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4-5

 腕の中で眠る美月に服を掛け、そっと離れると、青丸は座り込んでじっと手を見つめた。

 手のひらに食い込んだ爪跡は、肉に届いて、血を滲ませている。

 青丸は傷に口を当てて血を舐めた。鬼の硬い皮膚を食い破っていたので痛んだが、仕方ない。正気を保つために、自分の意志でつけた傷だ。青丸は眉をしかめて舐め続けた。


 そうして時折、視線を美月にやる。


 美月はよく眠っていた。

 近づいて涙の跡を拭ってやり、屈み込んで唇を合わせ、髪を梳いてやると、何か口の中で言い、にっこりした。目覚めるには時間が要りそうだ。


 どうして、あんなことを……。


 青丸は美月を見つめながら思った。

 必死ですがり付いてくる美月がたまらなくいとおしく感じられて、抱いてしまった。

 唇を合わせ、抱き寄せ、愛撫して、美月の細い体を少女から女に変えてしまった。

 腕の中で痛みに硬直し、顔を歪めていた美月を思い出す。


 酷いことをした。

 鬼と交わるなど、人間の美月には耐えられない屈辱だったのではないだろうか?


 傷を見つめ、詰めていた息を吐き出すと、青丸は頭を抱え込んだ。


 早く、旅に出るべきだったんだ。


 そうすれば、こんなことにはならなかっただろう。何度繰り返したかわからない愚痴を呟き、溜め息をついた。


「赤丸…、俺は、馬鹿だな」


 呟いて空を見上げると、登りかけた満月と目が合った。

 こんなときに感じるのはおかしいだろうが、とても綺麗だと思った。薄く笑う。


『確かに、な』


 背後から風牙の声がした。

 振り返って近づいてくる姿を見ると、青丸は破顔し、手招きした。


「いつの間にかいなくなりやがって。どこにいたんだよ?」

『邪魔をせぬように、食事に行ったまでのこと。お主に断るまでもないと思うがな』

「気を利かせたってか? やな蛇だぜ」


 近寄りながら、風牙は青丸の服に埋もれて眠っている裸の美月を見、次いで青丸の顔を見て目を細めた。


「こら、笑うな。蛇のくせに」


 青丸は頬を膨らませて言い、すぐにけらけらと笑った。

 しかし風牙のほうははいつもと違って乗ってこなかった。深紅の瞳に月の光を含めて、青丸を見つめている。


『美月と交わったか』


 淡々と、それなのにどこかしら嬉しそうに息を吐く。


『お主が我を止めたときから、こうなる予感はしていた。お主もであろう? 美月を人間ではなく、一つの(つがい)として、出会う運命だったものという予感は、そう遠くない昔からあったはずだ。違うか?』


 青丸は笑みを消して頷いた。何度目かの溜め息を吐く。


「なぜあんなことをしたのかわからない。気がついたら唇を重ねていた。これ以上はいけないと思いながら、止まらなかった」

『しかし殺さなんだ』

「……、ああ」

『鬼の本能に反して、な』

「言わないでくれ。俺にもわからないんだ。わからないのに必死で、我を忘れないようにしていた。美月をこの手で引き裂くことがあれば生きていけないと本気で思った。鬼の俺がだぜ? どうにかなっちまったのかな?」


 風牙は答えなかった。青丸の手の傷に気づいても、何も言わなかった。頭を抱える青丸を、ただ目を細めて見ている。


 無言で時が過ぎた。


『我は、美月を泣かすぞ』


 やがて風牙が口を開いた。

 言葉が言葉だったので、青丸は驚いて顔を上げ、風牙を見た。深紅の瞳が、先ほどとは打って変わって強烈にぎらついているのに気づき、目をぱちくりさせる。


 だがすぐに理由がわかった。

 青丸は鬼の笑みを浮かべ、頷いた。


「本当は泣かせたくないが、仕方ないな。つきあうぜ、風牙」

『よいのか?』

「ああ」


 口元に牙が覗く。


「俺もすごく頭にきてるからな」

『しかしお主が来れば、美月はひどく悲しむのではないか?』

「仕方ないさ。俺は鬼だ」

『そうだったな』


 二人は顔を合わせて頷いた。

 そして青丸は美月を抱き上げ、風牙と並んで住処に足を向けた。その間、ずっと無言であった。

 いつもの寝床に美月を寝かせて一息ついてから、二人は再び外に出た。

 それから月が天高く登り、傾きかけるまで、大樹にもたれて空を見ていた。葉の隙間から受ける満月の光が心地好かった。

 月光を浴びて、青丸は鬼に戻った。月の光は鬼の力をさらに高めてくれるようで心地よい。


「行くか」


 しばらくして青丸が口を開いた。

 風牙は頷き、あっという間に元の巨大な蛇に姿を変えると、鬼を背に乗せて山を降っていった。







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