漫才「高校野球」
漫才六作目です。どうぞよろしくお願いいたします。
野球のグラウンド、ベンチの前で生徒が泣きながらシューズバッグに砂を詰めている。監督が近寄ってきて、
「やめておけ」
「グラウンドは僕の青春の場所なんです。思い出を手元に残しておきたいんです」
「ここは甲子園じゃないんだぞ」
「解っています。ここは市営球場で、僕達は地区予選で敗退しました」
「そう、一回戦をコールド負けでな。でも、次また頑張ればいいじゃないか」
「僕は3年生なんですよ。もう高校野球とはお別れなんです。あーあ、とうとう一勝も出来なかったなあ」
「三年間全敗。みごとなもんだ」
「一勝だけでもしたかったなあ」
「諦めるのは早い。まだチャンスはあるぞ」
「え? 敗者復活戦でもあるんですか?」
「残念ながらそれはない。公式戦はもう終わりだ」
「やっぱり」
「でもな、公式戦だけが野球じゃないんだぞ。練習試合があるじゃないか」
「おお、その手がありましたね」
「君たちになんとか勝たせてやりたい」
「それは僕たちの方から監督に言いっておきたい台詞でもあります」
「自慢じゃないが、監督に就任してから六年間、勝ち星なしだものなあ」
「以前はうちの学校も勝率五割くらいはあったらしいです」
「俺が監督に就任してからチームが変わったと言われている」
「訳の分からないサインを出して、チャンスを台無しにしてきましたからね」
「すまん。お詫びとして、勝てそうな相手を見つけ出して来るからさ」
「本当ですか? でも、近隣の学校は強豪ばかり、もううちなんかを相手にしてくれないと思いますよ」
「周辺の中学校を当ってみるよ」
「いやですよ。もしも負けたらかっこがつきません」
「じゃあ、県外に出向くか」
「交通費がかかります」
「それは部費で賄えるさ」
「いいんですか?」
「心配はない。予算はたっぷりあるんだ。なにせ甲子園に行くことを前提に計算して貰っているんだからな。いつも一回戦負けだったからそれが六年分残っている」
「そいつはすごい。でも、もう一つ課題が」
「なんだ、言ってみろ」
「うちが勝てそうな相手とやりたいんです」
「念のため、予選をコールド負けしたチームにしか声はかけないようにしよう」
「なるほど。それだったらうちと一緒で時間は有り余っていますしね。暇だからという理由だけで引き受けてくれるチームがあるかもしれません」
「弱いチームは勝ちに飢えているものだからな。勝てそうな相手であれば、食いついてくる確率が高い」
「逆も考えられませんか? これ以上負け試合を増やしたくはないという理由で、対戦を断られたらどうします?」
「だったらアポなしで行くことにするか。土曜日の午後だったら狙い目だろう。たいていの野球部は活動しているはずだ。スイカでも手土産に持って行けば、向こうだって無下には断れないだろう」
「弱いチームに不意打ちを食らわせれば、互角に戦えるかもしれませんね」
「そうだな。だから今日のところは砂を拾うのはやめておけ。勝利をこの手に収めてからにしよう」
「はい! あっ、五百円見つけた」
「なに?」
「やった、二つもあった」
「本当かよ」
監督もしゃがんで砂を集め始める。
「五百円はおおきいですよ」
「そうだよな、ラーメンが食えるものな」
監督が指で地面に線を引く。
「こっち側は俺の縄張りだからな。お前はそっち側で探せよ、こっちに入ってくるなよな」
「監督こそ」
読んでいただき、どうもありがとうございました。