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前世ではチート天才だったんで異世界では平凡に生きたいです  作者: 夢のもつれ
第2章 踊り子仕合は波乱万丈?!
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14.個人戦の決勝戦は波乱だらけ

 決勝戦の最初の踊り子はヒュウガだった。


「こういうのって最初に登場したら大抵負けだけど、あたしにはちょうどいいハンデよ」

「姉さん、平気だよ。他の人なんて目じゃないって!」


 ヒュウガに声援を送ったリンはウタの方をチラッと見てウィンクをした。リンのウィンクで卒倒する女子も少なくないだろうが、ウタは『目にゴミでも入ったのかな』と思っていた。


 ヒュウガは中央に立つと全身を使って、前に向かって水をかくような仕草をする。押し寄せる波が表現され、波音までが聞こえるようだ。


  波がやって来る

  ずっと遠くから

  記憶の彼方から

  太古の海から

  なつかしい波がやって来る


 その太古の海の波は粘っこくなく、さらさらしている。ああ、こうだったんだ。どうして海は変わってしまったんだろうと人びとに考えさせる。

 波は砂浜に波紋を残して後退していく。どこまでも、海の腹の底を見せるほど下がって行く。


  海がかつてないほど後ずさりし

  人が(おそ)れを取り戻すと

  尊い御方が姿を現す

  悪を糺し、世を正すために

  

 その踊りは人びとの信仰心に直接働き掛けるものだった。ヒュウガは歌いながら前転跳びとバック転を繰り返し、最後に高く跳んで膝を抱え込み、後方に宙返りを行い、綺麗に着地を決めた。観客からは盛んな声援を受け、ガッツポーズをしたリンが出迎えたが、審査員は渋い顔をしていた。


「ああいうのが流行るとよくないですな」

「ええ、ケガをする危険性があります。それで休まれては元も子もありません」


 その後、アミねえさんの踊りまで二人の踊り子がいたが、優等生的な演技で陽の温かさと眠気を誘うものだった。


 アミねえさんの踊りが躊躇(ためら)いがちに始まった。キッコ先輩は息が止まりそうになった。これは翡翠(かわせみ)だと直観したからだった。宝石のような鳥は真っ直ぐに素早く水辺に向かう。なぜ予選の白鳥から変えたのか、理由は明らかだった。キッコの蜂鳥にヒントを得て、それ以上のものを即興で踊れる自信があったのだろう。


  一滴の湧き水の小川になれり

  虫や小魚の群れ集い

  (ついば)む我も

  いつの時には大きなものに

  呑み込まれるは定めなれ


 着ているのは白い白鳥の衣装なのに光の反射によって、不思議な青や緑に輝く。さっと清流に頭を潜らせたかと思ったら、次の瞬間には鮎を咥えている。

 鮎はビチビチと抵抗している。翡翠は冷たい目で辺りを見回す。食うか食われるか、生か死かは背中合わせだ。鮎はさっき水蜘蛛を食べた。鷹が空の高みから翡翠を狙っている。水に潜り、木々を飛び交う。


  見よ!

  赤子の時に見た青空の

  末期の眼まで残れるは

  徒事(あだごと)ならんや

  徒事(あだごと)ならんや


 仰向けに空を見上げて、観客に『この空はそうだったんだ』と思わせ、身を縮こませて赤子(みどりご)に帰る色褪せた鳥を表わす。それがかつての美しさを印象付ける。


 自信に満ちた態度で戻って来たアミねえさんにキッコ先輩が平手打ち!

 パンッ!

 表情も変えずにアミねえさんがお返しの一発!

 バッシッ!

 地面に打ち倒されて鼻血を流しながら叫ぶ。


「酷いじゃないか! あたしの蜂鳥を盗むなんて!」

「ふん! 何を甘いこと言ってんの! 美しく仕上げてあげたのよ。都で(みかど)にお見せする歌舞音曲ならいざ知らず、酒場の踊りに模倣も真似もありゃしない。いやさ! 悔しけりゃ次はあんたが盗んで、もっといい踊りを皆様に披露するんだね」


 おかみさんが割って入り、二人を制する。


「もういいだろう。アミが言ってることは正しいが、そんなに正しいならなぜ先にキッコに言わなかったんだ? 後ろめたかったんだろ? ……さあ、団体戦に向けて仲直りしな。キッコは個人戦には出れないだろ?」


 キッコ先輩は何事かを言いかけたが、介抱してくれているウタに「ありがと」とだけ言っておかみさんに頷いた。ウタはお客さんからもらった貴重な懐紙でキッコ先輩の鼻血やすり傷を唾をつけて拭ってあげた。


 決勝戦の最後はパロだった。その踊りが始まった途端に、アミねえさんは驚いたように周りを見回し、それから顔を伏せて静かに泣いた。


『やりあがった。あたしの頭の中に、踊り始めるまで考えてもいなかったあんな踊りを吹き込みやがった。あたしたちの結束をめちゃくちゃにするためになんて酷いことを。――でも、おかみさんの言うとおり、あたしの中に浅ましい根性があったのは間違いない。キッコに詫びることもできない……』


 パロの踊りは妖気が弥増(いやま)し増しになって、見る人を見たくない、思い出したくない共同の過去に引き摺り込んでいく。


  蘇れ、忌まわしき童子よ

  顔を背けし者どもを

  (まこと)(おおきみ)(きざはし)に据えよ


 ああ、やめてくれ。確かにそういう御方はいた、そういう記憶はある。しかし、我らの祖先はその方を(あや)めてしまった。卑怯な騙し討ちで。亡骸は月のない夜に海に流した。この世の諸々が変わってしまったのはそれからなのか?


  地を(どよ)もす聖獣の群れが

  音もなく押し寄せ、裏切り者どもを八つに裂く

  王に従う者も、従わぬ者も

  その時には等しく災禍(わざわい)を免れぬが故に

  貴様らが自らの墓碑を建てる暇もなきが故に……


 踊りが終わって観客は顔を見合わせ、ほっとしている。こんなのを見に遥々来たわけじゃない。しかし、審査員たちは満更でもない。


「意外とこういうのも最近は受けるんです」

「うちでもそうですね。世相が不安だとかえってそれを煽るようなのもいいんでしょうな」


 そろそろ合議がまとまり、個人戦の結果が決まったようだ。


  


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