17.ライバルはみんな強いけど
パロの組の三人が音を立てて手を合わせる。
「笑み給えー!」
これは『遠つ神、笑み給え! 我らをご照覧あれ!』を短く、掛け声にしたもので、神を引き寄せようとするものである。飽くまでも清純な巫女を演じようとする。以前のパロたちの内外黒いのをよく承知しているはずなのに萌え萌えしている者が多いのはどうしたことだろうか。
五組目はパロたちに気おされたか、踊りも歌もバラバラで、おそらく普段の実力の半分も出せずに終わった。三人が抱き合って泣き崩れるのを酒場の主人らしき男が言い放った。
「さあ、帰るぞ! 夕方には店を開けるからな。そんなめそめそしてて、お客さんをどうやって喜ばせるんだ、情けない。――皆様、いつもは至って陽気な子たちなんで、武射にお出での節は飲み処ヤカタにぜひお立ち寄りください」
三人を引き連れて帰って行った。敗者には何もない、どころではない。一緒に帰った応援団は、市外に出るか出ないかのうちに愚痴を容赦なく彼女らに浴びせるだろう。
『他の連中を気にしてどうするんだ』
『そんな初心な乙女でもあるまいに』
『おれ、仕事を三日も休んだんだよな。どうしよう』
『おっかあに踊り子に入れあげるのも大概にしときなって言われてんだよ』
等々。帰り道は長く、今日という日はもっと長い。……
六組目は漁師町から来たのか、威勢のいい漁の様子、市場の競り、酒場での漁師たちと踊り子たちの賑やかなやり取りを活き活きと描いた。だが、ただそれだけと言ってしまえばそれだけだった。
七組目は観客一同驚いたのだが、ヒュウガの組だった。
「個人戦に引き続き、早い出番は縁起がいい。審査員のみなさんにお礼申し上げます」
余裕綽々で口上を述べると踊り始めた。
森の中に分け入れば
見知らぬ神にぞ
会いにけれ
今宵は珍し
月も出て
酒など
酌み交わそうぞ
脇のリンがおどけた猟師を演じ、ヒュウガが森の神を舞う。鹿の化身とも見えて、酒宴が楽しそうだ。もう一人の脇は月や酒器といった舞台道具を巧みに表現している。前にも言ったかと思うが、このZ世界の月は二週間ごとに昇り沈む。
月の出が今夜で、それはそれは美しい紅色である。お供えする団子も鮮やかな紅色に染められている。月が昇るのに従って団子の色も徐々に白くしていき、沈んでいくのに従い、再び月も団子も赤みを増していく。
そこまでできるのは村長や郡司以上の家格に限られるが、領民たちは団子を拝見にと称して、酒や肴を振る舞ってもらいに来る。
ヒュウガの歌は定型に近いが、それがかえって滑稽な内容を際立たせている。ところが、多くの者は気づいていないが、個人戦の時の海から現れる『尊い御方』と繋がっている。少年ながらリンは低い声で、神の声を印象的に唱う。
ざわざわと葉末が鳴り
枝がしなり
太い幹も震えると
森全体が風に舞い
嵐が起きると
世を正し、悪を糺すため
見知らぬ神が
真の姿を現す
一枚の葉、一本の木から海のように広い森までありありと見せてくれる。踊りと歌は現実にはない幻影を見せることで、現実の本当の姿を教えてくれる。
芸事は模倣だと古来から言われるが、それは感覚を超えた本質を捉え、真似ることを目指すことで果たされる。この意味でヒュウガたちの踊りと歌は、人びとの信仰心の奥にあるものを取り出して見せた、理想的なものと言えるだろう。
――それにしてもまだ二組残っている。個人戦に比して団体戦は余興、酒場の宣伝という色合いが強かったのが今年は全く違う。三人のレベルが揃っている組が多いせいもあるだろうが、やはりパロやヒュウガといった中心がしっかりしていると際立つ。
八組目はそんな中心がいるという噂は耳にしていないのだが、どうだろうか。おかみさんはある種の予感と言い知れぬ不安を感じていた。
三人が一人になったようにというのは息の合った演技によく使われる形容句だが、彼女らは一人そのものだった。踊りの内容も他の踊り手たちのように大きく見せようとするのではなく、繊細なものを静かに伝えようとしていた。
派手な動き、感情を直接揺さぶるような踊りだけが受けるわけではない。観客は地味で、暗示的なゆったりとした舞いも賞味する伝統が、自分たちにはあったと知らされた。散った花、去ってしまった乙女の名残を愛でてきた、そういう根深いものに気づかされた。
「こういうのの後はやりにくいな。賑やかにやっても上滑りするだけだし」
「何を動揺してるんだ。自分たちの踊りをするだけのことだ」
「大丈夫ですよ。すーっと来て、じゃばじゃばって帰ればいいんですから。勝てますって」
「また、それかよ。ウタは気楽でいいよな」
おかみさんはふつうの雇い主なら『また龍を呼んでくれよ』とでも言うところをこう言った。
「ああいう龍を呼んだりするすごいのは王都に取っておこう。空中での回転も要らない」
「それでここで優勝できるんですか?」
「できるさ、市長の見る目は確かだ。ですよね?」
アミねえさんがおかみさんに訊く。
「どうだろ。審査員にはあの舞いのすごさは伝わらないかなと思っただけだよ」
「じゃあ、どうするんですか?」
「ウタちゃんが少し"才能"を見せればいいんです」
その言葉の瞬間、この世界の果てから青白い火球が飛んできて、ウタの胸の中に入った。ウタはちょっとのけぞったが、ケガをしたわけでもなく怪訝な顔をしているだけだった。
「ヒュー!」
リンは自分がウタの"才能"について一言言っただけで、天文現象が起きたことに驚いて、口笛を吹く。
「リンさん。変なこと言って惑わさないでください。びっくりするじゃないですか」
「ごめん、ごめん。あんまりみなさんが自信なさげだったんで」
「素直に礼を言っておくよ。あんたとあんたの姉さんが後悔しても知らないから」
アミねえさんがそう言って、三人は舞台に歩み寄った。
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