-つかの間の休息も驚きに変わる-つむぎ
穏やかな街から山を3つ越えた先にある荒野の中、
激しい怒号と銃の音が辺りに響く中で、
緋色の眼をした誰かは思う。
争いなんてものはいつだって起こるしいつか終わる。
そう思いながら干渉することも、
踏み入る事もしなかったオレが、
何故、雑に群れる人間の大戦に参加して、
迫っている銃弾を厚めの瓦礫と岩で防いでいるんだろうか。
こんなもの、同類のような奴らとの争いに比べたらお遊び程度のようなもんだ。
そんなことを思いながらなんで自分が今の路を歩いているのかと言えば。
誰かからの命令?さっきいった通りの遊び?違う――――金だ。
もっと言えば。赤いチャラチャラした服の軍神女にそそのかされて、
旅をしながら人と同じように生きてみよう、なんて思ったのが始まりだったが、その後、袋一杯の黄金を報酬に傭兵として雇われることになるなんざ、きっと昔は思ってなかったはずだ。
――ふう。
自分と過去の両方にため息をついて、空を見る。
それでもため息は止まることはない。
ムーン、お前、今どうしてんだろうな。
主が消失したのをきっかけに、
復讐に動き出したオレらは、
いつからか、元の居場所もなくして、
集まる場所を決める事なく。
いつの間にか別々に長く動いている。血の気が多かったオレが、適当な生き方を知って、
冷静で甘ちゃんだったアイツは、今もまだやっきになってたりするんかね。
「はあ、つまんねえ」
争い場に参加するようになってから、
特にため息が多くなった気がすんぜ。
――もうそろそろ昼飯の時間か。
執拗な視線を感じて眼球を動かしてみた。
割と直ぐにこっちに銃口をむけている敵の姿を見つけた。
あーあ。めんどくさい。
飛び込んで爪を相手の首筋に沿わせるくらい簡単だが、
そんなことより腹が減った。
何処かに休憩できる場所は無いか。
何処かに飯を食える場所は――。
あそこ、しばらく歩いた先に、人が入る事が出来る穴のようなものがあるな。
今なら、あの銃口から銃弾が放たれる前に、あの穴に入る事が出来るな。
しかし、むざむざと背中を見せるのもなんだが損した気分だ。
先手くらいは打ってみるか。
眼球をそのままにしつつ、空いている手で地面をなぞる。
投げられそうなものを手当たり次第に手に掴むと、
飛び上がると同時に相手に向かって、手首を使って手に持っているモノを投げ飛ばした。
後ろを見る事をせずにさっき見つけた穴に向かって一目散に飛び上がる。
穴の中に入ってみたら、意外と広い穴だということに気が付いた。
少し遠くでドンという音がして、あーあ。飯時ぐらい静かにならねえかなと思っていた。
そんな時――不意に後ろに違和感を感じて振り向いた。
振り向き終わる前にもう既に視界には白い大きな布のようなものが見えていてた。
――なんだあ。こりゃあ。
土嚢にしては、やけにちいせえなあ。
サッと白い布を開いてみると、
そこには、こっちをジッと見つめる大きな一人を持った赤ん坊がいた。
「おわっ!!なんだオマエ……なんでこんなあぶねえとこのしかもど真ん中に来てんだよ……」
頬をつんつんとついてみる。泣いたら面倒だな、なんて思いながら、なんだか触っちまった。
見た感じ、産まれたばっかというよりは、少しは成長してる感じだった。
髪もふさふさ肌もまっしろ、手も小さすぎず何より少しだけ小さい歯見える。
「泣くなよ?おっぱいはオレ、まだ出ねえからな。」そう声をかけても、
赤ん坊はきらきらとした眼で俺を観たまま、なくそぶりも見せずに小さく動くだけだった。
にしても、んなところにいるまま動くこともしてないんだから飯も食えてないんだろうなコイツ。
「オマエも食うか?つっても、
固形でも液体でもなく半ゲル状の飯だけどな。何もいれねぇよりマシだろ。」
飯の話をしたら、初めて「うー」とだけ声を出したから、やっぱり赤ん坊でも飯は食うんだな。
見た感じまだ歩けもしねえみたいだし、ちょっと抱き抱えて吸わせるか。
「よいしょっと、暴れんじゃねえぞ。オレは赤ん坊やガキを扱った事なんざ涙程もねえんだから。」
街の女どもがやってたのはこんな感じだったか。あとは……。
「よ~しよし、ごはんだぞ。」出来るだけ優しく力を入れず、
だが慎重に支えて半ゲル状の飯の吸い口を少しだけ近づけて、口の中にゆっくり飯を進ませる。
むせたり、詰まったら大変だからな。周りの女どももだいぶ気を遣ってたのを見てたのがよかったか。
口に飯がゆっくり入るのを見ながらってのはやっぱり少しだけ怖いもんだな。
詰まったりしたら泣きたくなるのが実感できたぜ。
知らねえもんでも、会っちまえば知らんぷりなんて出来ねえしな。
「んむぅ。」そう発したかと思ったら赤ん坊は、飲み口から口を離して眠そうに脱力した。
気分が悪い訳じゃなさそうだな。
パックに入ってある飯に蓋をして、新しい飯の蓋を開けて、自分の口に運ぶ。
確か――こういうのはばっちいから回し食いとかしちゃいけねえって言ってたっけか。
思い出してよかったぜ。
――さてと、今日の仕事分はもう金貨貰っちまってるからな。
「なあ、オマエ2分だけジッとしててくれ。全部終わらせて戻ってくるから。」
オレがそういうと、赤ん坊はきいていなかったのか布から出て這いながらこちらへ向かって来る。
――おいおい。まさかついてくる気か。仕方ねえな。
「おい、俺の首元に掴まっとけ。速攻でオマエを安全なとこに連れて帰るから。」
ふう、面倒くせえ。コイツをやるのもシャクにさわるが、
ちまちまやるよりは全然マシだ――【陽閃、軍流-ヒセン、グンリュウ】
眼に力を入れると、自然と身体に血と熱が廻り、肌がゆっくりと紅く染まる。
そして。
イクぜックソ共オオオオオッ――!!
バチバチと音が鳴り続け、銃声と怒号が鳴り響いていた戦場にはいつの間にか、
静寂と共に、おかしな幻覚を見たという話が渦を巻くほどに広がっていた。
なんでも、後の話によると「相手の防衛陣を突破しようと先へ進んだら、
驚くほど速いあかい雷が大地を駆け抜けるように素早く進んでいて、
気が付いた時には、味方のほとんどが気を失っていた。」と。
味方が気を失っていただけならまだ戦略を立て直せるかもしれないが、
不思議な現象を指揮官に報告しようとしたが繋がらず、急いで戻ってみれば、
指揮官の姿はそこにはなくて、代わりに連絡端末と指揮官のバッジが落ちているだけだったというのだから結構な話だ。まあオレにとってはそんなことどうでもいいんだ。
今のオレは、眼の前で泣いている赤ん坊の御守りで忙しいんだわ。
殆ど、家のように扱っている宿屋のロビー。
そこに、座って酒を飲むオレと、床を這いながら泣きわめく赤ん坊。
見かねた宿屋のねえちゃんが「あれちゃん、怒らないであげてね」と言いながら、
赤ん坊の飲み終わった哺乳瓶や、食べた後の、食器を洗っている。
あれちゃんっていうのはオレの呼び名だ。
【D-アレキサンドライト】それがオレの名前だから。
というかな――。
結局、持って帰ってきちまった……。
だってあんなとこにいるってことは、置いてかれたか、捨てられたのどっちかだろうし、
ほっとくなんて面倒だ。
泣きながら這う赤ん坊をゆっくり抱き抱えた。
「ほーら、よしよしゆらゆらだぞ。」
見よう見まねで飯屋の店員に教わったあやし方をしてみる。
どうせこれでも治まらねえんだろ?街に住み着いてからそれくらいは知ってる。
「んむう。」泣き止んだだと……すげえ。
ぶっちゃけさっきの揺らしの何がよかったのかオレにはさっぱりわかんねえ。
「んーむう?」コイツ……のんきな顔しやがって。
飯の後に泣いて、眠そうに眼を細めながらあくびをする様子は、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけかわいいんじゃねえかと思ったりする。
ははっーー気が付けば口元は小さく緩んで笑い声をあげていて。
おっとっがらにもねえ笑い方しちまった。
「ねえ、あれちゃんこの子に名前をつけてあげたら?」オレの様子をカウンターからみていた宿屋のねえちゃんは洗い物が終わったらしく自分の手を布で拭きながらそんなことを言ってきた。
はあ?なんでオレがそんなことをと思いながら赤ん坊の方に眼を向けると、赤ん坊はオレの服の腕そでを小さな指できゅっと握って眠そうな顔をしていて。
なんとなく、頭を撫で、ほっぺたを撫でるととても柔らかかった。
「はあ、仕方ねえなあ……!!」そう言ってみたものの考えたところで、
いまいち名前の候補も出てこない。そもそも名前なんて考えたこともないしな。
今の名前だってあのいけすかねえ派手な奴が勝手につけたようなもんだし。
「ねえちゃん、なんかヒントくれ」
そうオレが言うと、一瞬呆れた顔をしたけど、
「そういう体験をしたことが無いのなら、
仕方ないのよねえ」なんて呟いて。
悪かったな、こちとら変に自慢げな派手め女と、
変に真面目な片割れくらいしか話し相手も居なかったんだから。
また戦場に居る時と同じように、
ため息をついてしまいそうだった時。
ふとねえちゃんが赤ん坊が包まれてあった大きな白い布をみて。
「ねえあれちゃん、その大きな布もしかして絹で作られてるんじゃないの?」
絹――?なんだっけか。
「絹っていうのはね、今からずっとずっと昔にあった大国で作られていた布でね、
ある虫が餌の葉っぱを食べて、生成された繊維状のまゆを紡いで作るんだけど、
今じゃ結構貴重なものなのよ。すべすべしてるし。」
――――へえ、そんなに価値のあるもんなのかこの布。
紡いで作られた布に包まれてた赤ん坊――か。
「なあ。ねえちゃん、紡ぐってそれと別にしてどんな時に使うんだ?」なんて聞くと、
何回もウチに聞かないようにねなんてつぶやきながら、
「簡単に言うと色々なものを【作る】とか【繋げる】みたいなそういうことを、
綺麗にいう時に使われたりするかもしれないわねえ。
ん~~広場の詩人さんとか、噴水の前で歌を歌うあの子とか、使いそうよねえ。」
――綺麗にか。この赤ん坊、なんかわかんねえけど、
きらきらしてるしな。なんかわかんねえけど。
「よし、決めた。コイツの名前、つむぎにするよ。ねえちゃん。」
この白い、絹?とかいう布みてえに柔らかいし。
赤ん坊の名前を決めたオレに対して「あっさりしてるわねえ。」なんてねえちゃんは言ったけど。
これはもうなんと言われようが変えねえ。
コイツの名前は――つむぎに決定だ。
「よろしくなつむぎ。」そうオレが声をかけても赤ん坊――つむぎは、
眼を閉じてすーすーと寝息を立てている。
こういう時はなんとなく起きてくれてもいいんじゃねえかと思ったけど、
オレの服の袖をしっかりにぎって、身体を預けて寝てるのを見たら。
まあこんなのもいいんじゃねえかとちょっとだけ笑ってしまう。
さて、これで退屈な日々からもちょっとはおさらば出来そうだ。
起きたら――いっぱい名前を呼んで、たっくさん遊んでやらなきゃな。