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前世ではチート天才だったんで異世界では平凡に生きたいです  作者: 夢のもつれ
第2章 踊り子仕合は波乱万丈?!
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15.個人戦優勝者はなんと! でも、続きが……

 個人戦も団体戦も優勝者は全国九か所で行われる(ちほう)代表者決定戦に臨む。この世界は王都周辺の首都圏(うちつくに)と八つの道に分けられている。例えばナギサ酒場もこの街も東海道(うみつちほう)に属していて、道はいくつかの(くに)からなり、由緒正しい寺社仏閣に寄り添うように国衙は置かれている。


 国衙だけではなく、それに満たない街や町、村も霊験あらたかな寺社の近くに発展することが多い。他でもないこの街も昨日、ナギサの人たちがお参りした名刹の門前町であったものが駅や水運の発展ともに、離れた土地に中心が移ったという経緯がある。ちなみにその麦高寺(ばっこうじ)には宗派の最高学府が附置されていて、そちらの方で人口に膾炙している。経文の研究だけでなく、宮大工の養成、袈裟の作成者の育成といった実学的な部門を擁し、正しく総合学問所である。


 さて、優勝者の発表である。審査委員長の市長(まちおさ)が観客のざわめきを制した。本人たちより仲間の方が緊張している。


「優勝者はヒュウガ!」


 湧き起こる歓声。「そんな!」と小さな抗議の声を挙げるナギサ酒場の応援団。アミねえさんは感情を露わにすることもなく、気高く胸を張っている。


「ただし、今回に限って東海道の代表戦にはもう一人、アミを送り出す」


 再びざわめきが起きる。その質は違っており、驚きが大きい。市長は味をしめたように制しようとしたが、その前にみなは静まっている。


「うぉっほん。ヒュウガの踊りは神降ろしの秘儀を髣髴とさせるものだが、それだけに危うさも感じさせる。アミの踊りはおそらく即興で自然の美を表現したのだろう。故に深みと象徴性に欠ける……」


 他の審査員たちは『見巧者(みごうしゃ)なんだけど、理屈っぽいんだよね』、『道の代表戦に二人送り込むって、力あるんだな。まだまだ市長は使い途があるな』『話長すぎだって。お腹空いたなぁ』などと思っていた。


 アミねえさんは恥じ入りながらキッコ先輩の手を取る。


「キッコ、おまえを裏切り、優勝もできなくて情けないったらありゃしない」

「そんなことないですよ。全国大会に進めるのはアミねえさんだと信じてますから」


 涙を流し、鼻をすすり上げながら言う。ウタが懐紙を差し出して言う。


「顔ぐちゃぐちゃですよ。これで鼻かんでください」

「こんな貴重なもので鼻かめないって」

「そうだね。いくら懐紙があってもあっても足りなさそうだ」

「おかみさん、ひどいなぁ」


 仲直りできて、明るい笑い声が響くナギサ酒場のメンバーと違って、パロは陰気な表情で市長に食ってかかっていた。


「ヒュウガやアミが麻績寺市(おみでらまち)に進出できて、どうしてあたしが駄目なんだい! 他のものがやらねえようなものを敢えて表現するのが悪いって言うのかい?」

「審査内容について答える必要はないが、おまえさんの父親とは古い馴染みだから言っといてやろう。奇を(てら)うのはやめなさい。悪ぶって人を傷つけるのもやめなさい。おまえさんの元々のいいところを損なうだけだよ。今の実力だと二人に敵わないのは自分自身がいちばんわかってるだろう? 真面目に精進するしかないんだ」


 酒と女が好きなだけのおじさんとしか思っていなかった人から、思いもかけず、真っ直ぐなことを言われて、がっくり膝をついてしまい、仲間に支えられて退場する。


 こうして個人戦は終わった。遠方から来ている者たちは、その夜は近隣の寺社に泊めてもらった。迎える僧侶や神官は表向きはともかく、踊り子たちの化粧の匂いを嗅ぐだけでもそわそわしてしまう。もてなしに余念がなく、顎でこき使われて喜んでいる始末である。ナギサ酒場の面々は白虹(はっこう)神社の世話になった。


「巫女も神官もこっちに来て一緒に飲もうや。いける口もいるんだろ?」


 アミねえさんが声を掛けると我も我もと寄って来る。男女どちらにも人気があるのはそのさっぱりとした性格もあるのだろう。人はひと声聞いただけで、その人の性格の過半までわかってしまう。キッコ先輩のへたれな性格も、ウタの天然な底深さも、宗教家として生も死も見尽して来た者にとっては清流を泳ぐ山女魚(やまめ)のように愛おしい。


「あんたのところは、いい子が揃ってるな」

「ありがとう存じます。せっかくお邪魔してるんだから、この辺の昔話でも聞かせてくれませんか?」


 おかみさんが宮司に酒を注ぎながら頼む。口が滑らかになってきた宮司が喋り始める。


「この神社は王都(みやこ)の火除けの神様を勧請したものなんじゃ。それが故、大火事ともなると神様が翼を持った白馬に跨って現れ、雨を降らせ、雷の轟きとともに大雨を降らせて火事を消したと言われておるな」

「神様の消防団ですか。白馬が白虹の象徴なんでしょうか、そうした話は都の総本宮にもあるんですか?」

「聞いたことがないな。あちらは山で修行する僧侶が大勢おるせいか、天狗にまつわる言い伝えは多いようじゃが」

「そういうものなんですねえ」


 おかみさんの商売っ気抜きの談話がどこかで商売に繋がる。


「そうそう、ここからそう遠くない地では真反対の伝説があるそうな」

「真反対ですか?」

「うむ。火事で神の使いの白馬が焼け死ぬんじゃ。それも神たちが大火事に右往左往しているうちにな」

「そりゃずいぶんなことですね」

「確かに。それで白馬がその地に祟るのじゃ」

「祟りですか」

「流行り病に火事、害虫による不作。民草の煩いというのはいつの世もそうしたものじゃな」

「そうですねえ。それでどうしました?」

「これまたご多分に漏れず、祭りだ。馬の真似をして一晩中踊り続けるんじゃ」

「今でもやっていますか?」

「もちろんじゃ。やめて疫病でも流行ったら大変じゃ。神官のわしが言うのもなんじゃが、祟りと祭りはセットじゃな」

「そして、祭りと歌と踊りもセットで」

「……みなまで言わずとてわかっておることじゃな」


 ナギサ酒場の踊り子たちは聞いているうちに昼間の疲れで眠ってしまった。ウタは眠りについたのに何度も目が覚めた。その度にぼそぼそと宮司と話を続けているおかみさんの顔が少し怖くなり、また寝なくてはと(むしろ)を掻き合すのだった。



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