過去と今と未来の突撃
本作品をお読みいただきありがとうございます。
本作は、狼子由様主催のなろうサイト内企画「描写力アップを目指そう企画」の第二回企画にインスピレーションを受けたものでございます。
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企画作品は以上のリンクからご覧下さい。
当作品の企画外で別個に投稿することを快く許可くださいました、狼子様に感謝申し上げます。
目の前には、遠い国からやってきた連中がいる。長い長い年月、ぼくたちのこの土地を、ぼくのご先祖様とぼくとぼくの家族の土地を奪ってきて、そしてこれからも奪い続けようとしている連中がいる。ぼくたちをニアクエと呼んで馬鹿にしながら、大切なモノを奪ってきた奴らの手先の兵隊がいる。
ぼくたちは銃を担いで来た。爆弾は自転車や荷車で運んだ。重い大砲や弾は、引っ張ったり押したりしてここまで引きずりあげた。いろんなところからかき集めた武器だ。一緒に戦う国がくれた武器もある。少し前まで目の前の連中と一緒にこの土地に居座っていた帝国の兵隊が置いて行った武器や、何故か居残った帝国の兵隊がくれたらしい武器もある。
それでも、敵はとても強い軍隊だ。それは分かってる。ぼくが今持っている銃よりも良い銃を持っているんだろう。ぼくたちが引きずり上げて、撃ちまくっている大砲よりも良い大砲を使っているんだろう。ぼくたちが使ったことのない、手に入れたこともないような飛行機や戦車を沢山乗り回しているんだろう。それに、ぼくたちはみんな兵隊じゃなかった。土地を耕したり、動物を育てたり、そうやって生きていた。でも連中はみんな、人殺しが上手い本物の兵隊だ。
難しいことは分からないけど、ぼくたちの将軍は勝つためにいろんなことを考えたらしい。人殺しが上手な連中に勝つために、人殺しが苦手でも頑張れるんだと言っていた。
連中の大砲のせいで、武器のせいでたくさん人が死んだ。ぼくたちも今、連中を殺しに行く。それでも本当は殺すのも、殺されるのも怖いんだ。
昔、奴らがぼくたちのご先祖様の土地を奪わなければ、奪い続けて、また奪いに来なければ、ぼくたちは殺される怖い思いも、人を殺す恐い思いもしなくて済んだのに。家族をおいて、こんな怖いところに来なくてよかったはずなのに。
今、ぼくたちの将軍たちは《共産党》という政府として戦っているらしい。ぼくたちは《共産党》軍隊の兵隊なんだと。難しいことは分からない。しかし、共産党のみんなで戦って勝てば、連中はぼくたちから奪い続けることができなくなると言っていた。連中が出ていけば、ぼくたちの子供、子供たちの子供たちは殺される怖さも殺す恐さも知らないで良いのかも知れない。
きっと、目の前にいる人殺しが上手な連中も誰かの家族で、誰かのために戦ってるんだろうか。僕は連中の家族も知らないしなんで戦うのかも知らない。でも、連中はぼくたちから奪って、奪い続けて、これからも奪おうとしている奴らの命令で、そんな奴らのために戦ってるんだ。
ぼくたちがご先祖様と、家族と、子供たちとその子供たちの為に戦うなら、奪って、奪い続けて、また奪おうとしてる奴らの手先になって戦っている連中を倒して、殺して、追い出すしかないんだ。
隊長が準備の号令を出している。もう少しで、ぼくたちの突撃する瞬間が来る。この地面も空も森も畑も、ぼくたちが一緒に生きてきたんだ。ぼくたちの家族が奪われずに生きるため、ぼくたちの子供たちが突撃せずに生きていけるために、ぼくたちは突撃する。
かちんっかちんっ銃に弾を込める音。ふと周りを見る。
ぼくたちはみんな疲れて泥だらけだ。狭い塹壕の中では、何もかもが土と血の混ざったにおいがする。口の中の泥を吐きだそうとしたけどつばも出ない。余計に苦くなった。
この、遠くから聞こえる砲声と地響き、これが止めばぼくたちの突撃だ。火薬と土のにおいのする煙に向かって突撃するんだ。煙の向こうの奴らに向かって、奴らが差し向けた連中に向かって、連中が撃ってくる銃弾に向かって。
地響きが止む、誰かが叫ぶ、ぼくたちが叫ぶ、叫びながら撃つ。飛び出す、ぼくたちは突撃する!
僕は突撃する。
1954年1月31日
当時、独立と南北統一を賭けた長い戦いの戦死者の中には、姓名不明の兵士が多く含まれた。彼ら「無名戦士」のために、ベトナム各地には【烈士】の銘が刻まれた漆黒の墓石が数多あることを追記する。
ディエンビエンフーという街は、ベトナム首都ハノイより北西に飛行機で一時間バスで十時間といったところ、ラオス国境付近にございます。
小さくのんびりとした街ですが、ベトナムの歴史を語る上で欠かせぬ場所です。そして巨大な共同墓地には、数多の兵士が眠っています。中には名前の分からないままの兵士もいました。
果たして彼らは何を思っていたのか、私にわかるはずもなく、その冥福を祈るのみでございます。
近年、西島大介先生による漫画「ディエンビエンフー」が連載されております。ベトナムの独立について考えるに良い漫画と思い、この場で紹介させて頂きます。
改めまして、本作品をお読みいただきありがとうございました。