3-5
二人は朝日が昇る前に洞窟に戻った。
青丸も美月もずっと黙り込んでいた。
互いに気恥ずかしく、何を話したらいいかわからなくて、困惑していたのだ。それであまり顔も見ずに、それぞれ着替えて眠りについた。
『遅かったな』
美月の寝息が聞こえ始めた頃、青丸の横に風牙がやってきた。
青丸は眠りかけていたが、風牙の気配に起きた。風牙がすっかり小さい姿に落ち着いていて、笑う。何も美月に合わせることはないのに風牙も気を遣っているなと思ったのだ。
『美月にではない。お主に合わせたのだ』
口に出すと、風牙は楽しそうに笑って言った。ちろりと舌まで出す。
「なんか、お前見たらほっとした」
そんな風牙を見、青丸は溜め息を吐いた。
「落ち込んでたもんだから。すまんな、わけわかんないこと言って」
『いや』
風牙は深紅の瞳を光らせた。舌をちろちろ出し、青丸を見据える。
『実は謝らねばならぬことがある』
「知ってるよ。見てたんだろ?」
風牙は沈黙した。
美月とのあの場面を風牙が見ていたのを青丸は知っていた。美月は気づかなかったようだが、同じ化け物だ、気配でわかる。
二人が互いの痛みを打ち明けるずっと前、正確には洞窟を出た直後から、風牙がいたのはわかっていた。盗み聞きするつもりはないが出るに出られず、かといって気になるので帰ることもできずに困ってうろついていたのも、よく知っていたのである。
『……、すまぬ』
申し訳なさそうに謝る風牙の体を、青丸は笑って叩いた。
「化け物らしくないぜ、風牙。気にすんな。それに……な」
『ん?』
「お前には聞いて欲しかったんだ」
青丸は大きく息をつき、苦笑した。
「今夜の俺はおかしい。まるで化け物らしくない。ずっと閉じ込めてた想いを誰かに聞いて欲しいと思い、話した。お前に旅へ戻ると言ったばかりなのに、一人になるのが怖いと思い始めた。そのくせ、仲間といる楽しさを想うと、たまらなく怖くなる。この温もりを手放せるかと自問自答して、辛くなる。俺は温もりに慣れるべきじゃなかった、半年前、お前に美月を食わせて、村も壊して、さっさと旅に戻ればよかった、と思うときもある。だが過ぎたことだ」
風牙の瞳の赤が心なし眩しくなったように感じられた。気持ちが沈んでいるからだろう、青丸はそう取った。力なく、笑みが消える。
『お主の言う事、半年前ならわからなかったやもしれん』
言いながら、風牙はゆっくりと青丸に巻きついた。二巻して、顔を青丸の顔に近づける。舌が当たって青丸は顔をしかめたが、文句は言わなかった。風牙をじっと見つめる。
『だが、今はなんとなくわかる。我も化け物らしくないな』
「そうか」
『まったく面倒なことになったものだ』
風牙は鎌首を美月に向けた。
青丸も見る。
美月はよく眠っていた。ずっと溜まっていた重い感情を吐き出してしまって、ほっとしたのだろう。心の底から無防備に見える。
美月を見ていると青丸は心が安らいだ。風牙も同じようだった。
しばらくの間、二人はじいっと美月だけを見ていた。
そして同時に同じことをしているのに気づき、顔を見合わせて笑った。
「じゃ、俺も寝るか」
笑いながら、青丸は言った。風牙がいっそう強く巻きついてくる。しばらく二人はじゃれあった。楽しく笑い合い、やっぱり化け物らしくないと言ってさらに笑った。
そのうち、青丸は風牙を抱きしめて眠ってしまった。
『やれやれ』
力強い腕をなんとか逃れた後、高いびきで眠りこけている青丸を見て、風牙は笑った。
『これは今夜も眠れそうにないな』
一息吐く。
言葉と裏腹に、楽しげだった。足取りも軽く、夜明けの白い空に黒く浮き上がる大樹の脇を通り、風牙は山の奥へと入っていった。




