちの火器とは威力が桁違いだとわかる。ダレトの眼がこちらを向く。
バシュ! シュッ! シュッ!
もったいをつけるように木々を、草原を焼きながら迫って来る。ツバサがベトダレに向かって突進する。
「こんなの熱くないだぎゃ。おではそう簡単に焼けないだぎゃ!」
肉の焼けるにおいが辺りに立ち込める。穴が開いているようにも見える。
「だめ、だめ……おのれ!」
ウタは喘ぎ、拳を地面に向かって突いてから空に突き上げ、それに和して声が響く。
こなたの軍神は剣つるぎを大地に突き立て
玄き神獣を動かし
そなたの軍神は槍を天空に突き上げ
青き龍を呼び寄せる
この歌と踊りは誰のものだったろうか。確かこの世界を統べる神の先遣として夷狄を討った二柱の神に捧げたものだったはずだ。
ここは既に我らの土地、新たな侵略は許さない。侵略した者は侵略されることには敏感なのだ。
ベトダレより遥かに巨大な玄武がのしかかり、青龍が首に巻きつく。ウタは踊り子仕合で見た印象的な踊りを魔法に活かすことができるようになっていた。
「だから、おでに倒されてればいいんだぎゃ。やればやるほどウタはとんでもないことになるだぎゃ」
「違うて。みんながいるからできるん、だぎゃ?」
ベキッ! ベキッ!
ブシュ! ブシュ! ブシュ! ……ブシュ!
ベトダレの二つの首が折られ、四つの眼が潰されていく。念入りに。――守護神は無情でなければ務まらない。
「ああ! ベトダレぇ。ごめんよ、ごめんよ。誰がこんなことを……」
ラメドが死体に取りすがって泣くのをヒュウガが慰める。
「あんな子でも掛け替えのない弟だったんだ。一度に二人も亡くしてしまって」
キッコ先輩は身体が一つでも頭が二つだと二人なんだと思ったが、いくら何でもそんなことは訊けない。
ゴオオォ!
青龍の吐く火炎によって、あっけなく母船は落ちて行く。この世界の支配者はおまえたちではありえない。まつろわぬ者は排除する。後続がないことを確かめると玄武と青龍はウタにバイバイして消えて行った。
「あいつら消えた?」
「のようですね」
「あたしたち勝った?」
「みたいです」
喜びが爆発した。自分たちの踊りが貢献しただけにうれしさもひとしおだ。
「キャッホー!」
「やったー!」
「頑張ったよね!」
「真似っこの踊りで勝てるなんて!」
「真似じゃないよ。カンコツダッタイってやつだよ」
「なんですか、その揚げ料理みたいなの」
笑い合いながら神殿に向かう。途中で宮司と巫女たちと出会う。
「みなさん、ご無事で何よりです。そのご様子だとにっくき敵を母船ごと倒したようですね」
「ええ、なんとか。あんな武器を使うなんて思ってもいませんでした。なんて言ったっけ」
「レールガンですか。あんなものまで持ち出しましたか」
宮司はアミねえさんの口車にまんまと乗せられている。レールガンをこの世界の人間が知るはずがない。ツバサが頷く。
「もうそろそろ夜が明けてもいいのに変だぎゃ。どういう妖の仕業だぎゃ?」
「妖なんてことはないですよ。みなさんは戦闘で疲れてるから、時間の感覚がくるってるんでしょう」
「おや、そうですか。あたしはてっきり神獣を闇に潜ませるためだと思ってましたよ」
その言葉を聞くや、宮司は高い木の枝に飛び移った。巫女たちも散開する。獣のきつい臭いが一気に立ち込める。
「ちいぃ! どこでわかった?!」
「ご馳走に微量の毒が入ってましたからね。レールガンが決め手でしたが」
「おまえたち! 気づかれそうになったから入れなかったんじゃないのか?!」
巫女たちを問い詰める。どうやら単純な主従関係ではないようだ。猪鹿蝶が薄明とともに現れる。
「初めから入れる気なんてなかったです。ただ毒を触ってしまったんで。よく手を洗ったんですが」
巫女の一人が申し訳なさそうに言う。だったら、先に言えよとアミねえさんは思う。ギリギリまで旗幟を鮮明にしないのが生存方法なんだろう。だが、こういう子たちの嗅覚は確かだ。あたしたちが勝つと踏んでるんだろう。希望も入ってるかな。じゃあ、それに応えなくちゃ。
「ウタちゃん、次はこれでどうだい? ヒュウガさんお願い!」
波がやって来る
ずっと遠くから
記憶の彼方から
太古の海から
なつかしい波がやって来る
ヒュウガの個人戦での踊りだった。山の中なのに潮の香りがする。こんなところに津波か?
「そんなバカな! ここをどこだと思ってるんだ!」
宮司が叫んでも神獣たちは動物的勘で恐怖に駆られ、右往左往し始めた。
「あんたたち、元の札に戻るんなら、あたしが守ってあげるよ!」
ラメドが言葉を掛けると猪鹿蝶は先を競うようにして、彼女の手の中の萩の野、紅葉の木、牡丹の花の札に飛び込んで来た。何事もなかったようにシカトしている。
踊りと歌はクライマックスへと向かっていく。ヒュウガとウタがシンクロしながらジャンプしていく。まるでイルカがはしゃいでいるようだ。
海がかつてないほど後ずさりし
人が畏れを取り戻すと
尊い御方が姿を現す
悪を糺し、世を正すために
「お赦しを! 何卒お赦しを!」
そう叫びながらひれ伏す宮司の上を波が洗う。それは幻ではあるが、与える衝撃は本物と変わらない。夜が明けて来る。宮司によって夜の帳に覆われていたため、それが一気に取り払われたから太陽は森の上まで昇っていた。
「戦っていたのに寝坊したみたいね」
「損した気分だぎゃ」
清々しい朝だった。