1.転生栽判所にチート天才降臨す
ここは転生栽判所。人間、動物、はたまた植物に転生するか。
人間ならどの世界、どのような境遇、資質、能力なのか等々。
動物ならどういう世界の種なのか、草食か肉食か、生息場所はどうか、繁殖能力等々。
植物なら、向かうべき世界とそこでの種類は植生、気候によって大きく異なる。
輪廻転生という生命の区切りと"魂"の全体史を転生栽判所では調整している。栽判は三段階で行われる。第一審は全員がさっき述べたような条件で振り分けられていく。本人の希望や反論はほとんど考慮されない。不服であれば"魂"の死すなわち"永遠の無"に落ちるほかはない。
どういう善行を積んだか、どういう悪行を犯したか、そうしたことも転生栽判の結果とあまり関係ない。それよりは新しい世界=異世界における必要性・需要が重要視される。"魂"は貴重な資源であり、これを無駄遣いすることはできるだけ避けようとするので、"適材適所"が優先されるのである。
蓋し『どこに、どのように"魂"を植え替えるかを判断する』=これが崇高なる【栽判】なのである。
いろいろ説明し始めると長くなるので、実例を見てみよう。とても変わった被告が来た。――あ、別に告訴されているわけではないので、被告というのは適切な用語ではないが、わかりやすいだろうと思って使っているので、ご理解を乞う。
冒頭、栽判官が被告にテンプレな説明をする。良心に従って証言しなさいとか、証言したことは栽判の証拠として扱われ、被告の有利にも不利にもなりうるので、そのつもりでといったものだ。その後に証人宣誓をして証言台に立たされる。といっても簡単なもので、
「このあなたの陳述書に間違いはありませんか?」と訊かれるだけだ。
前の日までに賢察庁で、賢事と共同作業で自分の生前のプロフィールや事跡をまとめたのが陳述書だから、間違いがあるはずはない。
「はい。間違いありません」
「他に何か申し述べたいことは?」
死ぬまでに死ぬほどつらい目に遭って、賢察庁でやさしくされて、
『栽判官はものすごく忙しいですから、ごちゃごちゃ言われるのがいちばん嫌いなんですよ。わかります?』とさりげなく吹き込まれているので、ほとんどの被告は「他に何か」くらいで食い気味に、
「ありません! 何もありません」と叫ぶ。
ところが死者は毎日何万人もいるから、中には自分が如何に人の役に立ってきたかを滔々と述べる者がいる。こう言うと男性を想像した人がたぶん多いと思うが、豈図らんや女性の方が多いのである。それも弁明とかではなく、申し述べたいことはいつでも、どこでも、如何なるシチュエーションでも山ほどあるということなのである。
「三分以内で!」と陪席判事が叫んでも、とある国のとある地方の濃ゆい女性は、
「こっからが本番でっせ」と言ってなかなか終わってくれない。
さて、とても変わった被告の話だった。
「このあなたの陳述書は、本当にあなたのものですか?」
傍聴席でうつらうつらしていた使法修習生がガバっと起きる。暇つぶしに来ていた新闇記者は聞き耳を立てる。――どういう意味だ? 陳述書に何が書いてあるんだ? 一体栽判長は何を気にしてるんだ?
「もちろんです。栽判長」
「しかし、これは常軌を逸している。こんな多くのことを一人の人間ができるとは思えない!」
「栽判長! よろしいですか?」
「賢察官が陳述書調べで発言を求めるとは異例だが……」
左右の陪席と相談して、頷き返す。さっきも出てきたが、陪席判事とは栽判長の左右にいる、まあ助手のようなものだ。栽判長から見て右にいるのが右陪席で左にいる左陪席よりシニアである。ここでは『異例だけど、特段の問題はないよね?』ということを確認したわけだ。
「いいでしょう。ただし手短に」
「被告は、確かに異常な知能の持ち主です。少年期に彼と会話して終生消えない劣等感を抱いたノーベル賞学者がいます。多くの世界レベルの知性が彼を『火星人』と呼んでいました。もちろん自分たちと同じ人間とは思えないということです」
法廷内に「ほおー」という賞賛の声が広がる。
人はみな死ぬ。この栽判所には綺羅星の如く才能や美貌に恵まれた、神に嘉されたとしか思えない者もゴロゴロ来る。だから、栽判官を始めとしてこの界隈の人びとは大抵の人間には驚かない。
前に驚いたのはいつだったろう。……ああ、そうだ。二百年ちょっと前の作曲家だったかな。
「わかりました。では、彼の生前の類稀な才能にふさわしい世界と境遇を次回の審理までに探しましょう」
「栽判長! 発言させていただきたく」
被告の凛とした声が響く。
「いいですよ。どうぞ」
栽判長は内心では超天才と話が出来てうれしくてしょうがない。
「いろいろ配慮していただいてるのに申し訳ないんですが、ぼくは今度生まれ変わったらぼんやりした頭で、平凡に生活したいんです」
栽判長と陪席、賢察官の四人が声にならない声をあげる。傍聴席の何人かも息を呑む。
「ど、どういうことですか? そんなシルクのヴェールを雑巾に使うような」
「ぼくは布切れじゃありません」
彼は傍聴席で自分の番を待っている間に、栽判の仕組みも手順も判断基準も大方見抜いてしまった。
"適材適所"。
自分が前世において人類の役に立ったか、災厄を齎したかはわからない。しかし、科学のための科学を追求したことはほとんどなかったことは断言できる。仮令数学分野であっても現実世界と関わり、現実を動かすことに興味を抱き続けた。
「喩えが悪かったなら、謝るよ。なぜぼんやりした頭、平凡な生活がいいんだね?」
彼は軽く息を吸って、発言を始めた。
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