始まりの場所
「ちょっとお兄さん。お釣り忘れてるよ。」
「ん?ああ、すまない。考え事してて。」
お釣りを受け取りながら買ったばかりの焼き菓子を口の中に放り込む。
月に一度の女神の休日と呼ばれる今日、城下の商店街はさらに活気が溢れ、手軽に買える露天商も賑わいを見せている。あちこち盛況だ。
「さてと、探しますかね。」
テイは残りの焼き菓子の入った袋をしまい、花時計のある中央広場へと向かう。
リツカはマードラス侯爵の養女だが、これといった生い立ちは知られていない。
侯爵家で働く侍女から得た情報によると花屋で働いていたと分かった。マードラス侯爵が贔屓にしている花屋は一つだけなので、シェリーの花屋だということは調べなくても分かる。
だが、それだけだ。それしか分からなかった。
しかし女神の休日の今日は、大勢が街に繰り出す。世間話をするには打って付けの日だ。
黒髪の少女が侯爵家令嬢になったストーリーは、街の女性の間で話題が尽きず、その中でもやっと有力な話を聞けたのだ。
中央広場へ差し掛かったとき、怒号と悲鳴が聞こえた。
駆けつけるとすでに体格のよい2人の男達が殴り合いを始めている。
「何するんだコノヤロー!」
「うるせーな!オメーから手を出したんだろーが!」
今し方殴られた男は、拳を振り上げさらに殴り返そうとした。が、それは叶わなかった。背後に回ったテイに手刀で気絶させられたからだ。
見ていた人々は目を疑った。急に倒れた男の後ろには体躯はそこそこよいがどちらかというとスラリとしていて、見目もよい青年が立っている。そして彼が何をしたのか全く分からなかった。
「な、何だ、誰だお前!」
若干怯みながらもテイを睨みつける男。
「危ないだろう?こんなところでケンカしては。」
そういうと男に近づく。
「それ以上近づくな!」
怒鳴り声と共に腰に隠し持っていた短めの剣を鞘から外し構える。
ふう、テイはあきれた顔でため息をつく。
「君、懲罰ね。第3中隊ロッシの所の所属だよな。後で、ロッシにもよーくいい聞かせておくからな。」
「な、お前!え?」
男がみるみる額から汗をかき始め、手が震え始めるのがわかる。
「そこのお前たちか!騒ぎを起こしているのは!」
遮るように声が響く。警備隊がどうやら来たようだ。
「わ、私は第3中隊所属のドリアスであります!その者が倒れている男と揉めていたため、止めに入りました!」
ドリアスと名乗る男は姿勢を正し、慌てて剣を背中に隠す。
その変わり身の速さにテイは笑い、自ら警備隊に近づく。
「それは本当か?」
きちんとテイを見て、警備隊の隊長らしき青年は確認してくる。
テイは表情は変えず、感心した。
「倒したのは確かに俺だが、揉めていたのはそのドリアス君ですよ。」
そう言うと青年にだけ聞こえるようにそっと何かを囁いた。
目を開きハッとする青年にいいからいいからと手で制し、倒れているのとそいつ2人連れていってと頼む。
何かを喚きながら引きずられるように連れていかれるドリアスを尻目にテイは当初の予定を思い出し、少し時間を取られてしまったと焦る。内心でドリアスを罵倒する。
「ねぇ。お兄さん何者?すごい強いね。しかも警備隊まで言うこと聞かせちゃうなんて、実はえらい人?」
テイの前に少年が立っている。
「君はこの辺の子?因みに黒髪のお姉さんのこと覚えているかな?」
「黒髪?リツカお姉ちゃんのこと?探してるならもういないよ。」
首を傾げながら少年はテイを見上げる。
「いや、俺が探していたのはどうやら君らしいな。」
テイは少年に笑いかけ、内心で続けていたドリアスへの罵倒を止めた。