1話
青年と少女が出会ってから5年後。
少女は少し背が伸び、美しい髪を伸ばしていた。
青年は5年前と見た目は何も変わらない。あえていうなら出会った時に着ていた黒い服は、ここ何年か着ていないことくらいだ。
そして、少女の生活に青年は欠かせない存在となっていた。
今だって、彼が朝早くから作った朝食を彼が朝早くから起こしてくれたおかげで、のんびりと食べることができている。
ちなみに今日の朝食はパンと野菜のスープだ。
「エリカ、今日の朝ごはんはどうでしょう?」
「とても美味しいわ。特にパンの中がモチモチで最高よ」
「それは良かった。朝早くに、街のパン屋を営んでいる方に貰うことができたんです」
「そうなのね」
「今度、エリカも街へ行ってはどうですか?もう何年も街へは行ってないでしょう」
「私は行かないわよ」
ジフは街の人に好かれている。
最初は突然現れた彼に戸惑いや不安を持つ人も多くいたけれど、彼の爽やかな笑顔とコミュニケーションの高さに今では街の誰もが信頼できる相手と口にするだろう。
未だにバケモノと呼ばれる私とは違う。
心のどこかにチクリとしたものを感じながら、エリカは「ご馳走様」と口にして席を立った。
彼女の様子が少し変わったことに気づきながらも、毎朝聞いていることを彼は聞く。
「エリカ、学校には…」
「行くわけないでしょ!私は街でバケモノ扱いされてるのよ」
「…そうですか」
ジフは強く引き止めず、外へと出ていく寂しそうな彼女の背中を見送った。
エリカは勢いで外に出たついでに、ポストに投函されている新聞を手に取った。
「バケモノ相手にも新聞は届くのね」
誰に聞かれている訳でもないのに、そう呟いて家の前に広がる一面緑の野原に座った。
この場所は、穏やかな風が吹いて落ち着くことができる。そして街を見下ろすことができる高台になっているので、毎回そこから見れる情景にため息がこぼれてしまう。
ここからだと自分をバケモノ呼ばわりし、街の隅にある高台へと追いやった人々を見下ろすことができる。
そんな中で読む新聞は、なぜか優越感に浸れるからだ。
こういう形でしかストレスを解消できない自分にエリカは嫌気がさしながらも、新聞を広げた。
言葉はジフに教えてもらったので読むことができる。
その新聞には「魔女と人間の戦争が始まるかもしれない」という事がとりあげられていた。
この世には人間の他にも魔女や獣人、吸血鬼などの種族がいる。
今こそは、この大陸の多くを数で勝っている人間が支配しているが今後はどうなるのか分からない。
その中でも魔女と人間の事件が絶えないことは前々から大陸中で噂されていた。
エリカもそういった知識は本のおかげで知ってはいた。
「ここも戦地になるかもしれないわね…」
「!」
突然、背後から聞こえた女の声に、エリカは驚いて反射的に立ち上がる。
声がした方へ振り返ると、エリカとあまり歳が変わらなそうに見える少女が3人、並んで立っていた。
3人とも育ちが良さそうな身なりをして、長い髪を同じように結い上げている。更に、顔立ちまで同じような所からして姉妹なのだろう。
しかし見覚えのない顔にエリカは戸惑う。
「貴女たち、誰なの?」
その問いに、真ん中にいる少女が答える。
「フフ。あらあらゴメンなさいね。そんなに驚かなくてもいいじゃないの。貴女が街で噂のバケモノよね?」
エリカが答える間もなく、右にいる少女が続く。
「お母様が絶対に近寄ってはダメと言うから気になって来てみたのに、全然大した事ないじゃない。バケモノと言うから、魔女の下僕である魔獣の様な醜い姿を想像していたのに」
最後に左にいた少女が続く。
「けれど、バケモノと言われている以上は退治しなくてはなりませんよね。その新聞にある通り、魔女と人間の戦争が始まるんだもの。少しでも不安要素は潰した方が人間のためだとは思わない?」
3人の会話から状況を理解したエリカは首を横に振った。
「私はバケモノじゃないわ。街の人たちが噂しているだけよ。見てわかる通り、私はどう見たって人間じゃない!」
けれど3人とも不気味に笑い出した。そしてまた順番に話し出す。
「フフ。確かに見た目は人間だけど、中身はどうかしら。バケモノが人間の皮を被っている可能性は?」
「貴女の御家族は森でバケモノに襲われたのでしょう?衣服が見つかったと聞いたわ。なのにどうして貴女だけ無事なの?」
「これって、本物の少女は既に殺されていて、少女の皮を被って次の獲物を狙っているのでしょう?」
「それは…」
エリカは何も言い返すことができなかった。
未だに森へ入った記憶は靄がかかったようになっていてなぜか思い出せない。
けれど記憶を思い出していても、3人たちは聞く耳を持たない気がした。
何かしらの理由をつけて、私自身へ危害を加えてくる気でいるのは感じとれる。
言葉が出せずにいるエリカに、不気味に笑う3人はジリジリと距離を詰め始める。
3人はそれぞれ、小さいナイフのようなものを服に忍ばせていた。