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前世ではチート天才だったんで異世界では平凡に生きたいです  作者: 夢のもつれ
第3章 旅は道連れ世はバトル?!
22/45

22.黒狗一家と初めてのバトル

 悪漢どもが飛び道具を持っているとまずいので、少し離れたところから声を掛ける。


「か弱い女の子に三人がかりで何をしてるんですか?」

「離してあげなさいよ!」


 三人は振り向くとゲラゲラ笑いだした。


「おいおい、どんなご立派なお侍が助けに来たかと思ったら、ガキ二人かよ」

「邪魔すると三枚に下ろして、酒の肴にするぞ!」

「ほら、飴玉やるからケガする前におうちに帰んな」


 ばらばらっと飴を投げてよこした。


「あ、すみません。ありがとうございます」

「ウタちゃん、何してるの。拾っちゃ駄目だよ」

「はっ! ついいつもの癖が。こんなものでごまかされないもん!」

「ごまかされないなら、どうしようってんだ?」


 リンは膝をついて頭を下げて言う。


「このとおりだ。許してやってくれないか?」


 つられてウタも跪く。ようやく追いついたアミねえさんたちも、状況を見極め、恭しい態度を取る。


「申し訳ありません。縁もゆかりもないわたしのために……」


 まだ二十歳にはなっていないだろう、可憐を実体化したような女の子の腕を二人の子分が掴まえている。親玉がにやにや腕を組んでいる。


「頭を下げりゃあいいってもんじゃないだろ。あーん?」

「どうしろと言うんだ?」

「土下座くらいしたらどうだ?」

「くっ」


 この辺りは夕べ雨が降ったのか、ぬかるんでいる。泥道の中に手もつく。頭をすれすれまで下げる。泥水のにおいがする。


「これで勘弁してやってくれ」


 リンはここまでするのは、おまえたちのためだというつもりで言う。


「あめえんだよ!」


 言いざま青黒い顔の子分が頭を蹴ろうとしたのが見えたので、軽く薙ぎ払うと二回転半して杉の幹にぶつかって気を失った。


「ううーん」

「何しやがる!」


 もう一人の赤ら顔の子分がいきり立つ。


「顔を蹴られるのは嫌だからね」

「この野郎!」

「リンさん、危なぁぁいぃ」


 台詞を棒読みしたウタが氷魔法を浴びせる。瞬時にカチンコチンに凍ってしまう。


「わざとらしいなぁ。危なくないよ。ウタちゃんの方がよっぽど危ないよ」


 子分二人があっという間にやられたのに浅黒い顔の親玉は落ち着き払って、刀を抜く。


「女子ども相手に手荒な真似はしたくないが、ここで逃げちゃあクゾウ親分に合わせる顔がない」


 アミねえさんとヒュウガが顔を見合わせる。黒狗のクゾウの名前は聞いたことがある。残忍な反面、頼りにもなるという評判の侠客だ。ヒュウガがリンに耳打ちする。


「やっつけてもいいけど、殺さないで。何かと役に立ちそうだから」

「わかったけど、この人強そうだから自信ないな」

「はいはーい、そういうことならわたしにお任せを」


 ばこん!


 ウタは強力な風魔法で横っ面を殴りつけた。親玉は泥水を水切り石のように跳ね上げて転がっていき、失神する。


「えげつないなぁ。さあ、今のうちに逃げましょ!」


 リンは娘の手を取って、桜色の耳にそっとささやく。


「走れますか?」

「あ、はい!」


 いい笑顔だ。女の子の手を取って走るなんて、いつ以来だろうとリンは考える。いや、前世にもなかったような。こんなことを考えること自体、ぼくにとっては珍しいことだ。


「おい、こら待て!」


 親玉は頬を押さえながらまだ追って来る。回復が異様に早い。しかし、リンは見る見る引き離していく。みんなもびっくりするほど走るのが早くなっている。


「韋駄天の魔法?」

「そんな上級魔法じゃないです。少しだけ素早さを上げるだけです。でも、全体魔法なので重宝です」

「うんうん、そういう補助魔法は貴重だよね」

「そう言っていただけるとうれしいです。……あの、わたくしどもの組にお立ち寄り願えませんか? 父もお礼を言いたいでしょうから」


「組? お父さんは組長さん?」


「はい、太郎短(たろたん)という小さな組なんですが」


 漁師町に入る。漁も市場も終わって気だるい風が生臭い。石垣の上で博打をしている漁師もいる。この分なら色街もあるだろう。国府や有力な侍では行き届かない、盗賊団からの防衛や細々とした利害調整を行ってくれる者の必要性は高い。


 鷹が蛇を掴まえている紋章を掲げた、構えの大きな古い建物の前に着く。


「ここです。送っていただき、ありがとうございます。こんな所じゃなんですから、中へどうぞ」


 中に入るとがらんとしている。奥から元気な声とともに若者が一人、また一人駆け出して来る。


「お嬢さん! ご無事でしたか! 町外れでお嬢さんが黒狗の奴らに(かどかわさ)れそうになってるって聞いて、探しに行こうとしてたところで。……時にこのガキも黒狗の?」


 がっしりした方が挑戦的に言う。


「カグったら、こいつだなんて、わたしが危ないところを助けていただいたんですよ。……あれ? お名前は?」

「リンです。お嬢さんは?」

「ウタです」


 訊かれてもいないのに答える。


「失礼しました。サホです。以後お見知りおきを」

「おれはネサクです。よろしくお願いします」


 もう一人のおとなしそうなのが自己紹介する。

 サホが親しげにしているのがカグはおもしろくないようで、噛みついてくる。


「おまえいくつだ? おれは十七だ」

「ぼくは十五です」

「あたしは十三だぞ」

「二つも下のくせに敬意が足りないぞ! リンとやら。おれと勝負しろ! ケ、ケンカじゃないぞ。どっちがお嬢様を守るのにふさわしいかを決めるんだ!」


 そこに柱に掴まりながらよろよろと老人が現れる。


「騒がしいぞ。……ん? お主ら、見慣れぬ顔じゃが?」

「お父様、無理をなさらずに。この方はわたしを救っていただいた命の恩人です」

「そうか。……それは礼を言う。ふむ、なかなかの腕前のようだ」

「ふふふ。わかるかね」

「はは。お嬢ちゃん、かわいいね。――え? あうぅ! ま、まさか! おい、サホ、ともかくお茶でも出しなさい。こんな方々を歓待しないようじゃ組の将来はない」


 静かだった組がウタやリンの喋る声でにぎやかになり、アミねえさん、キッコ先輩、ヒュウガで華やぐ。陰気だった組がどうしたことかと近所の住人が覗き込む。


「あの三人組はクゾウの手下の中でもなかなか強い。それを翻弄するとは大したものだ」

「あんなのギッタギッタにやっつけれたんだけど、ヒュウガさんが駄目って言うから」


 太郎短組長が柑橘類を剥いてくれるのを食べながら、ウタは口を尖らせて言う。組長はウタを孫でも見るような目で見ている。


「駄目って言うか、いくら悪い奴でもあまり追い詰めない方がいいの。客商売をやってるとわかるんだけどね」

「わからないのは無理もない。……そうだ。ウタちゃんでもリン君でもいいんだが、一つカグを鍛えてやってくれないか」

「ふへ。おやっさんそりゃないすよ。リンならともかくこんなお嬢ちゃんになんて」

「カグさん、強いのと弱いのとどっちに鍛えられたいですか?」


 リンが何気ない風を装って訊く。


「そりゃ強い方が」

「じゃあ、ウタちゃんですね。カグさんなら少し引き出せるかも」


 陽が陰って、足元を生ぬるい風が吹き抜けていく。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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