レベル999のテイマーが『竜王』をテイムするお話
目が覚めたら異世界でした――そういうのは漫画や小説でよく見るけれど、実際に自分の身に起こると受け入れがたいものだと思う。
そう思っていたのだけれど、そうなってしまっては仕方のないことなのだと……すんなりではないが、受け入れることになってしまう。
私の今の名前は【ユイネ】。これは、私がプレイしていたVRMMOにおけるキャラクターの名前だ。
自慢できるか分からないけれど、私がプレイしていたゲームの中では結構レベルが高い。
レベルキャップもいずれは解放されるだろうと言われていたから、これからもっとやることができると思っていたのだけれど……。
今の私がいるのは――最初に言った通り異世界だ。
イベントに参加しようとしてポータルに入ったら、私の目の前には大きなドラゴンがいた……話は、そこから始まる。
「ほう、人間がこんなところにやってくるとはな。それに、今のは転移の魔法か?」
私の目の前にいたのは――漆黒のドラゴン。
大きな身体に、艶のある鱗。洞窟内に響き渡る声は、どこか透き通っているように聞こえた。
「……こんなイベント内容だったっけ」
私が初めに抱いたのは、そんな疑問。ドラゴンがいきなり出てきて、戦うことになるようなイベントだとは聞いていない。私はすぐにイベントの内容を確認しようとしたけれど、何故か開けるのはステータス画面とアイテム欄だけで、ログアウトすらできなくなってしまっていた。
……さすがにログアウトできないと焦ってしまうけれど、ここがすでに『現実』であると理解したのは、ドラゴンの放った火の熱さ。
気まぐれに放っただけのその炎は、私から離れたところに着弾したけれど、正直めちゃくちゃ熱かった。感覚を再現するのにも限界がある――あまりにリアルな熱さと、そして言葉が通じ過ぎてしまうドラゴンという存在。そこが、現実であると理解させた。
「ほう、今の炎を見ても逃げ出さぬか。やるではないか」
逃げ出さなかったのではなく、逃げられないと悟っているだけだ。……理解したところで、私にできることなどあるわけでない。
よく、ゲームのキャラのままで異世界に転移した場合、非常に強い力を持つことができたりする。
私も剣士や魔導師として転移していたのならば――ひょっとしたら無双の力を持っていたのかもしれない。
けれど、私は……『テイマー』だった。
そう、テイマーは力や魔法、防御などにも頼らない。
全て特化するのは『テイム』と、レアアイテムをゲットするための『ラック』に極振りするようなステータスとなってしまう。
あとは殴られてもすぐに死なないだけの耐久があれば、あとはテイムした魔物が戦ってくれるから比較的戦いやすい職業であると同時に、飽きやすいとも言われている。
私は、テイムした魔物と戯れるのが好きだったから飽きなかったけれど。
問題はテイマーなのに、魔物がここにはドラゴンしかいないということ。
私が今までテイムした魔物も召喚できない――ここが、ゲームとは異なる世界だからだろうか。
「え、えっと……何かの手違いでここに迷い込んだと言いますか……」
「手違いでここに? 随分と面白いことを言うではないか」
「あはは……なので、見逃してくれたり、とか?」
「無理だな。私は人間が嫌いだ」
はっきりと、そんなことを言い放つドラゴン。その言葉に嘘偽りはなく、ドラゴンの強さも私にははっきりと伝わってくる。……私の死を、簡単に予想させた。
もしもこれがただのバグであったのだとすれば、死んだとしてもリスポーン地点に戻るだけだろう。その確証もないのだから、困っているわけだけれど。
「なんだ、来ないのならさっさと殺して終いにするぞ」
すでに終わらせる気満々のドラゴンに対し、私は慌てて答える。
「ま、待って!」
「……なんだ?」
意外にも律儀に答えてくれる。――おそらく、私に対して多少なりとも興味を持っているのだろう。
それと同時に、ドラゴンには油断が感じられた。
たかが人間一人には負けるはずがないという、絶対の自信だ。
故に、ドラゴンは私をすぐに殺そうとはしない。いつでも殺せるから、すぐに手を出してこないのだ。
だから、私がここを切り抜けるための方法は……一つだけ残されていた。
「一撃――一撃だけ、私の攻撃を受けてほしいの」
それは、私からの提案。
たったの一撃。ドラゴンからすれば、その程度の攻撃を受けて死ぬことなどまずありえない。故に、私はそれを提案した。
ドラゴンから見ても私が非力だからこそ、成功する可能性があるのだ。
「一撃、だと。ふははっ、面白いことを言う。それでお前が私を倒せるとでも言うのか?」
「倒すのは無理、だけど。どうせ殺されるのなら、一矢報いた証を残したい、っていうか……」
それらしい理由を付けて、私は答える。
今を乗り切るために、私は嘘を吐く――ドラゴンは、私のことを鋭い目つきで睨んできた。
しばしの沈黙。すぐにでも前足が振り下ろされたら、私は死ぬことになるだろう。
それでこの世界がゲームのままなのか確認することもできるけれど……正直、それは別の方法で確認したい。
「いいだろう。一撃だけならば、どんな攻撃でも受けてやる。その後……すぐにお前を殺すぞ」
ドラゴンはそう言って、私の『攻撃を受ける』ことを受け入れてくれた。
私はぎゅっと拳を握りしめて、ドラゴンへと近づいていく――そして、放ったのは一か八かの『テイム』スキル。
次の瞬間、ドラゴンの前足が振り下ろされた。
「――」
ピタリ、と前足が私の眼前で止まる。
風圧だけで吹き飛ばされそうになるが、それでも前足が私に届くことはなかった。
「……なに?」
ドラゴンが、少し驚いた声を上げる。
だが、すぐに前足をもう一度力強く振り下ろす。
風圧によって今度は尻餅をついてしまうが、それでも私には攻撃は届かない。
「な、なんだと……貴様、何をした?」
ここで初めて、ドラゴンが動揺するような声を漏らす。
その前に、私は一つだけ『命令』を下す。
「まず、『ここでは暴れないで』」
「この我に命令など――っ!?」
だが、ドラゴンは私の言葉を聞いた後、再び前足を振り下ろすようなことはしてこなかった。
身体が思うように動かないのだろう。
「貴様、何をしたのだ!?」
再度、ドラゴンが私に問いかけてくる。どうやら、私のテイムが成功したらしい。
私より、『レベルの低い相手』であれば、テイムすることができる――故に、私はたった今、このドラゴンをテイマーとして仲間に加えることに成功したのだ。
一先ず安心して、説明する前に大きくため息を吐く。
「ふわぁ……本当に怖かったんだけど……」
「な、何を言っている……それより、これは魔法か何かか!?」
「魔法じゃないよ。私の『テイム』」
「テイム……? 貴様、『魔物使い』か」
「あ、魔物使いっていうのはいるんだ……」
「魔物使い風情が、この我を支配下に置くなど、できるはずがない……っ。我のレベルは、457だぞ……!?」
……レベルという概念も存在するらしい。
それならば、テイムできるのも納得した。
私の方がドラゴンより間違いなく弱いけれど、
「私のレベルは、『999』だよ」
「な……っ!? そ、そんな人間がいるはずが……っ!」
「現実、テイムできたんだから証明にならない?」
「ぐっ、ぬ。そんな英雄を超える存在が、何故こんなところに……!?」
「それは私が聞きたいんだけど……一先ず、あなたが私に手出しをすることはもうできないから。私の勝ちってことでいい?」
「……っ」
ドラゴンは怒りの表情を露わにする。
私の『一撃を受ける』――そんな提案を受けなければ、ドラゴンは間違いなく私を殺せていただろう。
賭けに勝ったのは、私の方だ。
テイムできなければ死ぬしかなかった……とても分の悪い賭けだったけれど。
「ちっ、先ほどから身体も満足に動かん。どうやら、テイムされたというのは本当らしいな」
「分かってくれたのなら助かるんだけど……」
けれど、この後どうしたらいいのだろう。
「とりあえず、あなたから色々話を聞きたくて」
「ふんっ、何故我が答えねばならん?」
――やはり、テイムしても完璧に言うことを聞いてくれるわけではない。
この辺りは、明確にゲームから逸脱しているという感じがした。
「言わなくてもいいけど、そうしたらここからずっと動かないようにって命令するだけだよ?」
「ぐっ、我を脅す気か……!?」
「助けてほしいだけなの!」
「……」
私も必死だ。ドラゴンは私の言葉を聞くと再び黙ってしまったが、やがて大きく息を吐くと――不意に身体を小さく丸める。――大きな身体はどんどん小さくなっていき、やがて姿を現したのは、一人の少女であった。
黒色の髪に、二本の角。服を着ていないがために、褐色の肌がよく見える。
宝石のような赤色の瞳で、私のことを睨みながら、ゆっくりと近づいてきた。
「え、えっと……さっきのドラゴン、だよね?」
「レヴァスティアだ」
「え?」
「我の名前だ。《黒竜王》レヴァスティア――まさか、聞いたこともないのか?」
「ごめん、本当にここのことに詳しくなくて……」
「ふんっ、不遜な態度にも納得がいくな」
「それで、どうして人の姿に……?」
「小さい貴様を見下ろすのに疲れた――それだけだ。貴様のような人間に従うつもりはないが、我も満足に動けぬままに貴様がいずれ死ぬのを待つほど愚かでもない。聞きたいことがあれば、特別に答えてやる」
やや高圧的な態度で、そんなことを言うドラゴン――レヴァスティア。少女の姿になったのも驚きだが、そもそもメスだったという事実にも驚きた。
――こうして、気付けば異世界にやってきた私は、初めて出会ったドラゴンをテイムすることに成功して、一先ずは生き残ることに成功した。
明らかに懐いていない彼女が、私と『一緒に』戦ってくれるようになるのは……それからしばらく後のことだ。
レベルが高いが故にキャラ自体は強くないけど、最強の魔物をテイムできたので後々スローライフをするというお話のプロローグを書きました。
需要……というか、暇ができたら連載したい候補の一つとします。