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前世ではチート天才だったんで異世界では平凡に生きたいです  作者: 夢のもつれ
第1章 転生栽判は大騒ぎ?!
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4.チート天才でも人びとを漁れない【加筆修正】

 くしゃくしゃのメモにはこう書いてあった。


『【時鳥谷(ほととぎすだに)アリス】 あんずちゃん:容姿B、テクA、親切心B、特記事項なし 桃ちゃん:容姿S、テクB、親切心A 特記事項保育園児あり……』


「なんじゃーこれは! 嬢のメモかい!」

「あ、めんごめんご。ホントはこっちね」


 もう一度、風俗栽判長からメモが左陪席、書記官、廷吏、便護士へと渡される。さっきと異なり弛緩した空気が漂っている。今度は食品スーパーのちらしの裏で、裏紙の好きな人だとみんなが思っている。


『被告はZ世界で中級魔法使いにする。その"才能"は前世の二%に折り畳まれ、緊急時には八十%まで展開可能、"天職"は人びとの漁夫』


 どうなんだろうか。中級魔法使いは大きな"武士団"の"棟梁"クラスだが、まあ比較的平穏な生活が送れるんじゃないか? "才能"を折り畳むなんて聞いたこともないが、能ある鷹は爪を隠して表面的には二%ということだろう。しかし、二%で中級とは凄いもんだ。"天職"の人びとの漁夫は意味がよくわからない。まあ、漁業関係者ってことだろう。……ツバサ便護士はこんなふうに考えたが、口には出さない。口に出さなければだぎゃはない。


「これは和解案ということなんだぎゃ?」


 半身(はんみ)で賢察官にも訊く。一審と同じ賢察官は軽く頷く。


「まあ、次回までにちょっくら検討してちょーよ」

「あの、一つだけ。Z世界ってどんなところなんですか?」


 被告の質問にツバサははっとした。おれもそんな世界知らないぞ。栽判長は頭を掻きながら言う。


「地獄だ。あとは自分で調べて。――これにて閉廷」


 アンテナをぐわんぐわん揺らしながら出て行った。


 再び便護士会館の小会議室。


「Z世界ってのはマジやばいみたいだぎゃ。平均寿命30.7歳、乳児死亡率15.3%、識字率22.3%、殺人発生率人口10万対127.6、所得格差(ジニ指数)85.9、テロは十人以上が犠牲になる事案が一か月に五~十回程度……。だのに人口増加率は10%を超えてるってんだからZ世界の連中って何を考えてるんだぎゃ」

「他に楽しみがないくらい絶望しているのか、未来に希望を繋いでいるのか」

「おい! 何を考えてるだぎゃ! こんなひどい世界に行くのは――」

「あのタワー栽判長はぼくに適性があると思ったんじゃないですか?」

「あいつはおめえがそっただ反応をすると見抜いてやがったんだぎゃ。そんでもって策を弄して和解案を受け入れるよう仕向けたちゅうわけだぎゃ」

「そういうのはどうでもいいんです。ともかく多くの世界について知りたくなりました。どういう能力値をもらえるかより重要な気がするんです」


 ということは逆に言えばチート能力があってもいいってことか。ツバサ便護士はもしそうなら妥協は可能かもしれないと暗闇の中で一条の光を見た思いがしました。


「よし! 数知れない世界のことをどれくらい知れるかわかんねえが、できるだけ資料を探してみるだ。帝室図書館に知り合いがいるから頼んでみるだぎゃ」

「お願いします!」


 それから被告の猛勉強が始まった。ツバサ便護士がトラックで運んでくる様々な資料をまるで大食い選手権のチャンピオンのようなスピードで読み込んでいく。メモやノートの類はほとんど取らない。記憶してしまうらしい。


「ああ、この記述は、Q世界西方第八王朝の叙事詩の注釈書の三八九四頁の引き写しだ。表現が素敵だもんね」といった具合であった。


 控訴審の第二回の期日が来た。どうした加減かタワー栽判長が入りにくそうにしている。


「また風俗に行ったんじゃないか?」

「いや、その逆じゃないか。この前の一件が奥さんにバレてえらいお仕置きを食らったそうだ」


 ようやく入廷して、栽判長が語りかける。


「で、どうよ?」

「折角のご提案ですが、以下に申し述べます七点の理由から……」

「あ、いいよ。二個だけ言って」


 被告は便護士の方に視線を投げかけ、『いいよね』と目で言う。ツバサに異論はない。


「第一に中級魔法使いでは位が高すぎます。平凡ではありません。初級か見習いからではないでしょうか」

「あんたの"才能"をこれ以上畳むと複世界のバランスが崩れかねないのよ。堪えてちょうよ」

「そうなんですか」

「そうなんですって。もう一つは?」

「第二は人びとを(すなど)るなんて無理です。前世だってやったことがありません」


 その法廷には噂を聞きつけて多くの生き物が集まっていた。賢察側も便護側もコネで多くの者が入り込んで席を埋めていた。傍聴席は満席で、特別に立ち見まで出ていた。その者たちが驚きの声をあげる。


「人びとの漁夫ってみんなのために魚や貝を獲るって意味じゃないのか?」

「逆に人びとを網かなんかで生け捕っちゃうってこと? 剣呑! 剣呑!」


 栽判長がその時、首を振った。いや、どこからが首かよくわからないが、ともかく危なくて仕方ない。書記官も無理に座っていた賢察側、便護側の者たちも逃げ惑う。


「やっぱわかっちゃうよねー。でもさ、やって欲しいんだよ。"あいつ"に捕らえられた人びとを漁って欲しいんだ。全部が全部"あいつ"のせいなのかわからないが。地獄を救うことは大魔王を倒したり、ドラゴンと仲良くなったり、田んぼや畑を耕したりすることより、……平凡に生きるより意義があると思わないか?」

「――ちょっと考えさせてください」

「あー、悪いけど、それはないんだ。便護人教えてあげてくれる?」


 自分が教えておくべきだったのにという後悔で、ツバサ便護士は顔を鉛色にして苦しそうに言う。


「保留は『今は受け入れ難い』という意志の表明と見做されるんだぎゃ。和解案を我々が受け入れないなら栽判長は被告敗訴の判決を下すだぎゃ」

「そんなこと知らないじゃないですか。前世にはそんな法律なかったですよ」


 和解案を少しでも自分たちの意に沿むように修正させようと思ったのに、そしてそれは可能であっただけに被告は悔しくてたまらない。


「『法の不知はこれを許さず』という格言があるだぎゃ。知りませんは通らないだぎゃ」


 次回は判決という声も、栽判長が退廷する時の騒ぎも耳に入らない。人が少なくなった法廷で二人は少し目を逸らして黙りこくっていた。


 "永遠の神の沃野"にめずらしく雨が降ってきたようだ。窓ガラスを雨粒が流れていく。



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