国守りのドラゴン
伝承の日が来た。だが!伝承に縛られる必要は無い!ヤツを打倒し、今こそ我らが国の守護者だと示すのだ!さあ!行くのだ、この国を我らの手にする為に!
目の前に広がる光景に、国王は呆然としていた。
国王を守る近衛兵達が、国王の言葉に従う宮廷魔術師達が、国王の意見に従うだけの貴族達が、国王に何も言わずただ黙って従うだけの国民達が、その場に現れたその存在にひれ伏したのだ。
額を地面に擦り付け許しを請う姿が目の前に広がっているのを、国王は王城のテラスよりただ眺めていた。
原因はドラゴンだ。金色に輝く巨体、畳んである翼は広げれば王城へと続くメインストリートよりも広く、口元から覗く太い牙、陽光を浴びて光る爪は如何なる名工が鍛え上げた武具だろうと鉄屑に変えてしまうだろう。その身体に抑え込まれている魔力は、もし少しでも零れだしたなら力の無い弱い者達から倒れ込んでしまう程恐ろしいものだ。
そのドラゴンは、テラスに佇む国王を睨みつけると殊更ゆっくりとした口調で質問した。
「『契約』を破るとは、どういうことなのだ?」
『契約』
それはこのドラゴンとこの国の王族との間に交わされたものである。初代国王がこの地に国を建国した当時、この地を含む広大な大地は戦乱の真っただ中だった。そこで優れた魔術師であった初代国王は禁忌の山に住むドラゴンに力を貸してもらう為交渉した。その際ドラゴンが望んだのが「王族で魔力の一番強い者を生贄として五十年ごとに差し出せ」という事だった。初代国王はその提案を飲み、見返りとして国の守護を依頼した。そしてこれを『契約』とし、今まで国は守られてきたのだ。
だが、この『契約』が破られた。五十年目のこの年、王族で魔力が一番高かったのが王家に居る兄妹の妹である王女だったのだ。
自分の娘を差し出したくない思いと、ドラゴンに頼らずとも国を守ることは可能と思える武力を持ったとの考え。国王は決断した。ドラゴンを討伐し、この『契約』を終わらせることを。その為に最強の軍隊を組織し、最高の武具を準備し、ドラゴンの住処となっている禁忌の山に送り出したのだ。
その結果がこの光景だった。ドラゴンが現れたということは、送り出した軍隊は全滅したのだろう。信頼し指揮官として送り出した騎士団長の事を一瞬だけ思い出す。ドラゴン討伐の功績で以って王女と婚姻させるつもりだったが…
「答えろ。我を討伐するということは、この国の守護も無くなるということだが?」
再びの問い掛けに国王が決意し重い口を開いたとき、それを遮る言葉が辺りに響き渡った。
「その通り「お待ちください!!!」!?王女よ!何故出て来た!」
いつの間にか自室から抜け出してきたのだろうか、テラスへと続く通路に侍女達を従えた王女が現れていた。毅然とした態度で歩みだすと国王の傍らに立ち、頭を下げて詫びを申し上げた。
「この度の一件、誠に申し訳ございません。『契約』通り、私は貴方様の下に参ります」
「ならんぞ!王女よ、お前をこのまま生贄として差し出すなど!」
「ですが、父上。我が国は現在国を守護する軍隊の再編成の結果、国力が低下しております。このままですと、他国への好機を与えてしまい兼ねません」
王女の言葉に国王が黙り込んでしまう。事実その通りであり、今回の討伐行動も周辺諸国に知れ渡っている可能性がある以上、ドラゴンの存在は最高の抑止力なのだ。『契約』を破棄してドラゴンに滅ぼされるか、他国に攻め込まれ消え去るか…いずれにしろこの国を存続させる為には王女を差し出すしかない。
押し黙ってしまった国王の傍で王女は悲しみを抑えた微笑みで後ろを振り返る。そこに近衛兵達を従えて毅然とした態度で立っている兄がいた。
「お兄様。これより私は『契約』に基づきこの方の下に参ります。この国の事をどうかよろしくお願いします」
何も言わず頷く兄と俯いて「済まない」と呟く国王、この場に居合わせた悲しみに沈んだ城仕えの者達に向けて深く頭を下げると、王女は差し出されたドラゴンの掌に乗り込む。それを見たドラゴンは、何故か寂しそうな瞳をすると高らかに宣言した。
「『契約』に基づき【この国があり続ける限り、この国を守り続けよう】この言葉の意味をよく噛み締めておくがよい」
そうしてドラゴンは、翼を広げ飛び立った。自分の住処である禁忌の山へ向けて…
禁忌の山の火口付近にある巨大な洞窟の入り口に降り立ったドラゴンは、そのまま奥へ進んで行く。一方、王女はこれから自分の身に何が起こるのかを想像するのを防ぐために洞窟の中を見廻していた。それから暫く無言で進むと漸く最深部へと辿り着く。ドラゴンの住処へと…
そこは想像通りの場所だった。ゴツゴツとした岩がむき出しの地面が広がっているだけの所だった。唯一ヶ所だけ、綺麗に整えられている場所があった。滑らかに磨き上げられた地面の上にカーペットが敷かれており、ベッドにテーブルにイス。クローゼットには沢山の服がしまわれており、料理をするキッチンや浴室と思われる窪みを利用した小部屋まで用意されていた。
恐らくその場所が自分の為の生活の場なのだろうと予想したところ、歩みを止めたドラゴンが身体を屈めて掌をその場所へと近づけた。地面に降り立った王女が後ろを振り返ると、どういう訳かドラゴンが頭を下げて縮こまっていた。その姿に驚いていると、
「申し訳ありません、王女様」
突然の謝罪に驚く。だがそれ以上に驚く事があった。その声に聞き覚えがあったからだ。ドラゴンが発した声は紛れもなく
「その声!貴方は騎士団長なの?!」
「ええ、その通りであります」
「何故?!どうして貴方がドラゴンになってしまっているの?貴方はドラゴンと戦ったはずなのに?これはいったいどういう事なの?」
「……王女様。これから話す事はこの国の成り立ちに係わる重大な事柄です。私がこの姿に、ドラゴンへと変わってしまった事とも関係しています。それでも聞かれますか?」
「教えてください。生贄としてここに来た以上、他の者に伝えることも出来ません。それならせめて貴方がどうしてその姿へと変わってしまったのか、私は知りたいのです」
王女の言葉にドラゴンの姿をした騎士団長は頷く。
「これは『契約』という呪いです。同時にこの国に対する復讐でもあります」
「復讐?」
「はい。この国が成り立つ以前、この地は戦乱の坩堝でしたのはご存知の筈ですね。そして初代国王がこの山に住むドラゴンと交渉し、私達の国を建国した。その見返りとして50年事に王族で魔力の一番強い者を差し出すと」
「それがこの国の成り立ちですと、今迄伝わっていますが?」
「ですが、そうではなかったみたいです。元々この山にドラゴンは住んで居なかった、初代国王は魔術師ではなかった…初代国王は呪術師だったのです」
「呪術師!まさか初代国王様が?」
信じられないと目を見開く王女に、騎士団長は目を瞑るとゆっくりと語りだした。
「これは私のではなく、このドラゴンと変わってしまった者達に受け継がれてきた記憶です。その当時戦乱の中ある一部族の長に一人の男が声を掛けてきたのです。『私に住む場所を提供してくれれば貴方達が守る国をこの地に作り上げて見せましょう』と。何を思って、その男がこの話をしたのかはその男では無い為解りません。ただ、その話を聞いた長は長く続いていた戦争が終わり部族の者達が平穏に暮らせるならとその提案を受け入れました。そしてこの山にあるこの洞窟へ長の家族を全員連れてくると、彼らを生贄として強大な存在【ドラゴン】を呼び出したのです。【ドラゴン】の力は強力で忽ち争っていた部族達を倒して国を作り上げてしまったのです。男は集まった長の部族の人々に偽りの長の言葉を伝えたのです。『私達は皆が平穏に暮らせる国を作るためにこの身を捧げた。この男を新たな長としてここに国を作るがよい。私達は何時までもこの国を守ろう』そうしてこの国が生まれたのです」
ドラゴンと化した騎士団長の語りを黙って聴いていた王女は息を呑んで見詰める。
「ですが、ここで予想外の出来事が起こりました。【ドラゴン】が突然暴れ出したのです。原因は生贄とされた彼らによる怒りと恨みでした。建国し国王となった男でも【ドラゴン】を抑える事しか出来ず、やむ終えずこの山に押し込めたのです。そして国外から人を秘密裏に連れ込み退治しようとしました。【ドラゴン】は退治され、その退治した者が【ドラゴン】に変わった。後はその繰り返しです。退治する者はその度に【ドラゴン】に変わり、暴れ出す【ドラゴン】を抑え込める者は国王である自分だけ。逃げ出そうとすれば【ドラゴン】が追いかけて来るので、逃げ出す事も出来ない。そうしてこの国を守る【ドラゴン】が生まれたのです」
「五十年ごとに生贄とするのは何故です?」
「【ドラゴン】が生贄を求めて暴れるのが五十年ごとのせいです。そして彼らを騙した男の血筋である王家以外の者では生贄に成りえません。国の歴史が其れを証明しております」
話を聴き終えた王女が頷くと、目の前で畏まるように座っているドラゴンと化した騎士団長に王族として命を下した。
「この国の王女として騎士団長に命じます。私と共にこれから五十年の短い間ですが、私と共にこの国を守りなさい!」
「は!御心のままに」
「ところで、この状況って少しおかしいけど新婚生活に似てますよね」
「お、王女?!」
「その…男の子と女の子…どっちがいいですか?」