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 博士達に送られて縦穴式住居に帰ったその翌日、俺は懐かしい5メートルの崖の前に、特に理由も無いままに来ていた。


 あの時、兄弟ライオンが努力と根性で崖を登りきる様子を、ただ眺める事しか出来なかった俺は崖の壁に前足を着き、飛び付く様に登頂を試みる。


 足の痛みに耐えられず、僅か2歩でギブアップ。

 背中から落ちるまでも無く、両足を離して着地した。


 挑戦したからそれでいいのか。

 2歩登れたから許すのか。

 これを言い訳に失敗を認めるのか。


 やりきれない想いを抱える俺の前で、チーターは何かに気付いた様子だ。


 俺と顔を見合わせたチーターはゆっくりと助走を取り、その俊足を活かして一気に崖へと走って行く。


 そのスピードを唖然として見送る俺を尻目に、チーターは全速力で5メートルの崖を登りきった。


 崖の上から俺を見下ろしたチーターは、そのまま俺を手招きする様なジェスチャーを見せ、更なるチャレンジを煽っている。


 俺にはチーター程のスピードは無い。

 だが、獲物を捕獲していたのは俺だ。

 崖を獲物だと思えば、もう少し長く喰らい付けるはずだ。


 「……危ない!逃げなさい!」


 突然、俺の背後からクロフォード博士の声が鳴り響き、彼女の後ろを全力で追い掛けるヘイスティングス氏がそれに続く。


 「カバが……カバが突然暴れ出したんだ!そこにいたら潰されてしまうぞ!」


 必死の形相のヘイスティングス氏の背後には、狂った様に暴れながら迫り来る1頭のカバがいた。


 カバという動物は、元来外部からの刺激が無ければ暴れたりはしない。

 ハンターが挑発したのか、湖で汚染されたものを口にしたのか?


 クロフォード博士は崖の上にいるチーターの安全を確認すると、ヘイスティングス氏に合図をして俺を抱いて崖から離れる様に要求した。


 「……よし、一緒に来るんだ!」


 ヘイスティングス氏が走りながら俺を抱き上げた瞬間、突如としてとあるアイディアが俺に閃く。


 長身のヘイスティングス氏の肩まで登れば、そこからのジャンプで崖の上の方にしがみつけるはずだと……。


 「うおりゃああっ!」


 俺は無我夢中でヘイスティングス氏の身体を駆け登り、チーターの手招きする崖の上へと全力でジャンプする。


 「……絶対、喰らい付く!」


 流れる景色を横目に覚悟を決めた俺は、全身全霊の力を込めて崖にしがみついた。

 

 後、2メートルも無い、登れない訳が無い!


 足取りも覚束無いカバが、ふらつきながら崖に迫ってくる。

 落ちれば地獄、止まるも地獄。

 登りきらなければ!


 「ぐおおおっ……」


 今の手足の痛みなど、崖から落ちる恐怖やカバに潰される恐怖に比べれば屁でも無い。


 俺だって、今まで努力していない訳じゃないんだ。

 

 ある日突然、努力の先の成果を信じられなくなっただけなんだ。


 今は努力もクソも無い、登らなければ死ぬんだ!


 「だあああっ!」


 最後はチーターに身体を投げ出す様に転がり、俺は遂に5メートルの崖を登りきる。

 

 突如として目前に崖が現れたカバは、急ブレーキをかけ損ねて崖に激突、そのまま倒れて気を失った。


 

 俺は緊張と疲労の余り、崖の登頂で息を詰まらせながら何とか呼吸を整える。

 

 気分が落ち着いた頃、辺りに賑やかな気配を感じて起き上がると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 俺に失望して去って行ったと思われていた、ライオンの両親と兄弟、俺に勇気を分けてくれた親友のチーター、そして、何故かクロフォード博士とヘイスティングス氏までもが、崖の上で俺を祝福してくれていたのである。


 「……よく頑張りましたね、猛さん」


 突然、クロフォード博士が人間時代の俺の名前を呼んでいた。


 「……!?クロフォード博士?どうして俺の名前を……?」


 目の前の出来事を信じる事が出来ない俺に、ヘイスティングス氏が更なる言葉をかける。


 「……猛くん、我々はクロフォードでもヘイスティングスでも無い。天界の神なんだ。地震による負傷で意識を失った君の魂を、人間界に戻すのが私達の使命なんだよ」


 「神……どういう事だ?俺は死んだんじゃなかったのか?また人間に戻れるのか?」


 俺は冷静さを失い、訊きたい事を順序立てもせずに一気にまくし立てていた。

 

 そんな俺をなだめる様に、クロフォード博士の姿をした女神様がゆっくりと語りかける。


 「貴方は死んではいませんでした。しかし、地震による負傷で意識を失っていた貴方は、それまでの人生から、人間として生きる意欲も失っていたのです。貴方を目覚めさせるには、人間として生きる意欲を持って欲しかった。ですから、まずは違う動物に転生していただき、その動物として生きる意欲を見せて貰わねばならなかったのです」


 「……それじゃあ……俺は……?」


 「合格だよ、猛くん!君は1度は崖から這い上がる事を諦めていたけれど、ひとりでもライオンとして生き、友達を作り、最後は崖も登りきった。君はじきに人間として、病院のベッドで目を覚ますはずだよ。おめでとう!」


 2人の神様からの祝福を受け、俺は自分が人間に戻れる事を理解した。

 確かに嬉しい、喜ばしい事だ。


 だが、俺がいなくなればチーターはどうなる?

 クロフォード博士とヘイスティングス氏が人間として実在しないのであれば、チーターを預かってくれる人はいない。

 チーターも俺と同様、1頭でサバンナを生き残れる程強くは無い。


 「チーターの事が気になるのですね?安心して下さい。チーターにも出来る限りの幸せを用意致します……」


 女神様はそう言い残すと、チーターを連れて俺の目の前から姿を消し、やがて神様も、ライオンも俺の前から姿を消した。


 「みんな……?」


 突然の出来事に戸惑いながらも、やがて俺の意識は薄れて行き、頭の中の風景はサバンナから病院へと移り変わっていく。


 

 「……お母さん!お兄ちゃんが!」


 病室で意識を取り戻した俺の目に最初に映ったものは、会えばいつも喧嘩ばかりの妹、茜だった。


 「猛!目が覚めたんだね!良かった……!」


 母親は喜びと安堵菅から涙ぐみ、父親はそんな母親の両肩を抱いて頷き続けている。


 「猛、お前3日間意識が無かったんだぞ。命に別状は無いと言う話だったんだが、心配したんだからな!」


 俺のニート生活を当然良くは思わない父親は、3日ぶりの目覚めにも毅然とした表情を崩しはしなかったが、俺が目覚めた事を喜んではくれている様子だった。


 サバンナにも日本にも俺の居場所があった事に、深く感謝せずにはいられない。

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