序
その山の神は赤い鬼と青い鬼だった。
赤い鬼は青い鬼が好きだった。
青い鬼は赤い鬼が好きだった。
二人はとても仲良く暮らしていた。
ある飢饉の年、村を追われた人々が山に入ってきた。
季節は豊穣の秋。
山は恵みで溢れていた。
人々は山の恵みを食らいまくった。
山は彼らを受け入れた。
山神は人々に恵みを分け与えた。
人々は山神を敬った。
時は過ぎ。
人々は山を去っていった。
恵みが戻った里に下り、戻ってこなかった。
そして、神を忘れた。
赤い鬼は慕ってくれた村人を忘れなかった。
淋しい寂しいと毎日沈んでいた。
青い鬼は都合のいいときだけ寄ってくる人々を忘れなかった。
せいせいしたと思っていた。
赤い鬼は寂しさで青い鬼を忘れた。
青い鬼は赤い鬼の寂しさを忘れなかった。
そんなある日のこと。
久しぶりに人が山に入った。
人は山賊だった。
旅人から奪い、嬲り、殺した。
悪意は山を穢していく。
青い鬼は激怒し、山賊を殺した。
赤い鬼はそれを見て激怒した。
赤い鬼が見ていたのは命乞いをする人間を殺した青い鬼だけだったから。
自分を慕った人々と同じに見えた人間を青い鬼が殺していたから。
赤い鬼は青い鬼を追い出した。
青い鬼は寂しそうに去っていった。
去り際、青い鬼は言った。
「さようなら、だいすきな、赤い鬼」
赤い鬼は何も言わなかった。とても怒っていたから。
青い鬼が去ったあと、赤い鬼が見たものは、転がる死体のそばで震える子どもたち。
彼らは抱き合って震えていた。
赤い鬼はいつも人間にしていたようにそっと子供の頭をなでる。
これでまた人間と暮らせる。
そう思うとなんだか嬉しい。
青い鬼のことなどすでに頭からなかった。
また人間と楽しく暮らしたいとだけ思っていた。
そんな赤い鬼を見て、子どもたちは泣きながら言った。
「青い鬼は親を殺した山賊からオレたちを助けてくれた」
「青い鬼は「赤い鬼はこれからずっとぼくらを守ってくれる」って言ったよ」
赤い鬼ははっとして青い鬼が去ったほうを見た。
もう遅いのはわかっていたが、後を追わずにはいられなかった。
青い鬼が向かったのは、鬼の住処。
赤い鬼が着いた時、すでに青い鬼は姿を消していた。
青い鬼のもともと少なかった持ち物はすべてなくなっていた。
ただ、岩壁の端に、文字が彫られていた。
『どこにいても君の幸せを祈ってる。
人間たちをしっかり守れよ。
いつまでも君の友達 青鬼より』
青い鬼。
青い鬼…。
青い鬼……。
「青い、鬼ぃ………」
赤い鬼は力なく座りこみ、ただただ泣いた。
その涙で川ができ、乾いた山を潤した。
山は赤い鬼の涙によって命を吹き込まれ、より一層の恵みを産んだ。
逃げ込んだ子どもたちを探しに来た人々は豊かな山に感動し、住み着いた。
赤い鬼は彼らの守り神となり、死ぬまで人々に囲まれて暮らしたと言う。