10.踊り子見習いの夢に島の神様が現れる
お店が開いて一時間ほどすると一回目の踊りになる。平日は二回、休みの前の日は三回、ちょっとした舞台で行われる。
「よっ! アミちゃん、いつ見ても綺麗だね! 今度の踊り子仕合も期待してるよ!」
「アミさん! こっち向いてください。今日も十五キロ歩いて来ました! でも、平気です」
投げキスをしてアミねえさんがソロで登場して、みんなの注意を引き付ける。悔しいがキッコ先輩ではざわつきが収まらない。真っ赤なシルクのヴェールが一段と艶やかさを引き立てている。ウタは雑巾掛けをしながら、ちらちら盗み見している。ツバサがひそひそ声で言う。
「上手だぎゃ。色っぽいだぎゃ。ウタは十年経っても無理だぎゃ」
「何さ! 五年経って十八になったら色気いっぱいなんだから」
「その兆候あるだぎゃ?」
「ぶー。突き詰めないでよぉ。ただでさえ踊り子にとっては色気とかすごい大事で、気にしてんだから」
「まだ十三歳なんだから焦ることはないだぎゃ」
「いやいやいや、同い年の子でも違うよ、差があるんだ。早くも! 今度、踊り子仕合に行くといっぱい会えるから、よくわかると思うよ」
「そうなんだぎゃ。楽しみなんだぎゃ」
「やらしー。もしかしてロリコン?」
「ウタはおでのキャラを誤解してるだぎゃ」
アミねえさんがひとしきりお客を魅了したところで、三人で踊る。
「みなさま、今日は酒場ナギサにようこそいらっしゃいました。ありがとうございます。かわいい妹分のキッコちゃんと、今月から踊り子になったウタちゃんです。拍手~。三人揃って、今度の踊り子仕合に出るので、応援よろしくお願いします」
「いいぞ、いいぞ! キッコ出るとこ出て来たじゃないか! いい男でもできたか?」
「おいおい! ちっちゃい子がお遊戯やってるぞ。お父さん、しょんべんでも行ってるのか?」
少々下品な掛け声が飛ぶのも酒の勢いだから、お店の算盤としては合っている。おかみさんのヒガタは注文をこなしながら、潰れて手が掛かるお客が出ないよう酒量と容量を見極めている。……
「どう? 初めての舞台は」
第一回の踊り終了後、化粧を直しながらキッコ先輩が訊いてくる。ウタはぐびぐび水を飲んでは汗を拭いている。
「すっごい緊張しました。常連さんが多いのになんか初めての人に見えちゃって」
「ああ、それはわかるな。お客さんの顔が普通に見えれば自分の状態も普通ってことだから」
「早くそうなりたいな」
アミねえさんが口を挟む。
「普通ってなかなか難しいもんだよ。あたしだって週に二、三回ってところだ」
「……」
アミねえさんにそう言われると返す言葉がない。謙虚なんだろうけど、あたしがウタに先輩面するなよって言われてる気もするとキッコは考えてしまう。
「ほらほら! 立って、立って! あんたたちは踊りだけでおまんま食べれてるわけじゃないだろ? 店の仕事をちゃんとやっとくれ!」
おかみさんに一喝されて、それぞれの持ち場についた。だが、キッコ先輩はお皿を片付けながら、さっきうまくできなかったフレーズを無意識に指でなぞっている。アミねえさんはテーブルを拭きながら、愛の告白のメロディを鼻歌で歌っている。お客たちの多くはそうした上機嫌の彼女の腰がたまらなく好きだ。
「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ!」
ウタはそうした先輩、ねえさんを見ながら、自分の長所は元気なことだ、今は元気を出すことだと思い定めている。
その夜、ウタは不思議な夢を見た。あの粘っこい海から、神職のような服装の人がすーっとやって来る。服は紅白なので女性かと思うと、そうでもないところもある。遠近感が変なので背の高さもよくわからないが、村の火の見櫓より高いかも知れない。
『ウタよ。おまえは今度の踊り子仕合に出るのだし?』
どこから聞こえるのだろう。少なくとも前からではない。人物の前後左右から声が広がっている。
『はい。出ます。勝ちたいです』
『わかっただし。では、自由曲を教えて進ぜるだし。これなら勝て……』
『そういう話なら、音感のいいキッコ先輩に伝えてください。先輩も今は寝てますから』
『あのさー。そういうこと言うだし? 神秘的な話だし? 啓示を授かるいい場面だし? ババ、バーン!って勝っていくって展開がありそうだし?』
『また変な口調の人が現れたなぁ。……すみません。かなり凄そうなお話ですけど、夢オチとかじゃないですよね?』
『ちげーだし! うちはこの海をずうっと行ったところにある島の神様だし。小さい島だけど、むっちゃ霊力あるんだし』
『わかりました。あなたのわがままに付き合いますけど、その曲忘れたりしないかなぁ』
『何がわがままだし。相手間違ったし。さっさとこいつにインストールして島に帰るし。……』
島の神様が帰って行く。来た時と違って、足元にじゃばじゃばと波が立っているのはどういう加減だろうか。
次の朝、ウタは目覚めると夢を見たことすら覚えていなかった。ただキッコ先輩に踊りの稽古をつけてもらう時に、妙なことを言った。
「こう、すーっと来てですね」
「うん」
「じゃばじゃばって戻るのどうかなって」
身体を動かしながら、記憶を辿りながら言う。
「なんだそれ」
それを見ていたおかみさんは、ふと思いついた風で言った。
「朝ご飯が済んだら、ムタカナ様にお参りに行くよ。踊りを奉納してから自由曲を決めるからね」
三人の踊り子はその言葉に背筋が伸びる想いがした。
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