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前世ではチート天才だったんで異世界では平凡に生きたいです  作者: 夢のもつれ
第3章 旅は道連れ世はバトル?!
20/45

20.出発の前夜もその朝も大変

 遠征の疲れを癒す間もなく、今日は麻績寺(おみでら)への壮行会。もちろん三人が主賓なのだが、注文を取ったり、酒や肴を客に渡したりするのはいつもと変わらない。壮行会というのは店を繁盛させるための方便と言ってしまうと身も蓋もないが。


「ウタちゃん、麦酒を大きな酒器で」

「いただきました! 麦酒大酒器です!」

「麦酒だいしゅきってまだ早すぎるよ!」


 向うの顔馴染みのおじさんから茶々が入る。ウタは満面の笑みを向ける。


「あはは。うまいこと言いますね! 何か頼んでください」

「じゃあ、肴を取るよ。何がお勧めだい?」

「山菜の天ぷらなんてどうです? たけのこ、ふきのとう、たらの芽、つくしの四品の盛り合わせです」

「おー、聞いてるだけでよだれが出そうだ。もらうよ」

「山菜の天ぷら入りました! えへ、山菜の香りも伝わるように数え上げました」

「うまいね~。こりゃ踊り子も仲居も一人前になるの早そうだ」


 あちこちからウタを呼ぶ声が聞こえる。目の回るような忙しさとはこのことだが、ウタは高揚感と充実感で満たされている。明日からは、しばらくこの熱気とは違う世界に身を置くことになる。長い旅と今まで以上の強敵との仕合。そして、もしもそこで優勝ということにでもなれば更に王都(みやこ)に向かうことになる。


 王都――単に政治、経済の中心というだけでなく、文化と美の中心である。歌舞音曲にしてもその規範であるとともに新しいものの源泉である。その素晴らしさを正面から語ろうとするとキリがない。裏から言ってみよう。優れた宗教家の多くは王都を避けた。政治や俗事にまみれないように、またその美が若い修行僧の心を蕩かし、文化が"魂"を腐蝕しないようにするためだったろう。


 ともかくウタたちにとって王都はあまりにも遠い夢の(まち)であった。まず向かうはこの世界でも指折りの宗教都市、麻績寺市である。であればこの市も優れた宗教家によって拓かれたと思われそうだが、そうではない。その辺りも追々語ることもあろう。


 ようやく店じまいになって、みんなぐったりと動けないでいる。


「後片付けはあたしがやっておくから、早く寝な。明日は早いんだろ」

「そんな。おかみさんに甘えるわけにはいきません。やりますよ」


 アミねえさんが立ち上がるが、ふらついている。客に請われるままに四回も急テンポの踊りを踊ったのだから無理はない。お蔭で路銀に余裕ができた。


「無茶ですよ。元気なだけが取り柄のあたしに任せてください」

「いえいえ、いちばん若いウタにお任せを」


 しばらく経って、あらかた食器を片付けたおかみさんが言った。


「いいんだけどさ、あんたたち任せとけって言いながら、いっかな椅子から立ち上がらないね。気持ちはありがたいけど、寝坊はできないんだよ。長い旅ほど早出が肝心だ。ヒュウガとの待ち合わせはいつなんだい?」

「はい。街道の三本松で、星が十個残っているうちにと」

「わかった。おまえたちの主人として命令するよ。寝ろ!」


 ウタはその夜、疲れているのになかなか寝つけなかった。どんな冒険の旅が待っているのか楽しみで仕方なかったのだ。命懸けの危険な旅なのはわかっていたが、それがたまらなく魅力だった。


 他の二人も寝つけないでいるのは気配でわかった。団体戦を通じて培われた結束力は強く、狭い部屋にいると鬱陶しいくらいだった。お互い考えていることが何となくわかってしまうのだった。


『子どものくせにいつまで起きてるんだよ』

『起きたくて起きてるんじゃないです。キッコ先輩だって寝ないでお肌は大丈夫なんですか?』

『二人ともうるさいわよ』


 一言もしゃべらないで口ゲンカをして、いつの間にか眠った。朝と言ってもまだ真っ暗なのに、おかみさんの大声で起こされた。


「ほら! 起きな! いくら早いからって朝ご飯抜きで出発させないよ。キッコ、みんなにご飯と汁を配ってくれるか。ウタはいつもどおりネコに餌をあげてくれ。アミは起きないねえ。道中どうするんだか」


 ウタは眠い目をこすりながら、七頭のネコに干した魚介類をふやかした餌を上げる。


「おねえちゃんたちは旅に出るから、いい子で留守番するんだよ。ケンカはじゃれ合うくらいならいいけど、ケガをさせないようにね。おかみさんにまとわりついて仕事の邪魔をしないようにね。あんたたちには踊りを教えられなかったけど、ちょっとはお店のお手伝いをしなさい。……」


 ネコたちはウタの長い説教に付き合いきれずに、食べ終わるとどこかに行ってしまった。


 朝ご飯を済ませて、いよいよ旅立ちだ。


「これはお昼のお弁当だよ。ヒュウガと弟の分もあるから分けて食べな。気をつけてな」

「は、はい……行ってきます」


 店の片づけを済ませた時には真夜中を回っていたはずなのに、その後、お弁当の準備までと思うと涙がにじんできてしまう。


 そこに店の奥から、ぬっと男が出て来た。おかみさんの『あの人』だ。昼間だって寝ているのにこんな時間に現れるなんてと、みな不審に思う。


「なんだよ、夜明けに幽霊でも見たような顔をしやがって。いつもおれの店のために働いてくれてる踊り子たちが旅立つのを祝福しようと思ったのさ。おまえらがいない間はおれがしっかり店を支えるから安心してくれ」


 おれの店? 何を言ってやがる。この店はおかみさんの店だと三人は思い、拳を握りしめる。


「あんた、ありがとうね。あんたがこの店とこの子たちのことをそんなに考えてくれてたなんて。さあ、これで後顧の憂いなしってやつだろ?」


 三人はこうして憂いいっぱいで店を出た。


「なんか嫌な感じがするだぎゃ。おでがあの男を見張ってるだぎゃ」


 ツバサの提案を少し考えていたウタは首から吊るし飾りを外して言った。


「ツバサさん、お願い。そうしてくれると助かる。問題がないようだったら追いついてくれる?」

「わかったぎゃ。合流するだぎゃ」



最後までお読みいただきありがとうございました。

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