1-6
月が綺麗な夜だった。
青丸と風牙は目くらましの術を使って姿を隠してから村に入り、ひとしきり暴れたあと、計画を実行した。
風牙がこれと思う娘を選び、青丸がその娘を生贄にするよう命じる。
化け物達の力に怯えた人々はただ頷くだけで、二人を大いに満足させたのだった。
しかし祭りの夜、計算に狂いが生じた。
櫃の中の娘は風牙が選んだ娘と同じ匂いのする何かをつけてはいたが、違う娘だった。
匂いからして生娘には違いないが、柔らかそうには見えない、痩せた娘。
風牙は約束を破られたことで激怒した。深紅の目を光らせて、娘の前に出る。
白蛇の殺気をモロに受けた娘は、あっという間にぼろぼろの無残な姿になっていた。このままでは死んでしまうだろう。
青丸は何だか娘が気の毒になった。
娘が風牙を見る前に呟いていた言葉を聞いたからだ。
「あの人を殺すな、か……」
風牙の言葉は人間には通じないので、青丸が陰に隠れ、通訳をした。
娘は青丸が初めて見る種類の人間だった。
村人の為、他人の為に、身を投げ出す人間。
こんな人間は見たことがなかった。
好奇心が刺激される。
そんな青丸を他所に、怒りにたぎった風牙はしめ縄を破り、娘の精神を破壊する術をかけ始めた。多くの化け物と違い、暴れる人間を押さえつけて食べる趣味はないのだ。
風牙の瞳が輝きを増し、娘の体がぐらりと崩れたとき、どういうわけか青丸の体が反射的に動いた。
「殺すな、風牙」
気がつくと、青丸は娘を抱きとめていた。
そして意外なほど柔らくて甘い匂いがする娘に戸惑う。
怒りが収まらない風牙は不満で鼻を鳴らした。
『何故だ?村人は我を欺いた。この娘を殺し、生き血を啜り、肝を食らった後、死体を村に叩き着けてやる。哀れな娘に痛みを与えないだけ、ありがたいと思え!』
「だめだ。この娘、俺に譲ってくれ」
『どうしてだ?さてはお主、この娘に惚れたか?』
「違う」
言葉を切る。うまく表せず、青丸は顔をしかめた。
しばらく考えると、いい表現が浮かんだ。
「でも興味がある。この娘、最後に「あの人を殺さないで」と言った。自分を殺すな、ではなく。人間が本当に身を犠牲にしてまで他人を救おうとするものか、この娘で試してみたい。生贄の身代わりなど、志願してするものじゃないからな。何か魂胆があるのやもしれん。たとえば、俺達を殺す、とかな。そのときはお前の好きにすりゃいい」
『なるほど。わかった』
何か含みがあるようだったが、風牙は術を解いた。
自らの髪のみをまとった体は、青丸が今まで見たことがないくらい痩せていて、柔らかな感触が不思議なほどだった。年頃の娘らしくない直線的な体の線が可哀相に感じる。
露な肢体を隠すため、青丸は落ちていた浴衣を拾い、娘の体に巻きつけた。
『とりあえず、どうするのだ?』
風牙の問いと同時に、青丸の胃が派手に鳴った。しばしの沈黙。風牙は笑い、青丸は苦い顔をした。
「腹が減った。食べ物を取ってくる。風牙は娘を見張っててくれないか? 俺が帰る前に目を覚ましそうになったら、なんとか眠らせてほしい」
『承知した。ところで我は大きな熊を食べたいと思っている』
「……、わかったよ」
青丸は娘を抱き上げた。本当に驚くほど軽く、小さい。
香油の香りが鼻についた。
顔をしかめ、青丸はこの娘には似合わないと思った。こんな甘ったるい強い香りでなく、もっと柔らかでひそかな香りが似合うと思う。
気を失っている娘は今にも消えそうな弱い気を発していた。残念だが、今食べたところであまり美味しそうでないし、風牙の体力を回復させるほどの気を持っているとも思えない。
娘を洞窟の入口に寝かせ、青丸は熊を探すために出ていった。
狩りのため、鬼に戻って出かけた青丸を送った後、風牙は体を引きずって洞窟に入り、丸くなった。
思った食べ物が手に入らず、代わりの物まで取り上げられて、心は不満でいっぱいだった。
何故青鬼などに遠慮して食べてしまわなかったのか、と自分自身にも不快感が募る。
風牙はシャッと息を吐いた。
『仕方ない、奴には借りがあるからな』
呟いて、ちらりと娘を見る。
娘はこんこんと眠っていた。時折嬉しげににっこりし、無邪気に腕を伸ばす。
あまりの無防備さに、風牙は複雑な気持ちになった。
『面倒なことにならねばよいがな』
呟く。
そして風牙は苦く笑った。毒のせいで気が弱くなっているようだ。
人間の娘など、面倒になったら、いつものように殺して食ってしまえばよい。
青鬼だって追い出してしまえばそれでよいではないか。
そう思うと気持ちが楽になった。
眠っている娘を囲むようにして、風牙も眠りについた。