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2-7

一部残酷な表現があります。ご注意ください。

 温泉に入って風牙の血膿と似合わない香油を落とした美月は、焼いた肉を食べると気が抜けたのか、青丸が持ってきた桑折の中にあった衣服にくるまってすぐに眠りに落ちた。


「あ」


 青丸は側で寝顔を眺めていたが、急に声をあげた。慌てた顔で腰の辺りを叩き、目的の物を見つけてほっとする。


『騒々しい。なにをしておる?』


 半分眠っていた風牙が不機嫌に鼻を鳴らしたが無視した。それから美月の傍らまで行く。

 美月はよく眠っていた。よほど疲れていたのだろう。時折呻いたり、寝返りを打ったりするが、目を覚ます心配はないようだ。


「ああ、すまん」


 美月のためか、小さいままでいることに決めたらしい風牙に謝る。

 青丸の手の中には小さな笛があった。使い込まれた、小さな横笛。

 風牙は青丸の傍らに行き、相好を崩して寛いだ。


『それは?』


「櫃の隅に転がってたんだ。美月のだろう。ここまで持ってくるくらいだから、大事なものだろうと思ってな。渡してやろうと思いながら忘れてて、今、思い出したんだ」


 愛しげに見える様子で笛を撫でる青丸を、風牙は笑みを含んで見つめた。


『お主、あの娘が気に入ったようだな』


 少しからかってやろう程度の言葉だったのに、青丸は過剰な反応を示した。わたわたと慌て、半分鬼に戻った顔を見、風牙は楽しげに息を漏らした。笑いのような音がする。

 

「馬鹿、笑うな。俺はただ、おもしろい娘 だと思って……」

『まあそう隠すな。よいではないか。お主は化け物に姿にも人の姿にもなれるのだから、娘がなつくのは無理ない。なついたものを可愛いと思うのは、当然のことだぞ』

「違うって!」


 青丸はぴしゃりと言って舌打ちし、人間に直した顔を苦くした。


「もしそうであっても、俺は否定するからな。俺ら鬼の愛し方は激しい。愛しいと思ったらすぐに丸ごと全部を欲しくなる。そしてどちらかを食べ終わるまで、行為に没頭して我を忘れるんだ。どんなに相手を愛していたとしても、だ。狂暴な本性が剥き出しになる。相手が人間なら簡単に餌食だよ。これ以上ないほど手酷く犯して、体中ぼろぼろにした上、引き裂いて喰って、終わりさ。骨すら残らん。そんなのはごめんだね」

『やったことがあるような言い方だな』

「あるんだよ」

『そうなのか?』

「ああ。旅に出た直後のことだ。一人が淋しいと思ったのが初めてだった頃のこと。俺は父一人娘一人の家に泊めてもらった。そのとき、優しくしてくれた娘を、俺は愛しいと感じた。娘も俺に好意を持った。その夜のことさ。俺は娘を抱いた。気づいたとき、俺の側には誰もいなくて、服の残骸と二人分の血だけが流れていたよ。あんなのはもうごめんだ」


 青丸の溜め息に風牙は訝しげな顔をした。


『気にすることか?我らは化け物だ。人間を喰ったからといって、何を病む?熊を喰うに気は病むか?おかしなことを』


 理解できない。風牙には人間を食うのも熊を食うのも同じことなのだ。喰わねば生きていけない。人間と違うのは、楽しみで殺さないことだと思っている。


『性交で相手を喰うのも、より強いモノを残すための鬼の本能。何を戸惑う?』

「たしかにな」


 青丸は頷いた。


「たしかに、そうだよ。でも、お前、美月を殺すことができるか?」

『今は、わからんな。我はあの娘が可愛い。殺したくない』

「つまりそういうことだ。もし我を忘れて美月を殺したら、厭な気持ちになるだろ?」

『なるほどな』


 風牙は納得し、頭を下げた。


『戯れにつまらんことを言った。すまん』

「いいや」


 青丸も笑みを返した。

 二人はしばらく話をした。

 他愛のないものだったが、話をしているうちに、気持ちがほぐれてきたのを感じた。

 そして、いつの間にか百年来の親友のように相手を見ているのに気づいた。

 化け物らしくないな、と二人は笑いあった。


 楽しい夜だった。


 やがて、青丸は眠った。


 青丸を眺め、美月に目をやった後、風牙も眠りにつこうとした。

 いつもより少し幸せだと思ったが、同時に不安だった。


『面倒なことにならねばよいな』


 呟いてから、前にも同じことを感じたことを思い出した。困ったと思う。

 首を上げて眠っている美月を見ると、その思いは増した。

 いつものように殺して食ってしまえばよいと思えない。


 面倒を青丸に押しつけるわけにもいかないし、と思ってから、風牙はまたジレンマに陥った。こんなことを感じるなんて、化け物にあるまじき行為だと思ったからだ。


 しばらく後、風牙は溜め息を吐き、眠り損ねた身を月下へと運んだ。







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