承
頭上を無数の動物達が闊歩する、いつもの騒々しい朝が始まる。
大型動物の移動が終わるまで、縦穴式住居に隠れている俺とチーターは、普段から互いの毛繕いをしながらじゃれ合う仲だ。
ハンターに負わされた傷なのか、チーターの右目の上の毛は抜け落ちていて、視力に問題は無いものの、その風貌は10円ハゲを彷彿とさせる不細工さ。
気の毒には感じるが、俺にとってそのハゲは友達を見間違う事の無い最高のチャームポイントだった。
動物達が朝に大移動する最大の理由は、この谷唯一の水飲み場であり、俺達の命を支えている地底湖に集合する事。
この湖で水を飲んでいる間だけは、サバンナのあらゆる動物達の間で争いが起こる事は無い。
また、その神秘的な光景を一目見ようと、現地のガイドを連れた人間の学者や観光客が訪れる事も、俺が人間時代の記憶や感性を失わない為に極めて重要なイベントと言えた。
俺達は湖で、真っ直ぐ前に突き出た角が特徴のウシに似た大型動物、エランドの隣にお邪魔して水を飲む。
このおばさんエランドは俺達とは顔馴染みで、その巨体に時折隠れさせて貰う間柄だった。
俺達が肉食動物にしては気が弱い事を感じ取っているのだろう。
余りに空腹の時は、彼女に付いて行って草を食べた事もある。
俺の味覚はまだ人間に近い為、ニラみたいな香味草に当たるとラッキーだなと感じ、肉が喰えない日も耐える事が出来た。
チーターはちょ〜不満そうだったけど……。
「皆、今日も礼儀正しいわね!」
少し離れた背後から、馴染みの声がする。
サバンナの動物の撮影と研究を行っているロンドンの女性学者、ブレンダ・クロフォード博士と、その助手のアダム・ヘイスティングス氏だ。
彼女達は、悪質なハンターによる密猟で傷付いた動物達の保護活動にも熱心で、お互いに子ども同士である俺とチーターの事も気に掛けてくれている。
俺もチーターも、勿論ヘイスティングス氏もオスであり、32歳という年齢よりも若く見え、美人な上にスタイル抜群なクロフォード博士の前では、ついデレデレしてしまう。
長身で眼鏡をかけた優男風のヘイスティングス氏も、動物の研究よりクロフォード博士の力になる事が真の目的であるに違いない。
「相変わらず仲良しなのね……こんなに人間に懐くライオンとチーターなんて、見た事無いわ!」
クロフォード博士とヘイスティングス氏は俺達を抱き上げ、湖の外れにテレビ局が建てた撮影用の小屋へと案内した。
この1週間で3度目の顔合わせとなった俺達と博士達は、今やすっかり仲良くなり、博士はチーターの目の上の傷に薬を塗り、人間としての好奇心が消えていない俺は、ヘイスティングス氏が持ち込んだ雑誌を一緒に眺める。
俺もだいぶ英語を忘れちまったな。
大学を卒業して2年半、仕事を辞めてから2年……。
何やってんだろう、俺……。
人間として何も出来ないのなら、身も心もライオンになりきってしまえばいいのに……。
「……湖の水も、汚染が進んでいるわね……。どうしてハンターを規制出来ないのかしら?このままだと動物達にも影響が出ちゃうわ」
「サバンナがアフリカのものである以上、先進国が食い物にしますよ、博士。悪質なハンターの横行は、私達の仕事が大金を生むと思われている皮肉です」
クロフォード博士とヘイスティングス氏とのやり取りは、俺にも少しは理解出来る。
ニートとして、ゲームやネットをやる時間だけは沢山あったから、うわべの知識だけでマウントを取る事は出来たんだ。
でも、それは無意味だよ。
自分で行動して、成功も失敗も自分の身体で掴まないと、行動する人間の話の輪には入れないんだよ……。
「協力ありがとうね!車でお家の近くまで送ってあげる」
ひとり沈んでいた俺は、クロフォード博士の豊満なバストに抱かれて、嬉しい様な、でも恥ずかしい様な、そんな複雑な感情に支配されていた。
縦穴式住居があったら入りたい。